第25話 アスラン王の退位!!

 二年前にパメラがシーガルに嫁いで静かになった後宮で、アスランはミヤの部屋で香りの良いお茶を一口飲んで、静かに呟いた。




「そろそろ、引退したいな」




 ミヤは、やっぱりそうきたか! と、深い溜め息をついた。ローラン王国のルドルフ王が退位して、アレクセイ王が戴冠した時から、ぶつぶつ文句を言っていたのだ。今回は本気だと覚悟を決める。




「フラナガン様が亡くなったからといって、アスラン様まで引退されなくても宜しいのでは?」




 覚悟は決めたが、未だ若いショウの為に一言添える。クッションに寄りかかっていたアスランは、フラナガンが亡くなったからではないとガバッと起き上がった。




「私があの糞親父から王位を押し付けられたのは、23歳の時だったのだぞ! ショウは今……何歳だ?」




 子どもの年も忘れたのですか! とミヤは腹を立てるが、もう24歳なのだと驚く。




「あの可愛い赤ちゃんだったショウが、そんな年になったのですねぇ」




 感慨に浸っているミヤに呆れるアスランだが、第一夫人に生涯で大切な決断を支持して貰いたい。




「あのヘッポコは、子作りだけは上手い。そろそろ、王子達も母親から引き離して、離宮で生活する時期だ。いつまでも、王太子の離宮では手狭だろう」




 確かにと、ミヤも子ども達の声が賑やかな王太子の離宮と、アスラン王の昔からの妃しか残っていない閑散とした後宮を比べて、新旧交代の時期かもしれないと頷く。




「フラナガン様もファンナ様がハナを産んだのを見て、満足されたでしょう。それにしても、エスメラルダ様のキャベツ畑の呪いは便利ですわねぇ。アスラン様も一つ頂いたら良かったのに」




 ミヤが退位を受け入れてくれそうだと、満足気にお茶を飲んでいたアスランは、ブッと吹き出した。




「馬鹿を言うな! 何故私がキャベツ畑になど行かなくてはならないのだ。そんな事は彼奴に任せておけば良いのだ。エスメラルダにサーシャ、ファンナにハナ、シルビアにマリンだったか? 王子はマリンだけか……どうも、女が多いなぁ」




 ミヤも指を折りながら数える。




「アイーシャ、レイラ、ユリア、バイオレット、カレン、オーロラ、サーシャ、ハナ……まぁ! 8人も王女が!」




 ミヤの孫であるララが産んだレイラ、ユリア、そしてミミが産んだカレンは、曾孫になるのだなぁとアスランは笑う。




「それにしても、スーラ王国のパール王子は勿体ないことをしたなぁ。ショウの息子にしては、かなり出来が良さそうだ」




 ゼリア王女が産んだ第二子は、見た目も完璧な王子だった。カシア王女が次々代の女王になるのなら、パール王子を貰いたいぐらいだとアスランは愚痴る。




「まぁ、いつスーラ王国に行かれたのですか? アスラン様はヘビがお嫌いなのに? ははん、ショウの真似をされたのですね」




 真白とカグヤの雛で、一部銀羽根の白い鷹が産まれた。月光と名づけられた若鷹は、ターシュの魔力を引き継いでいて、アスランのお気に入りなのだ。スーラ王国に月光を連れて行ったのだと、ミヤはクスクス笑う。




「ショウの戴冠式の用意をさせなくてはな!」へビ嫌いをからかわれたアスランは、ふん! と鼻息も荒く立ち去る。




 アスランを見送ったミヤは、この後宮ともお別れだと、自ら手入れした高山植物の群生などを名残惜しげに眺めたが、のんびりはしておられないと、リリィと段取りをしに向かう。








「まさか……そんなぁ……」




 アスラン王の退位を聞いた王宮には激震が走った。大臣達も動揺したが、一番驚いたのはショウだった。




 公務の空き時間にレイテ大学でリヒテンシュタイン教授と、ダムの建設と発電所の計画を練っていたのだが、学長のサリーム兄上に退位のニュースを聞かされて驚いた。




「王太子のお前が知らないのか? 兎に角、直ぐに王宮へ帰りなさい」




 何時もは王宮へ帰るのを邪魔する熊だが、流石に今回は引き留めなかった。




「よう! 彼奴が王様になったら、水力発電の予算をいっぱいくれるかな?」




 温厚なサリームだが、リヒテンシュタイン教授の頭を殴りたくなった。しかし、この無礼な熊は、風車で電気を作ったり、天才かもしれないので頭を殴るのは我慢する。




「それより、当分、ショウは大学に来る暇はなさそうだ。リヒテンシュタイン教授は、その発電所とやらの研究を頑張りなさい」




 チェッ! と舌打ちしながらも、ビクターは研究に没頭する。レイテの街全体を電灯で明るくするには、風力発電だけでは無理なのだ。ダムを作り、水力発電所を建設しなくてはいけない。莫大な予算が必要だと唸る。








