第14話 けじめ

 ショウは、バッカス外務大臣からヘルナンデス公子とジェナス王子の最期の報告を受けた。




「ジャリース公は息子の命をとったのか……」




 ザイクロフト卿に唆されなければ、ジャリース公の跡取りとして、贅沢に暮らしていたのではと思う。




「まさか、後悔されているのですか?」




 マルタ公国での陰謀は、簡単だ。ジャーリース公にヘルナンデス公子を始末させるのは陰謀ともいえないほどだった。ジャリース公は自分に反抗的な息子を許す優しさは持ち合わせてないからだ。




「いや、ヘルナンデス公子は海賊の後ろ楯として、船や資金を提供していた。それを見逃す訳にはいかなかったのだ。ただ、ザイクロフト卿がそれを唆したのかと思っただけだ」




 それより、マルタ公国が海賊のねぐらになっている件を話し合う。




「いくら、アルジエ海をパトロールしても、マルタ公国に逃げ込まれたら退治できないのは困る。ダイナム大使は何か良い案を思いついたのか?」




 バッカス外務大臣は、ダイナム大使が実行中の陰謀について報告する。




「マルタ公国が海賊にとって居心地の悪い場所にしようとしています。宿屋が火事になったり、食中毒になったり、乗組員は喧嘩で怪我をしたり、一つ一つは些細な不具合ですが、纏まると余所の港が魅力的に思えるでしょう」




 ショウには手緩い策に感じる。




「それでは海賊は余所の港に移るだけでは無いのか? もっと撲滅作戦とか無いのか?」




 バッカス外務大臣は、未だ若いショウ王太子には、ゆっくりとマルタ公国の息の根を止める策略はまどろっこしいのだろうと笑う。




「サラム王国の海賊みたいに少数なら、海上を封鎖して撲滅作戦もとれますが、マルタ公国には5つの海の海賊が集まっていますからね。一気に撲滅はできません。それより、海賊になる貧しい難民達に、真っ当な生活をさせる方が良いのです」




 ローラン王国の難民達をイズマル島のプランテーションで働かせたり、東南諸島の商船の乗組員にして、ある程度の資金を貯めさせてから開拓農民として受け入れる政策を進めなければと、ショウも頷いた。




「サラム王国のピョートル王太子は、あまり賢くないと聞いたけど……元々貧しい国なのに、愚かなピョートルが王になったら、国民は困るよね。サラム王国の農民も、イズマル島の開拓農民として受け入れたい」




 ザイクロフト卿のことは許せないが、サラム王国の貧しい農民を放置していたら、いずれは海賊になったりするのだ。バッカス外務大臣は、甘い理想主義だとは思ったが、策を考えてみようと頷いた。




「公式には、ジェナス王子は落馬されたことになっています。ショウ王太子からもアルジェ女王にお悔やみの手紙を書いて下さい。これは、大使館で文章は考えさせますので、清書して下さるだけで結構です」




 ヘビ神様がジェナス王子とヘルオス神官を直々に始末したのだと聞いて、アルジェ女王にはできなかったからだろうと、沈鬱な気持ちになる。




「ゼリアにも手紙を書かなきゃね」




 ゼリア王女とは年も離れているので、さほど親しくしていなかったジェナス王子だが、ショウは自分の兄弟関係と少し混同していた。




「まぁ、手紙を書くのは宜しいですが、あまりジェナス王子の死については触れない方が良いですよ。運が良く落馬で死んでくれたと、スーラ王国では思われているぐらいですから。まぁ、アルジェ女王は少しは悲しまれたかもしれませんが、ヘビ神様を恨んだりはなさらないでしょう」




 ショウは、自分なら出来の悪い子どもでも愛しく感じるだろうと、クールなバッカス外務大臣の意見には少し納得ができなかった。しかし、王族として判断してみる。もし、愚かな行動を繰り返し、他の王族の命を脅かすなら、その時は厳しい決断をしなくてはいけない。




「親になるのは難しいな……今は女の子だけだけど、男の子は厳しく育てなきゃいけないんだな」




 王子誕生を待ち望まれているのは、ショウだって承知しているが、ヘルナンデス公子、ピョートル王太子、ジェナス王子と愚かな息子を見ると、少し恐ろしく感じる。




「アスラン王も苦労されてますよ。ザイクロフト卿と決闘するだなんて! 貴方は東南諸島の王太子なのですからね! 何百人でも暗殺に動かせるというのに、自ら決闘する必要があったのですか!」




 バッカス外務大臣に叱られて、父上にヘッポコと言われたのを思い出し、ショウはレイテに帰りたくないと愚痴る。




「死にかけてた時に、ヘッポコと言われたんだ。きっと叱られるよね……そうだ! メリッサと新婚旅行も行って無かったし、当分はレイテに帰らないでおこうかな? あっ、駄目だ! サンズはフルールの側に居たいよね」




