3章
二度に次ぐ戦いが終わり、自室に落ち着く。
だが。
なんというか。
何かをする気があまり起きない。ような気がする。
する事も。今ある大切な事も分かっている。
だけど、少しだけ気力が萎えていた。
まあ、やることはやる。
だから問題ない。
人間生きてれば、常に健常でいられる訳ではないのだから。
今この時に何をするかと考えても、特に何もないけれど
敵が来たら殺す、奇跡と過ごす、それ以外にしようがない。
「たろー、元気出して……」
奇跡が心配そうに俺を見ていた。黒髪碧眼。
「そんなふうに見えるか」
少し気分が落ちていただけで、まったく表に出しているつもりはなかった。
「見えるよ」
「そうか」
「そうなんだよ。だから、無理には言えないけど、元気出して。たろーが元気ないと、わたしも元気なくなっちゃうよ……」
「善処するよ」
「うん、わたしはずっとたろーと一緒だからね。それを忘れないでね。辛いときはいつだってわたしが支えるから」
奇跡は満面の笑みで励ましてくれる。
「だから、楽しいことしよ。そしたらすぐに、全部がよくなるよっ」
「ああ」
それから、俺は奇跡と遊んだ。
またゲームをしたり、話をしたり、外で身体を動かしたり。
奇跡に励まされて、一緒に遊んで、思い出した事がある。
あの時は、俺が励ました側だったな、と。
奇跡と、初めて出会った時の事だ。
――あの時俺は、休憩するために近所の小さな公園に来ていた。
公園にある自動販売機で缶のファンタグレープを買い、ベンチに座る。
木漏れ日を受けながら、遊び回る子供達を眺めた。
滑り台を滑っていたり、追いかけっこをしていたり、砂場で要塞を作っていたり。
プルトップをプシュッと開け、ファンタを飲む。
冷たさと刺激が喉を清涼に通り過ぎていく。
と。
目に留まる少女。
暗い顔で俯き気味にブランコを漕いでいる、女子小学生くらいであろう女の子が居た。
とても気になった。
子供が一人で気落ちしている姿など見ていられない。
放ってなど、置けない。
また自動販売機まで行き、缶のファンタグレープをもう一本買う。
俯き気味にブランコに座る女子小学生に近づいていく。
黒髪黒目の日本女子、ピンクっぽい服にひらひらのスカートな出で立ちだ。
静かに左隣のブランコに座る。
「なあ」
「……」
反応なし。
「右隣の君に話しているんだが」
「……わたし?」
「ああ」
「知らないお兄さんが何の用?」
「これ、飲むか?」
「……」
少女は不思議そうな瞳で俺を見つめている。
「なんだ?」
「……わたし、オレンジ派」
なんだと。
「でも、グレープも嫌いじゃない」
「そうか」
ファンタグレープを渡した。
「ありがとう」
少女はプルトップを開けて缶を両手で持ってコクコクと飲む。
「……おいしい」
「そうか」
「おいしいな……」
少女は寂しそうに微笑む。
「なにかあったのか」
「……なんでもないよ」
「なんでもないという奴がなんでもなかった
「……そうなんだ」
「なにかあったのか?」
「……ちょっとね」
少女は少し吐き出すように呟く。
「でも大丈夫だよ。一人でどうにかなる」
微笑んで言った。
その様子を見ると、今すぐどうにかなってしまうとは思えなかった。
強さが、あるように感じたから。
それでも寂しそうには見えて、暗い顔をしていたのは事実だ。
「そうか」
「うん」
「俺と友達にならないか」
「…………」
「友達になってくれないか」
「なんで急に……」
「なりたいと思ったんだ」
「どうしてこんな子供と? もっとお兄さんと同じくらいのお兄さんとかお姉さんとかの方が、話合うと思うよ?」
「君がいいんだよ」
「変なお兄さん」
「俺は
「……
「奇跡か」
「うん、そう呼ぶならわたしもたろーでいいよね」
「また、話しかけてもいいか」
