最終章1
俺達は奇跡が創り出した空間の自室に戻ってきた。
奇跡は布団に包まって寝転び、俺は壁に寄りかかって座る。
奇跡は消沈している。
今は、奇跡に対して特に出来る事はない。
ただ傷が癒えるまで傍に居る。
あと一人だ。
残っている敵は、あと一人。
それさえ倒せば、あとは奇跡と過ごしていくだけ。
ようやく平穏が戻るんだ。
平穏が戻る。
確かに……確かに、それは本当だ。
それは望んでいる一つの目的だ
だけど、その目的にある程度は納得できても、完全に心が納得してくれない。
このままで……。
このままでいいのか。
皆死んだ。
皆殺してきた。
みんな、いい人間だった。
様々な絶望を見てきた。絶望ばかりだった。それが、許せなかった。
「なあ、奇跡」
「……なあに」
奇跡は力なく顔を上げ、それでも気丈に微笑んだ。
「夢物語を語っていいか」
「……いいよ」
「全部、取り戻したい」
「うん……」
「
「うん……」
「ただの夢物語だ。みんな死んでるんだから当然だけど」
「そうかもね」
「でもさ、異能力なら、どうにかすれば可能性はあるのではないかと、思いもするんだ」
力を、
「確かに、わたしも可能性がないとは思わないけど……」
「不可能に限りなく近い?」
「うん、そう思う……」
「それでも、夢物語を目指したいんだ」
心の奥にこびり付く嫌な
「……」
「奇跡は、馬鹿らしいと思うか。現実逃避の妄想だと」
俺は思う。
だが目指したい。
「ううん、いいよ。わたしは応援するよ」
笑って奇跡は言った。
「目指すことは、どんなことだって悪くないもん。協力だってする、なんでもするよ」
「そうか」
「わたしだって、取り戻せたらどれだけいいかって、思うから」
寂しい笑いを、奇跡は零した。
最後の敵が来た。
異能力者達のリーダー、エディフォン=ヴォルグマン。
ブロンドの髪のスーツ男。老成し、賢者然としている。
瓦礫だらけの灰色世界の先で、
「結局最後まで戦うんだな」
「ああ」
エディフォンも退く気なんて一切なさそうだ。
闘争心も殺意も感じられないのに、そう感じた。
「たろー、頑張って……」
奇跡は祈る様に両手を握り、こちらを見ていた。
頷いて答える。奇跡の為に俺は生きなければならない。そうして奇跡を守る。
俺は手に刀を持つ。
腹に刺した。
「【異能外装】」
衝撃波と光が荒れ狂い、純白の全身鎧を纏った二刀流の戦士と成る。
最後の戦いは、静かに始まった。
同時に踏み込む。
しかし向こうの方が速かった。
振るわれるエディフォンの拳。
何とか手首を捻らせ右の刀身を拳の前へ滑り込ませた。
拳と銀の刃が衝突――刀が粉砕される。
「……っ」
いとも簡単に、ガラス細工を割る様に砕かれた。
この刀は異能力で手にした、ビルを一刀両断する事すら可能な代物だというのに。
最初の交差で、遠く離れた力量を思い知らされた。
間髪入れず殴られる。
咄嗟に全身から刃を出していた。
鎧の割れる音が響く。
もろに喰らいふっ飛ばされる。
転がって、その勢いを利用し膝立ちになり、ダメージの大きさに
刃は折れ、鎧は砕け露出した肌はぐちゃぐちゃになっていた。
咄嗟に刃を出していなかったら即死していたのは確実だ。
桁違いの絶対強者。
それがたった一度の衝突だけで得たエディフォン=ヴォルグマンの印象だ。
エディフォンが手の平を
光の波動が視界を広がって押し寄せる。
至上の危険を察知し、警鐘が本能で身体を動かさせた。
鎧を修復し刀を再度手に現出させ、全身から刃を生やし、この場からの早急離脱を図る。
波に呑まれ、視界が光のみになった。
光が収まると、全身鎧がくず鉄と化し、肉体がボロ屑となっていた。
そして辺り一帯が消し飛んでいた。
瓦礫
巨大なクレーターの平地に俺達は居る。
「はは、やば」
それしか言えなかった。
ただ、ただただ純粋に強い。
最強の異能力者として君臨していたのは伊達ではない。
意識が朦朧とする。
「たろー……!」
奇跡、奇跡は無事だ。絶対防御が在る。
エディフォンは大地を崩壊させながら踏み込み跳んだ。死が迫ってくる。
光の波動を連発されたら為す術はなかったであろう。
だが最初の攻防といい、エディフォンは接近戦を仕掛けてくる。
連発は出来ないという事だろう。
俺は死にかけだ、立っていられるのが不思議なほど。
拳が目の前で振りかぶられた。
――カチリとスイッチの入る音、それが聞こえる感覚。
