第24話 エスメラルダ妃とリュウ王子

 エスメラルダは片付けが終わった自分の部屋を眺めた。新婚旅行で訪れたレイテの後宮の豪華さは無いが、母親の手作りのベッドカバーや、父親が作ってくれた赤ちゃん用のベッドなど、暖かな愛情を感じられる部屋だ。




「エスメラルダ、そろそろ行こうか?」




 公務で忙しいのに、エスメラルダは自分とリュウを自ら迎えに来てくれたショウに感謝の眼差しを向けて、子どもの頃から過ごした部屋と決別する。




『ルカ? ピピンとダーシーは他の艦で大丈夫?』




『ピピンは大丈夫だとは思うけど、ダーシーは同じ艦の方が良いかもしれない。未だやんちゃだから』




 ブレイブス号は大きな軍艦だが、竜4頭を乗せての遠距離航海はきつい。他にもパトロールから帰国する艦を連れてきている。




『サンズ、ヘリシテ号にピピンと乗ってくれないか? 昼には飛んで来てくれたら良いし』




 ショウと離れるのは嫌だが、チビ竜と親竜を離すのは可哀想だと譲ることにする。それに、同じ航路なので、そう離れてはいない。




「行ってしまうのね……身体にだけは気をつけるのですよ」




 家族と抱き合って別れを告げているエスメラルダを、ショウはリュウを抱いて眺める。




「ルルブ、メッシーナ村とモリソンの連絡係、お願いしておくよ」




 子竜やチビ竜をレイテに連れていく代わりに、ウォンビン島のルルブが騎竜のレダと一緒にメッシーナ村に竜騎士として赴任することになった。金髪の凛々しい青年に成長したルルブは、メッシーナ村の娘達から熱い視線を送られている。




「ショウ王太子、任せて下さい」可愛い娘達から目を離して、真面目な顔で敬礼する。この様子なら、メッシーナ村に馴染むのは早そうだと、ショウは微笑む。








「わぁ! 大きな船だぁ!」




 ブレイブス号の甲板にサンズから飛び降りたリュウは、高いマストや今はくくりつけてある帆や、何本もあるロープを興味津々で眺める。




「リュウ、これは船ではなく艦だよ。私の旗艦ブレイブス号だ。あちらにいるのが、ワンダー艦長だ」




 目を煌めかして、ワンダー艦長にマストに登っても良いかと尋ねているリュウを、ショウはひやひやして眺める。




……そう言えば、カリン兄上に軍艦に乗せて貰った時、マストから落ちたんだ……




「まぁ! 駄目ですよ!」エスメラルダが慌ててリュウを抱き上げるのを、ショウは笑った。




「どうやらリュウは軍艦乗りになりそうだ」




 リュウは、母親と船室に降りるのを拒み、憧れの目差しで、ワンダー艦長や士官達が出帆準備をしているのをうっとりと眺めている。




「きっと良い軍艦乗りになりますよ。軍艦が好きな者は一目でわかります」




 ロープをはずされた真っ白な帆が風を受けてパッと開く。




「わぁ! 凄いや!」




 帆は魔法の風でパンパンになり、ブレイブス号はスピードをあげる。




「ショウ王太子? 未だ湾内なのに?」




 他の商船や軍艦が停泊しているモリソン湾の中で、ショウは風の魔力を使ったりしない。急いでいる時に使うとしても、こんなに帆をパンパンにはしないで微調整する。




「リュウ? お前が帆に風を送っているんだね」




 ショウに抱き上げられて、夢中で帆を見ていたリュウの集中が解けた。ペションとなった帆の角度を調整しようと、士官や士官候補生達が乗組員に指示をだす。




 きょとんとした顔のリュウに、魔力の使い方を教えないといけないなと、ショウは笑った。




「帆に風を送るのは、湾を出てからの方が良いぞ! それと、無理をしたら疲れるし、お腹がペコペコになるからな」




 そう言った途端、リュウのお腹がグーッと鳴った。ショウとワンダー艦長は、思わず吹き出した。ブレイブス号の乗組員達は、いつも苦虫を噛み殺しているようなワンダー艦長も笑うのだと驚いた。








 幼いリュウ王子と、チビ竜を連れての航海なので、サンズ島で二泊して疲れを癒やす。




『ショウも海水浴しようよ』




 波打ち際で、リュウに泳ぎ方を教えていたショウは、エスメラルダと交代して、サンズと空から海にダイブする。




「父上! 僕も!」




 強請るリュウをエスメラルダは、駄目よ! と笑いながら止める。




「大丈夫、低い所からダイブするから」




 リュウを抱上げ「大きく息を吸って、鼻を指でつまんでおくんだぞ!」と言うと、ほぼ海面から海へと潜った。




「もっと上から!」と強請るリュウに、ショウはもう少し大きくなってからだと言い聞かせる。




……リュウはメッシーナ村でのびのび育ったから、わんぱく坊主だな。カイトはロジーナが甘やかしているが、5歳になって離宮でリュウやユウトと暮らすようになったら、少しはしっかりするだろう。ユウトは、カイトに遠慮しているが、レティシィアが厳しく言い聞かせているのかな?……




 ショウは各々の良い所を伸ばしてやりたいと悩む。いずれは東南諸島連合王国を背負っていく後継者を選ばなくてはいけないのだ。








「リュウ、あれがレイテだよ」




 島づたいに航海してきたが、こんなに大きな都市は見たことがないリュウは、目を真ん丸にする。




「いっぱい船が! ねぇ、僕はブレイブス号にもっと乗っていたいなぁ」




 エスメラルダは、やっと着いたのにと自分の息子に呆れる。長い航海の間に、リュウは完全に軍艦に夢中になってしまった。




「ずっと乗っていたい!」と駄々を捏ねるリュウを抱き上げて、ショウはサンズと後宮へと向かう。




「お前の兄弟がいるから、紹介しないとな! しかし、その前に私の第一夫人のリリィだよ」




 優しそうなリリィに、リュウは教えられた通りに挨拶する。




「リュウです! よろしくお願いします」




 元気良い大きな声に、リリィは微笑んで「よろしく」と挨拶した。




「さぁ、エスメラルダ様はお風呂でさっぱりされたいでしょう。お部屋に案内いたしますわ」




 女官や侍女にエスメラルダの世話を任せて、リュウを他の王子達と会わせることにした。




「少しリュウはわんぱくなんだけど、カイトやユウトと上手くやっていけるかな?」




 リリィはカリン王子との間に産んだ息子達もわんぱくだったと微笑む。




「カイトとユウトは優等生過ぎますわ。リュウが良い刺激になるでしょう」




 王太子の子どもを養育するのも第一夫人の大切な仕事だ。ショウは、エスメラルダやリュウの世話はリリィに任せることにして、離宮でザッと航海の汚れを落とすと王宮へ向かった。




「アスラン王……何処に行かれるのですか?」




 留守番が帰って来たのなら、王宮へいなくても良いだろうとメリルと飛び立つ父上を、止める元気も無い。バッカス外務大臣につかまって、執務室に連れて行かれながら、レイテに帰った気がするショウだった。


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