「いいけど」
それから何度も公園で見かける度に話すようになり、いつしか本当に友達といえる関係になった。
そう。
俺は子供好きだ。
子供が、好きなんだ。
子供達は、未来への光だから。
追憶は終わり、奇跡とするゲームに集中する。
奇跡は隣に座ってコントローラーをポチポチと巧みに打つ。
「まけた!」
奇跡はコントローラーを放り投げた。
この日々さえ続けば、いいのかもしれない。
円卓のある、暗い一室。
四人に減った異能力者達がそれぞれに座している。
「まさか
佐藤
「男の子たち情けなさ過ぎ~」
「エフフフフフフ」
エレミオーラは笑っている。
「…………」
エディフォンも変わらず奥の席で沈黙していた。
「まあ、次は私が行こっかな」
佐藤涼音が気軽に口にする。
その様はいつも通り過ぎて、コンビニにでも出かけるのかと錯覚するほど。
異論は誰からも発されなかった。
「奇跡」
「たろー」
「「みょーん」」
お互いの頬をつまんで引っ張る。
奇跡の顔は妖怪の様になった。
「「ぴょーん」」
その状態のまま二人でジャンプした。
着地して、一息。
「ぷっ……ふふふふ」
奇跡が耐えかねて笑い出す。
「ははは」
俺も笑う。
「「あははははははっっ」」
俺達は暇過ぎるあまりテンションが
「少し落ち着こう」
「うん、そうだね」
唐突に正気に戻る。
「とりあえず何か飲むか」
「うん、わたしファンタオレンジがいい」
「グレープもうまいぞ」
「オレンジがいい」
俺は冷蔵庫からファンタグレープとオレンジを取り出し奇跡の元に戻る。
世界は灰色へと変貌した。
異能力者の、襲撃だ。
「奇跡、飲め」
奇跡にファンタオレンジを放る。
奇跡は冷たい缶をキャッチし、二人同時にプルトップを開ける。
二人で豪快に一気飲みした。
同タイミングで空の缶を投げ捨てた無機質な音が
口元を拭いゲップを噛み殺した。
「生き残るぞ」
「うん、絶対に死なないで」
瓦礫群の先から歩いてくる異能力者が目に入った。
黒髪黒目でポニーテールに髪を括った少女。普通に可愛い服を着ている。
確か、佐藤涼音といったか。
「来たか」
「来たよ」
「話し合いで解決する気はあるか」
「うーん、人間は殺さなくちゃいけないし、無理かな」
やはり無理か。
それでも、駄目で元々でも聞いておきたかった。
世界がまた変わる。
普通の少女が住む自室の様な、ただの一室だ。
ならば、この部屋は佐藤涼音の自室なのだろうか。
――異能力者に、なる前からの。
「じゃあ、殺すね」
その時。
すべてが、凍った。
壁が、天井が、窓が、ベッドが、机が、椅子が、ぬいぐるみが。
空間すべてが、凍っていく。
俺の体が凍っていく。
咄嗟に手に取った異能力の刀ですら凍りついて行く。
奇跡はバリアが展開されていて無事だ。
佐藤涼音は、勝利を得た顔をしていた。
していながらも、どうでもよさそうだった。
なんだ、この能力は。
あまりにも、馬鹿げている。
超常の力である異能力すらも凍結させるなど、どれほどの異能力なのか。
俺は初手に敗れ、呆気なく凍りついて行く。
「たろー死なないで……!!」
俺の異能力が発動する。
過去のビジョンへと、意識は旅立った。
――私は、佐藤涼音は異能力者になった。
自分の部屋でくつろいでいたら、異能力者になった。
その時から、私は無性に人を殺したくなった。
抑えられない衝動、飢餓や睡魔の様な抗えない欲求に襲われる。
本能的に人間の存在が許せなくなった。
でもそれ以外は、前と大して変わらなかった。
両親を殺して家を出た。
それから数日経つ。
今日も人を殺した。
なんとなく能力を使わずに素手で殴り殺してみた。
血が飛び散る。
何も感情が揺らがない。
罪悪感が湧かない。湧けない。なんで人間相手にそんなもの湧かせなければならないのか。