異能力が底の無い空間の扉を開き、覚醒する力を噴水の様に噴き出させ引き出す。
瞬時に怪我は治癒し、全身鎧は修復し、全快状態へと返る。
右に持つ銀の刀は銀色に輝き、左に握る白の刀は純白に輝いた。
更に全身の刃も切断力を増す。
刃と拳が衝突、先程の再現の様に刀は壊れ吹き飛んだ。
この刀は先よりも格段に強度と鋭さを増している筈だが、そんなものは奴には通用しないのだろう。
されど、全てが同じわけではない。
エディフォンの次の一撃が来る前に、左の白刃による斬撃を縦横無尽に走らせる。
全て殴りと蹴りに打ち落とされた。
戦慄する。
エディフォンはただ強い力を有しているだけではない。
誰よりも卓越した戦闘技術をも扱えるのだ。
振るわれる拳と足技、その肉体は破壊を振り撒く。
全身の刃と鎧が消し飛んだ。
頭を殴られた。首から千切れ飛んで頭は宙を回転し視界がくるくるくるくると――
異能力が発動する。
気がつくと白い空間にいた。
佐藤涼音との時に修行をした空間だ。
また、修行をしなければならないという事か。
視界一面にはそれぞれ武器を持った影達がいる。
そうしなければエディフォンに勝てないのなら、やるしかない。
血眼になって修行した。
刀を振るった。
影を切った。
喰らい付いた。
何度も膝を突く。何度も倒れる。
それでも立ち上がり修行を続けた。
奇跡を、守る為に。奇跡と共に在り、その心を守る為に。
そうしていつしか、修行を終えた。
数年は経っていると思うが、何年かは分からない。この空間には昼も夜もないので数える事すら出来ない。
現実世界に帰還する。
衝撃波と光が嵐の如く吹き荒れ、エディフォンが警戒し距離を取る。
飛んだ首は胴体に戻り繋がる、全てが回復し修復され全快状態へと。
修行により地力が増大している。銀と白は光り輝き、修行前と比べて数倍の力と技量を得ていた。
同時に地を蹴る。
エディフォンの卓越なる戦闘技術から繰り出される拳技と足技、その一撃一撃が山をも砕くだろう。
先まではそれに為す術なかった、だが今は。
銀と純白、二刀を刹那の間に
エディフォンの拳と蹴りに打ち合っていく。
刀も壊れていない。戦えている。
攻め切れないながらも、こちらも傷をあまり負っていない。
エディフォンの右手に光の球体が顕現した。
即座に危険を感じ取り、その光を放たれる前に一撃を入れようと攻勢を激しくする。多少の傷はいい、無視する。
だが防戦一方に回ったエディフォンにダメージを与えられない。
相手は片腕しか使っていないというのに。
エディフォンの右手の平に浮かぶ光球は徐々に巨大に、そして光を増していった。
そうして俺は、最後まで攻めきれなかった。
光の玉が解き放たれる。
あまりの速度に避け切れずどてっぱらに命中した。
破壊の現象を起こす光の玉は、俺の
光に呑み込まれ、鎧も刀も肉体もなにもかも。
長年の修行が、一瞬で消し飛ばされた。
されど異能力は俺を死なせない。死なない為に力を何処までも引き出し続ける。
異能力の扉は全開のままだ。
覚醒はした、修行もした、異能力は次の手を模索する。
そうして、平行世界にまで手を伸ばした。
様々な平行世界や時間軸の一剣太郎を呼び出す。
無数の俺が分身した様に現れていく。
百を超える一剣太郎が、純白の全身鎧姿でこの場に勢揃いした。
エディフォンへと一剣太郎達は一斉に掛かる。
銀と白の斬撃が無数に放たれていく。
同士討ちする事無く、剣線の軌跡は縦横無尽に
自分同士故に、コンビネーションは抜群だ。
エディフォンは防戦一方、片手で光球を発生させる余裕すらありはしない。
物量により、確実に押していく。
斬撃が、奔る、走る、走る。
そうして遂に、刃が届く。
エディフォンの肩に一撃入れた。
胸に一撃、腕に一撃、足に一撃、首に一撃。
斬撃が幾度も命中していく。
エディフォンへのファーストアタック、それですべてを終わらせるつもりだった。
この物量で押し潰すはずだった。
数は力だ。
されど。
エディフォンは、無傷だった。
「な――」
異能力による攻撃をこれだけ受けて、無傷。
どんな、桁外れの怪物なんだ。
エディフォンに最も近くにいた個体が殴り殺された。
またもう一人殴り殺される。
次々と一剣太郎は殺されていく。
拳と蹴りにより壊されていく。
必死の抵抗も無意味だ。何せ奴には傷を負わせる事が出来ない。
刀を振るい目に突き刺しても、エディフォンは眉一つ動かさない。