 慌てて王宮へ帰ったショウだが、そこは蜂の巣を突っついたような大騒ぎの最中だった。




「バルディシュ、ピップス、マルシェ、どうなっているんだ? そうだ! 父上は?」




 庭から掃き出し窓を通って執務室に入ったショウは、パニックに陥った家臣達から扉を守っている側近達に尋ねる。




「アスラン王が何処にいらっしゃるのか、私達も知りたいです。大臣達に退位すると宣言されて、出ていかれたみたいですよ」




 ピップスに状況を教えて貰って、ショウは「父上!」と一言怒鳴った。余りに非常識過ぎる! と腹を立てたのだ。




「何だ? 大声で呼んで? 来てやったぞ」




 庭からアスラン王が入ってきた。ショウは何から聞いたら良いのか、口をパクパクさせる。ピップスは、バルディシュとマルシェに「廊下に出て扉を守れ! 中に誰も入れるな!」と指示をし、自分も掃き出し窓の外に出て、庭からの侵入を阻む。大事な話を誰にも邪魔をさせずにさせてあげたいと、側近達は気合を入れて扉を死守する。








 二人っきりになった執務室に沈黙が降りてきた。ショウは、父上の顔をじっと見つめて、退位するのを決めてしまっているのに気づいた。




「こんな遣り方で退位を宣言しなくても良いでしょうに……父上は、王宮をパニック状態にされたのですよ」




 ふん! とそっぽを向く父上に、ショウは溜め息しかでない。




「大臣や家臣達を集めさせますから、父上から一年後に退位すると言って下さい。急に退位だなんて、無茶です」




 健康上の理由が有るわけでも無いのにと、ぐちゃぐちゃ言い出したショウを睨み付け、アスランはにんまりと笑った。




「そうだなぁ、確かにお前の言う通りだ。今すぐ退位だなんて、私の我が儘だった。では、一年後の戴冠式には四国同盟でも結んで貰おう!」




 アレクセイ王が戴冠して、イルバニア王国、カザリア王国、ローラン王国は三国同盟を締結した。確かにショウも四国同盟を結ぶべきだとは考えていたが、そう一年やそこらで重要な同盟締結などできるわけがない。抗議しようとしたら、追い討ちを掛けられた。




「おお、そうだ! スーラ王国とも同盟を結ぼう! そろそろ、アルジェも退位したいと言っていたし、ゼリアとの間にはお前の子どもが二人? いや、三人目もお腹にいるのだしな!」




 ショウは、もう抗議する力も残って無かった。バルディシュ達に家臣を広間に集めさせる。せめて、王宮の騒動を鎮めたいと願う。




 広間には沈黙が支配していた。あれほど騒いでいた家臣達も、これは本当の事なのだと、緊張して身動ぎもしないで待っている。




 扉を侍従が開けて、礼装のアスラン王とショウ王太子が広間に入ってきた。威風堂々としたアスラン王と凛々しいショウ王太子に、家臣達の目が痛いほど集中する。




「ここに集まって貰ったのは他でもない。もう、お前達も聞いているだろうが、私は一年後に退位する。そして、ショウが戴冠して、東南諸島連合王国を導いていくことになる。どうか、若き王に力を貸してやってくれ」




 アスラン王が家臣達に頭を下げるのは初めてだ。ショウは、驚く家臣達が抗議するのも忘れているのに、内心で舌を巻く。




……父上! ズルい!……




 あんな大仕事を押し付けて、アスランは引退生活に入った。




「一年後は退位するのだ! 予行演習になるだろう! それと、私は離宮に移るから、お前が王宮の主になるのだ」




 確かに王太子の離宮には子どもが溢れているし、カイト、リュウ、ユウトも母親の手から離して、離宮で教育する時期だ。ショウは、父上が王宮から出ていくのに驚いたが、ミヤとリリィで手配は済んでいた。

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