 騎竜が雛竜の側に居たがるとかの問題では無いと、バッカスは眉をしかめる。




「きちんと、けじめをおつけ下さい!」




 心配かけた父上や妻達に会って謝らないといけないと、ショウは覚悟を決めた。




「わかったよ。目眩がもう少しおさまったら……あれ? サンズが治してくれたのかな? 今朝まではこんなに長い間は、起きていられなかったのに……治ったみたいだね」




 バッカス外務大臣は、治ったのなら帰国して下さいと睨む。ショウは、大きな溜め息をついた。目眩を治してくれたサンズには感謝するが、あともう少しゆっくりしたかったのだ。










 折角、メリッサに自分の代わりにスチュワート皇太子にお礼を言いに行って貰ったのにと愚痴りながらも、次の日には二人で王宮へ向かう。何となくパシャム大使の態度からシェリー姫との縁談が浮上しているのを感じたショウは、メリッサも帰国の挨拶をするべきだと連れて行ったのだ。




「お元気そうで、安心しました」




 昨日、メリッサに未だ目眩がおさまらないと聞いていたスチュワート皇太子は、元気そうなショウ王太子の訪問に驚く。




「昨日、やっとサンズのところへ行けたのです。どうやらサンズが目眩を治してくれたみたいですね。心配かけた上に治療して貰って、サンズには頭があがりませんよ」




 なるほど! とスチュワート皇太子も騎竜にはお世話になっているので、お互いに騎竜には頭が上がらないと笑う。




「スチュワート様、私はパロマ大学を卒業してレイテに帰ります。ロザリモンド様にもお世話になりました。ご挨拶をしたいのですが、宜しいでしょうか?」




 もちろん、スチュワート皇太子は許可するが、ショウ王太子が微妙に落ちつかない顔をするので不思議に思う。




「私もロザリモンド様に挨拶しようかな? メリッサがお世話になったのだから」




 スチュワート皇太子の側近のジェームズ卿は、メリッサ妃の側から離れたくないショウ王太子の心情に気づいて、外交官らしくなくクスッと笑ってしまった。




「何だ?」




 スチュワート皇太子は、自分だけ理解できてないのが不満だ。




「何でもないですよ。私はメリッサの側から離れたくないだけなのです。結婚したとはいえ、ずっと離れて暮らしてましたからね。これから、新婚旅行に行こうかと思っているのです」




 新婚旅行も行ってないと聞いて、スチュワート皇太子は呆れたが、ショウ王太子がメリッサ妃と共にロザリモンド妃に挨拶に行った後で、ジェームズを問い質す。




「スチュワート様にはご不快な話ですよ。シェリー姫をショウ王太子に嫁がせろと父達は命令を受けたのですが、あの様子では断る気でしょうね。ショウ王太子は妻を増やしたくないと宣言されてますからね」




 シェリー姫! 名前を聞いただけで不快そうな顔をしたが、そう言えば嫁ぐ年になっているのだと考える。




「何歳になったのか?」




 スチュワートも自分が父親になって、ほんの少しは庶子のシェリーにも寛大な気持ちが持てるようになった。




「確か16歳だったかな? いや、15歳? 我が家でも禁句ですから……」




 ジェーン王妃の実家であるマゼラン伯爵家で、庶子の話題が出るわけがないと、スチュワートも肩を竦める。




「エリザベート皇太后が養育されていたと聞いていたが、亡くなられた後はどうしているのか? ヘンリエッタとは3歳差だから16歳だ。社交界では見かけないが……」




 ジェームズ卿は知らないと首を横に振る。年齢すら知らなかったのに、今は誰が養育してるのかだなんて知っている訳がない。




「まぁ、父上がどこかの貴族にでも嫁がせるだろう。ショウ様には無理だろうな」




 スチュワート皇太子は、これで不快な話は終わりだと言ったが、何故か心のもやもやがおさまらない。庶子とはいえ、自分と血が繋がった妹なのだと、今更気づいた。




「けじめをつけなくてはいけないな! シェリーには罪は無いのだ」




 幼い時に、父上が愛人を作った原因の一部は、母上が離宮に籠ってしまったのもあると、大人になったスチュワートは理解できるようになった。




……王座は孤独だし、誘惑も多い。ロザリモンドは側を離れないし、常に愛情を注いでくれているが、母上は父上から目を離してしまったのだ……




 スチュワートは社交界にデビューもできていないシェリーでは、貴族も嫁に貰ってくれないだろうと気づいた。




「母上がお許しにならないと、シェリーは……ロザリモンドの側近も無理だな」




 優しいロザリモンドなら、庶子のシェリーを側近にしてくれるだろうが、母上を説得しなくてはいけないと溜め息をついた。

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