ただただ、狂っているほどの化け物だった。
天上の、得体の知れない何かを相手にしているかの様。
確実に、一人一人殺されていく平行世界の俺達。
そうやって最後に、一剣太郎は俺一人だけとなった。
俺は半身を破壊され膝を突いていた。
エディフォンは光を右拳に纏っていく、その光が膨大に強まっていく。
エディフォンが俺の目の前に肉薄し、光の拳を振り抜いた。
異能力が瞬間的に急いで回復を施そうとするが、その前に破壊される。
回復機構さえも破壊された。
体内はミンチの様に潰されている。
動けない戦えない考える事すら出来なくなっていく。
意識が途絶えて。
俺は死んだ。
「たろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
奇跡の叫び声だけが聞こえていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
俺の意識は覚醒する。
視界の先にはエディフォン=ヴォルグマン、傍らには奇跡、
先まで居た場所と全く同じ。
――異能力が今の状況への理解を促した。
俺は死ぬ直前の過去に戻ったのだ。
俺の死に反応して、異能力が発動したんだ。
まだ、戦える。
だが勝つ方法はほとんど思いつかない。
何度も新たな力を引き出している異能力の可能性に賭ける以外には。
今は、退くべきかもしれない。
奇跡を連れて逃げようと背を向け走る。
「奇跡、一旦退くぞ」
「う、うん」
奇跡を抱き上げ、逃げ
背中から衝撃。
赤色の液体が胸から大量に流れ落ちる。
エディフォンの光を纏った拳が俺の心臓を貫いていた。
その光は体内から全てを破壊する。
「たろー!」
俺は死んだ。
意識が戻る。
過去の先と同じ場所へと戻って来た。
時間遡行は一度ではないらしい。
先の結果から得た結論。
エディフォンからは逃げられない。
なんとしてでも勝利する以外にこの状況を変えられる術はない。
俺は二本の刀を引っ提げ、エディフォンに向かっていった。
殺される直前、また白い修行の世界へと至った。
また修行をした。今度は数年どころではなく数十年。
修行を終え立ち向かったが傷一つ負わせられず死んだ。
平行世界からもっと人数を多く呼んだ。
総勢数千人の一剣太郎が揃った。
全員で協力したが、一人残らず殺された。
力を何度も覚醒させ、新たに強力な力を何度も得た。
その全てが打ち砕かれた。
刀も、銃も、槍も、拳も、光線も、何もかもエディフォンの肉体と光の波動に破壊し尽くされた。
そして殺される。
何度目かの覚醒時、時を止める能力を手に入れた。
時を止めた筈なのにエディフォンは動き俺を殺した。
何度も、何度も、何度も、立ち向かった。
けれど、全て、一切合切、
「お前、過去に戻って来ているな」
「――っ」
何度目か分からなくなった頃、エディフォンがそう言った。
「封じさせてもらう」
エディフォンの拳に黒い光が集まっていく。
漆黒の拳が完成した。
あれに当たったらもう過去に飛べる事はないと確信させられた。
過去に飛べなければ、それは本物の死だ。
――万策、尽きた。
勝てない。
絶対的に勝てない。
あらゆる手を尽くした。力を覚醒させ、長年の修行をし、平行世界の力を得、ループしても、"勝てない"。
「何なんだ、お前は」
「神だ。異能力者は神の因子と一体化した者の事を指す。私はそれが他よりも遥かに色濃かっただけだ」
「馬鹿な」
確かに異能力者の力はどれも異常過ぎるほどの現象を引き起こしてきた。
それこそ神の御業であるかの様に。
真実、神の力だったのか?
俺は神を相手にしていたのか。
「千年前、神が死んだ。その影響で様々な神の因子が世界に
こんな狂った世界になった原因。
今更知ったところで意味はない。
目の前にエディフォンがいた。
漆黒の拳が振り抜かれた。
心臓を貫かれ、漆黒の光が迸り突き抜け広がる。
回復も時間遡行も、奇跡の異能力による復活すらも封じられた。
意識が消えていく。
そうして俺は、本当に死んだ。
事実。今この時、一剣太郎という異能力を宿した人間は死んだ。確実に、死んだ。
あらゆる復活の可能性を潰され、生存する可能性を完全に破壊された。
一剣太郎の死。
それが確定した。
確定した事で――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます