第3話 お互い様だろ馬鹿馬鹿しい

 突如現れた異質な『剣』を持つ少年を見て、盗賊達は一歩後ずさる。


 禍々しいとまでに形容できるその赤黒い歪な『剣』は、見ようによってはオモチャにも見えた。


 揺らめくように赤く仄かに発光し周囲を照らす光は、サイリウムのようで。


 如何ともし難い雰囲気の中、少年はぐるりと周りを見渡した。


「……まあ、余裕だわな」


 盗賊六人、裏切り者一人。


 携える『剣』とそれを構える姿勢を見て、右手を顎に当ててコキリと首を鳴らす。


「どうする?」


 そして最後にアヤノの顔を真っ直ぐに見て、問う。


「え、あの、助けて……欲しい?」


 問われたアヤノが、逆に問い返す。


 少年の正体を掴めず、混乱した頭から口に伝達した疑問が言葉になっただけだ。


 何故、ここに居たのか。


 つまり貴方は、何なのか。


 というか本当に、助けられるのか。


 クエスチョンマークは脳みそから溢れんばかりに溢れ出てくるが、状況がそれを解き明かす時間を許してくれない。


「よし来た」


 ぐるり、と。


 少年は鼻息を一つ荒く吐いて、首を中心にして赤黒い大剣を素早く回した。


 腰を低く落とし、重量を感じさせない所作で、少年は右手だけで大剣の柄を握る。


 そして楽しそうに、ニヤリと笑った。


「と、言うわけで。おにーさん達とおっさんには申し訳ないけどさ。叩きのめさせて貰うわ」


 余裕。


 その声にに不安や焦りは一切含まれていない。


 合計して七人。


 普通の喧嘩ならまず勝てないであろう人数を前にして、さも当然の如く少年は告げる。


「は、はぁ!?」


「何お前調子乗ってんの!?」


「ガキぃ! 人数見てから物言えよらぁ!」


 チンピラのようにがなりながら、六人の盗賊達は思い思いに『剣』を構える。


 得体の知れない剣を持った、得体の知れない少年を前にして、少年より歳が上の男達が空気に呑まれる。


「やっちまえ!」


「だらぁ! ボケがぁ!」


「後悔すんなよクソガキ!!」


 まるでアクション映画に出てくる三下の戦闘員宜しく、盗賊達は一斉に少年に飛びかかった。


『剣』を薙ぐ者。


『剣』を突く者。


『剣』を払う者。


『剣』を引く者。


 コンビネーションなんて微塵も思考に存在しない盗賊達は、雑に荒く『剣』を少年に向けて放つ。


 彼らは、戦う事に楽をしてきた。


 徒党を組み、化物モンスターとの戦闘を極力避け、弱者を狙い、人間ひとのみを相手にその手を汚してきた。


 だから殺人数キルカウントだけは豊富でも、戦いの所作を知らない。


 どう打ち払われるかも、どう反撃されるかも、想像できない。


 当然だろう。


 大人数で一人を囲めば、相手に逃げ場など存在しないのだ。


 それが、彼らの常識。


 三年前、東京がこうなる前までは当たり前だった、彼らの想像の限界。


「……ふっ」


 腹の底から短く、だけど一気に全てを吐き出すように、少年は息をした。


 力を込めたのは、少しだけ後方に下げていた右足。そのつま先。


 物理法則や自然現象。


 それらを嘲笑うように、少年は盗賊達の知覚を『置き去り』にした。


 最初に面食らったのは、『剣』を振り上げた盗賊の男だ。


 若干の跳躍によって、腰を下げて頭を低くした少年のつむじを眺めていたはずだった。


 例えるならば、目一杯絞ったファインダー越しのズーム。


 自らの眼球が写した映像に違和感を感じる暇なく、少年の顔が目の前に飛び込んでくる。


「わっ––––––」


 それが、彼の断末魔。


 打ち下ろしの一撃は、彼を文字通り二分割した。


 眉間を中心にして、右側と左側。


 接着面など存在しない筈の人体が、綺麗に分かたれる。


「は––––––?」


 見た物を信じられないまま次に分解されたのは、『剣』を突いた男だ。


 縦に真っ二つに分かれた男の右側で、右腕をまっすぐ伸ばした姿勢のまま、彼は視界の端で仲間が死んでいく光景を捉えていた。


 否、何も理解できてはいない。


 かつて仲間だった物の身体から血が吹き出してくるその瞬間に、彼の首は身体を離れて独り立ちしていた。


「え?」


 身体から数十センチ左にズレた首から、彼の人生最後の声が出る。


 瞼を一度瞬かせ、視線を左右に動かして最後に見た光景は、自分の首の下であろう位置に、赤黒い鉄板のような大剣の刀身。


 そして意識は永遠の闇に消えた。


「––––––よっと」


 なんの力みも無く、少年は掛け声を上げる。


 二人目の首を剣から払いのけ、少年はバク転のような動きで跳躍する。


「た、助け––––––」


 丁度少年の背後に居たのは、『剣』を薙いだ男だ。


 三人目だったが故に、彼には知覚する時間が僅かに残されていた。


 目の前で、仲間二人が死んだ––––––次は自分だ。


 それだけだ。


 逃げようとか、対処しようとか思う間も無く。


 反射的に命を乞うたのは、本能だったのかも知れない。


 それすらも最後まで言わせて貰えずに、三人目の盗賊は剣の腹の部分にあたる鉄板で、首の深くまで頭を沈ませて沈黙した。


 口から漏れた奇怪な音は、肺の空気が漏れ出した音。


 ゴムチューブを捩じ切ったようなその音に気づいたのが、四人目だった。


 彼は––––––まだマシだったのかも知れない。


 自分がこれから、逃げようのない死を迎えると悟れたのだから。


 腹部に貫かれた大剣のめり込む深さが、彼に最後の時を教えてくれた。


「ま、待って。ダメだから。ダメ––––––」


「待てねぇよ」


 そう言って、グリンと柄をねじ込むことが、四人目の彼が恐れていた事。


 獣に噛みちぎられたように、腹部が臀部と引き剥がされる。


 痛みはもしかしたら一瞬––––––いや、彼からしたら永遠だったかも知れない。


 ただ確かな事は、それが彼の致死の一撃。


 もはや避けようのない、致命の瞬間だったことだけだ。


 五人目の彼は勇敢だった。


 視界から消えた少年の姿を二回首を振ることで探し当て、仲間二人の死を確認したなお立ち向かったのだから。


 それは蛮勇でも無く、勇敢でも無く、ただ理解が及ばなかっただけなのは、彼の名誉に影響するので伏せさせて貰おう。


 結果は一つしか無いのだから、意味は微塵も無いのだが。


 六人目、最後の彼は幸運だった。


 全てを見て、全てを理解して、怯える事が出来た。


 秒にしておそらく、十秒も無い。

 その短い間に、さっきまで生きていた仲間達が物言わぬ屍と化した事実を認識できたのは、彼が生来賢かったからだろう。


 地方の進学校を優秀な結果で卒業し、晴れて高名な大学に入学できたのが三年前。


 輝かしい未来が訪れると信じてやまなかった、善良にして優良な若者だった現在の人でなしが、失った命を知る事が出来た。


 五人、死んだのだ。


 それだけなのだ。


「ひっ、ひぃいいいいい!!」


「おいおい、なんだそのザマは」


 地面に惨めに腰を落とし、股間を伝う生暖かい感触を覚えながら、六人目の盗賊は必死に少年から距離を取る。


「な、ひっ、人殺しぃ!!」


「お互い様だろ馬鹿馬鹿しい」


 やれやれと緩く頭を振って、少年は呆れ返る。


「なんだっけお前。タモツさんだっけ?」


 剣の切っ先を地面に突き刺し、少年は空いた左手で首の後ろを触る。


 刀身にこびり付いた真新しい血の滴りが、ゆっくりと伝い地面に溜まりを作る。


「上からさ。ずっと見てたんだわ」


 大剣から離した右手で、上空を指差す。


「今まで結構、やらかしてきたんだろ? ドSのタモツくん?」


 そしてその手を腰に当てた。


「お、おっ! 俺は違う! 殺してない! 本当だ!」


 タモツと呼ばれる男はブンブンと頭を振って否定する。


 殺してきたし、犯してきた。


 だがその事実が咎められている以上、嘘を吐くしか無い。


 許される可能性は、嘘にしか無い。


「逃げる女を追いかけてる時が、一番楽しいんだろ?」


「そっ、そんな事言ってない! アイツラが勝手に!」


「往生際が––––––悪ぃんだよ」


 風が、顔に当たった。


 鉄のような匂いの風が、夜の冷たさを伴ってタモツの顔に降り注ぐ。


「い、痛––––––」


 痛覚よりも、反応が先だった。


 それもまた、生物としての本能なのかも知れない。


「腕ぇぇえええええ!? 痛いぃ! 俺の腕ぇえええ!!」


 永遠に失ったのは右腕だ。


 肩から先に見慣れていた筈の、愛しい愛しい右腕が音を立てて地面を転がっていく。


「女を––––––追いかけてどうしたんだって?」


「痛い! 助けっ、助けてだれか! 死にたくねぇ! 俺のっ、腕がっ! 嫌ぁああああ!」


「おい聞いてんだけど」


 右腕を無くしたその瞬間も、タモツの目には映らなかった。


 大剣は尚も地面に突き刺さったままで、少年の手は相変わらず首と腰にある。


「だっ、誰か! ひっ、助けっ、ひっ!」


 涙と涎と鼻水と、そして血と。

 およそ人体から出る全ての液体を垂れ流しながら、タモツは残った左手だけで地面を後退する。




「––––––お前が誰で、誰を殺して来て、どう楽しんだとか正直どうだって良い」




 ゆっくりと、少年が歩き出す。


 剣を置き去りにしたまま、血に濡れた地面をしっかりと踏みしめて。


 一歩、また一歩と。


 タモツにとっての『死』が、迫ってくる。




「俺も似たようなもんだ。殺して来たし––––––殺しあった」




 ジワリジワリと、痛みが麻痺していく。

 大量に失った血の量だけ最後が近づくのに、大量に失った血の分だけ痛みが遠ざかるのは、なんの皮肉なのだろう。





「ただまぁ、個人的に––––––『ソレ』だけはどうしても許せねぇんだわ」




 声すら出ない、恐怖。


 形を成して、肉付けされた『死』が、少年の姿を持って歩み寄る。





「––––––女、犯してきて。楽しかったか?」





 最後に目に焼き付いたのは、燃え滾る炎のように忿怒に歪んだ––––––––––––悪魔の貌だった。

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