蚊を潰す様な感覚だった。
「うわ、服汚れちゃったよ」
蚊を潰した後、手が汚れてしまったのを嫌がる感覚。
「この服気に入ってたのにな……」
なんのことはない。ただ人の命の基準が低くなっただけだ。
それがかなり、絶望的なほど低いというだけだ。
今日は民家に入ってみる事にした。
――それは俺の家だった。
リビングには心配顔の夫婦がいた。
――それは俺の両親だった。
「ほい」
佐藤涼音は軽い掛け声一つで二人を凍りつかせた。
一瞬にして全身凍結した両親は絶命した。
佐藤涼音は、俺の両親を殺した。
それを受けて、ただ、一つ思った。
お前達。
俺の大切な人を殺し過ぎだ。
ビジョンから帰還する。
視界は氷越し。
ビジョンを経て、異能力のスイッチが入る感覚。
体の、魂の内から光が溢れ、俺の命を止めようと纏わり付く氷が徐々に砕けていく。
「君は、普通だな」
「うん、普通でしょ?」
「普通に狂ってる」
手遅れだ。知っていたが。
佐藤涼音の精神は普通の中に異常が黒一点混ざっている。
その一つの黒が致命的なだけだ。
君は元々、いいやつだったんだろうな。
だが、例え君が元々まともな善人だったとしても、俺の両親を殺した落とし前は付けさせてもらう。
纏わり付く氷が、音を響かせ全て割れた。
「一応、絶対に凍らせられる能力なんだけどな」
少し残念そうに異能力者の少女は言った。
手には刀を携え、佐藤に接近する。
体が凍っていく。
また光が溢れ、氷を砕き剥がす。
今度は横に回りながら接近を試みる。
部屋はそう広くないから、壁を破壊しながら。
「私の部屋、壊さないでよ」
怒気を滲ませた声が発された。
佐藤の視界から外れたところで接近。
体が凍っていく。
視界に入っていようがいなかろうが異能力の効果範囲内という事か。
最初に部屋全体を凍りつかせていた事から半ば分かっていたが、僅かでも力が弱まらないかと期待した。
だが無駄だった。
接近出来ない。
有効打を撃てない。
ジリ貧でしかない。
一瞬で凍らされるところから何とか動き回れる程度になっただけで戦いになっているかすら怪しい。
どうすることも出来ないまま佐藤の周囲を移動し続ける。
「鬱陶しいな」
先までよりも、凍りつく力が強まった。
たったそれだけで、俺の全身は凍り付いた。
絶対凍結の能力は伊達ではない。
全てを凍らせる、絶対の強者。
ビジョンを経ての力の引き出しはすでに行使済みだ。これ以上の力は現状出せない。
本当に勝てるのか。こんな化け物に。
そう。奴らは世界を滅ぼしたほどの化け物なのだ。
人類の抵抗はあっただろう。人間は74億人も居る。異能力に覚醒した者も居た。強力な異能力に覚醒した英雄の様な存在も居ただろう。
そういう者達を殺して、世界を滅ぼして、こいつらは今、ここにいる。
意識が閉ざされていく。
死んだ。
意識が閉ざされない。
まだ死なない。
意識はまだ保っている。
俺は案外、かなりしぶといようだ。
いつの間にか白い世界にいた。
白い世界としか言いようのない空間だった。
自らの異能力の詳細は、なんとなくわかる。
この世界で、佐藤涼音に勝てるようになるまで修行しろという事らしい。
こんな所で、一人きりで。
今のままでは到底勝てない。
ならば、やるしかない。
刀を手に取ると、目の前に刀を持った影、手が爪になった影、銃を持った影、異形の影が更に複数出現した。
始まる。
いつ終わるかも分からない、長い長い鍛錬の旅が。
――――独りきりで、修業し続けた。
どれだけ経ったのか。
恐らく数年は経っている。
何故こんな事をしなければならないのか。
頑張る意味は。
さすがに苦痛が過ぎて耐えられなくなってくる。
だが、それだと奇跡が一人になってしまう。
