トーキョー・ロールプレイング〜クソゲーと化した世界で僕らは明日の夢を見る〜

不確定ワオン

第1話解き放たれる解放者《リベレイター》

 

  光が見えた。


  それはか細く頼りなく、そして弱々しい光だった。

  少年は荒い息を一つ吐き、額から顎へと流れ伝って落ちてきた汗を右手の甲で拭う。


「––––––もう、少しだ」


  疲労でガクガクと震える足。

  少しでもそこへ気力を送ろうと、独り言ちる。

  気休めでしかない。

  それでもその言葉一つで、身体中に力が漲る錯覚を覚えた。

  気力も精神も限界だ。

  踏み出す一歩、そしてまた一歩と、はっきりと体力が奪われていく感覚を覚え、気を抜けばすぐにでも気を失いそうだった。


「––––––外、外に出るんだ」


  少年の自らの意思でこの深く暗い場所ダンジョンに足を踏み入れたのは、およそ2年前。

  正確な日数はわからない。

  太陽も月も見えないこの穴倉の中では、一分一秒すら正しく感じ取ることなんかできなかった。

  時間経過を推し量る唯一の手段と言えば、日中と夜間で変わる化物モンスターの出現頻度だけだ。

  それだって比較的弱いモンスターが出現する上層階でのみ使えた方法で、下層に行けば行くほど硬く手強い個体が現れ、一戦を終えるのに十数時間もかかってしまうことなんてザラだった。


  最初は毎日律儀に書いていた、ノートに雑に並ぶ正の字。

  一日を一画として五画で五日と数えるそれも、ノートを開くことすらできないほどに憔悴しきり、書かないまま死んだように眠る日もあった。

  だからわからない。

  いったいどれだけの時間戦い続け、闇に慣れ、そして己の理性と自意識と、どれだけの化物供を殺し続けてきたのかを。


「––––––待ってろ」


  だが、これでひとまず終わる。


  暗く重く激しい憎しみの感情と、かつて交わした約束と、信念のみで突き進んだ一つの工程がもうじき終わる。


  それを思えば、少年は進み続ける事ができた。

  限界など、言い訳に過ぎない。

  一分一秒すら惜しいのだ。

  なぜなら少年の旅は、まだ始まってすらいない。


「––––––待ってろ」


  もう一度、意思を言葉に変えて絞り出す。

  土の壁に右手を付きながら、左手に握りしめる奇妙に歪んだ『ソレ』を地面に引きづりながら、少年は弱々しくも確かな一歩を踏みしめていく。


「––––––待ってろよ」


  光の強さが、その歩みと同調して大きく強くなっていく、

 

  眩しさで目が眩む。

  でも少年は決してその光から視線を逸らさない。


  必要なモノは全て揃えた。

  この憎らしい穴倉で、約2年もの間血に塗れ、土を食み、泥で喉を潤し、そうして手に入れたソレらは、これから先の少年の旅に必要不可欠であり、しかし必須というだけのただの手段だ。


「––––––待ってろよ。クソが」


  光の輪郭が濃く強くなるにつれ、少年の眼光が荒く険しく強く燃え上がる。


  確かなものは、目的とそれを成し遂げようとする意思。


  それだけを持って、少年は生き抜いて来たのだ。

  味方もいない。

  敵しかいない。

  己を護るのも、己を突き動かすのもまた己のみ。


  内に秘めたドス黒く燃え上がる感情。

  全てを焼き尽くし、焼き尽くしてもまだ足りず。


  鋼の精神を溶かし、固め、研ぎ澄まして、常軌を逸した環境すらねじ伏せて、少年の旅が始まろうとしている。


  光はやがて少年の体全てを包み込んだ。


  慣れぬ光量。

  久しぶりに浴びた日光が、弱りきった体を突き刺すように降り注ぐ。


「––––––外だ」


  眩む視界。

  だが決して目は瞑らない。


  眼前に広がるのは、廃墟と化した高層ビル群。

  その一つに、見覚えのある特徴的な形状をしたビルがあった。


「––––––西新宿……都庁」


  日本の首都。

  その中心。


  かつては一日に340万人もの利用者が訪れたと言われる、世界でも有数のターミナル駅を持つ大都市の行政を司る場所。


  だが、今はその賑わいも消え失せて久しい。


「––––––う」


  喉が震えた。


「––––––うおおお」


  肺が震えた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


  全身が喜びに打ち震え、そして絶叫が木霊する。


  周りの木々がザワザワと、やがて激しく揺れる。

  幹ごと左右にブンブンと、まるで地震でも起きたかのように。


「待ってろ! 待ってろよ!! 絶対、 絶対に!!!!!」


  それは少年から発せられている、未知の力だった。


  小高い丘の上。


  遠くに西新宿の高層ビル群を眺め、眼下には中央線の駅。


  そこは東京都中野区。


  3年前、ここには大勢の人が行き交っていた。


  普通に働き、普通に学校に行き、普通に暮らし、誰しもが明日が来る事を信じてやまなかった。


  今はもう、誰も居ない。


  人間が堂々と出歩ける場所ではもうないのだ。


  瓦礫が散乱し、人とも獣とも見分けがつかない骨がそこかしこに落ちている。


  古い血の跡と、乾ききってすらいない新しい血の跡。


  焦げ臭さが漂うのは、最近まで何かが燃えていたからだろう。

  燃えたのが物だったのか、人だったのか。

  それとも別の生物だったのか。


  そんな細かい疑問も、今の少年にはどうだっていいのだろう。


  ただただ、喜びと興奮とで打ち震えていた。


「絶対に!」


  泣いているのかも知れない。


  泥と返り血で汚れたその姿ではわからない。


  だが、掠れたその声は泣き声にも聞こえる。


  そして、少年は天に向かって顔を上げた。


  中天に昇るのは、太陽だ。

  だがその姿は捻れている。

  横に引き伸ばされ、中央で無理やりに捻られたかつての球体。


  太陽は我らの目には円形に映ると言う常識が、失われたのも三年前。


  その姿は、無限大の形に似ていた。


  少年はその太陽を睨みつけ、より大きく息を吸い、そして『解き放つ』。




「ぶっ殺してやるからなぁあああああ!!!!!」




  ここは東京。


  かつての日本の首都。


  今は人口の八割を失い、死んだ街。


  常識も、非常識も。

  そして当たり前の価値観すらも、失った街。







  少年は、そこで人生二回目の産声を上げた。

 

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