俺は奇跡を見捨てられない。ならばやるしかない。
そう。
俺は子供好きなんだ。
子供が好きなんだ。
笑っている子供を見るのが好きだ。
輝く命である子供が好きだ。
未来への光である子供が好きだ。
誰が何と言おうと子供が好きなんだ。
本当に、大切で、宝で、好きなんだ。
だから。
子供の為には、何だってするヒーローでなければならないんだ。
どれだけ辛くても立ち向かわなければならないんだ。
それは呪いの様であり、自分の正しさを貫ける希望の光でもあった。
強くなっているのは感じる。
少しずつだが、力は強くなっていき、動きも洗練され、戦い方を覚えていく。
力が強くなっていくことに関しては新たな力を得ている訳ではない。今までのように、鍵を掛けられた扉の向こうにある力を引き出しているような感覚。
それが際限なく、引き出せる。
底が見えない。
だからまだ強くなれる。
しかし、まだ足りない。
修業は続いた。
精神が
休みつつ修行する。
身体の疲労は現実世界ほど蓄積しないが、それでも精神が疲弊していく。
――その果てに。
俺は、新たな力を引き出した。
何年も俺と共に戦闘を繰り広げていた影達が消滅していく。
この白い世界とも、ようやくお別れだ。
意識が現実世界へと戻っていく。
死線間近の、戦場へと。
「たろー!」
久しぶりに奇跡の声を聞いた。
「しぶといね……」
久しぶりに佐藤涼音の声を聞いた。
視界は透き通った氷越し。
腕の部分の氷を割って、その手に異能の刀を逆手に持つ。
刀身は光り輝いている。
それを。
自身の腹へと突き立てた。
「【異能外装】」
新たな異能力の、起動の言葉を発した。
白き爆発が俺を中心に吹き荒れ、周囲の氷を砕き散らす。
吹き荒れた光が徐々に収まり、俺の
流線型なフォルムを
両の手には銀と白の刀が握られる。
修行で会得した一つの技術、二刀流だ。
「終わらさせてもらう」
終わってくれ。
光速を越えた速さで肉薄し、右手に持つ銀の刀を薙ぐ。
刀は凍り動きが止まり、俺の体も凍り始める。
鎧を纏った腕を、足を動かし、無理矢理移動して氷を割り砕いた。そのまま疾走する。
間髪入れず総てが停止、凍りついた。
砕き散らし走る。
周囲が、凍りついた。
絶対凍結された氷の檻。
銀と白の二刀を一閃、二閃、千斬。
視界の氷は綺麗な音色を響かせ消え散っていった。
「早く、止まって!
佐藤が苛立ち声を荒げる。
俺の体が停まる。停まっていく。
ただ凍結しているのではない。空間、存在そのものが凍りつき停止していく。
それこそが、絶対凍結の力。
異能力による凍結だ。
喉から、腹から、咆哮が吐き出された。
こんな所で、終われない。
腕から、足から、腹から、背から、口から、異能の刀身が白銀の光
体を震わし、暴れ、纏わり付くすべての停止を振り払い砕き前に進む。佐藤涼音に肉薄していく。
絶対の停止が襲う。
暴れ這い上がる。
絶対凍結にすべてを止められる。
這い上がる。
止められる。
這い上がる。
止められる。
這い上がる。
止められる。
這い上がる。
止められる。
前に進む。
絶対対絶対。
俺の力も異能力だ。
絶対をごり押しの力のみで振り払う。
数年の血の滲む修業は伊達ではない。
そうして、目の前には佐藤涼音の恐怖する表情。
刃が、遂に届く距離。
「死にたくないよ……」
佐藤涼音の両眼からは涙が流れていた。
死にたくなくて、佐藤涼音は泣いていた。
佐藤涼音はどこまでも、一点以外は普通の少女だったという事だ。
手にした銀の刃を一閃。
俺は少女の首を跳ねた。
赤が舞い、一つの命が消えていく。
俺は異能力者という化け物を、佐藤涼音という少女を殺して勝利を得たんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます