第23話 ラバーン男爵夫人の愛人
「ショウ王太子、そんなに慌てて帰国されなくても……ラバーン男爵夫人のパーティも終わりましたのに……」
ヌートン大使も、ラバーン男爵夫人のパーティに王太子が嫌がるのに参加させるのは諦めたのだ。
元々、パーティなんかに参加する気は更々なかったショウは、大使館のキャベツも全部売り切れてしまい、ピピンの羽根も伸びたので、帰国するとヌートン大使に告げた。
「ウィリアム様もピピンは航海しても大丈夫だと言われたし」
ヌートン大使は竜が増えたのは嬉しいとは思うが、そんな竜馬鹿な話をしているのではないと、分かっておられるだろうにと溜め息をつく。
「ザイクロフト卿がユングフラウに現れたら、直ぐに知らせて下さい」
ラバーン男爵夫人がどうなろうと知った事ではないが、彼奴だけは許すつもりは無いとヌートン大使に厳しい口調で命じる。そこまではご立派になられてと思っていた。
「ええっと、今回の滞在で相手をしてあげられなかったミミの機嫌を取っておいて下さい」
エスメラルダがカミラ夫人にお礼を言っている隙に、小声で告げると、おたおたと出立するのに、ヌートン大使はやはりアスラン王とは違うと肩を落とした。
「慌ただしい出立でしたわね」
カミラ夫人も本当は好きではないラバーン男爵夫人とこれ以上関わらなくても良いと、パーティの件もキャベツも断り、清々した気分で見送る。
「エリカ王女の社交界デビューに支障がでなければ良いが……」
心配するヌートン大使に、カミラ夫人は風向きが変わったと笑う。
「結局、ラバーン男爵夫人はフィリップ皇太子夫妻もショウ王太子夫妻も招待できませんでしたでしょ。所詮は小さな男爵家だとメッキが剥げたみたいですわ。
それに、ラバーン男爵が夫人の愛人に、自分から決闘を申し込んだのに、恐れをなして領地に逃げ帰ったとか……みっともなくて、ラバーン男爵夫人も社交界には当分顔を出せないでしょう」
相変わらず自分より情報の早いカミラ夫人に驚き、ラバーン男爵夫人の愛人とはザイクロフト卿なのか! と、そんな重大なことを見逃したと慌てて、ヌートン大使は真剣に聞き返す。
「ザイクロフト卿? いえ、ラバーン男爵夫人の愛人と噂されたのは、確かカトラス卿とかいう若い騎士ですわ。ユングフラウでも身持ちの悪いので評判の騎士ですが、ラバーン男爵夫人の愛人なのかどうかは不明ですの……まぁ、男爵が愛人だと決めつけて、決闘を申し込むには何か理由があったのでしょうけど……」
ヌートン大使は、怪しい! とカトラス卿を調べさせる。
「カトラス卿は借金で首が回らない状況だったが、どうやら返済をしたみたいだな……現在はユングフラウで女の尻を追いかけてヒモのような暮らしをしているが、元々は陸軍に所属していたのなら、剣の腕は立つだろう。女ぐせが悪く上官の奥方との情事がバレて陸軍を追い出されたのを、マウリッツ外務大臣が目をつけて利用したのか?」
表立ってラバーン男爵夫人を排除できないが、夫の男爵を罠に嵌めて領地に逃げ帰らせば、社交界に恥ずかしくて顔も出せない。マウリッツ外務大臣が、借金を肩代わりして、カトラス卿に誘惑させたのだろうと、ヌートン大使は先に陰謀をしかけられたのを悔しく思う。
ヌートン大使は、ラバーン男爵夫人に魅力的な男性を近づけて、ザイクロフト卿からの金の流れを調査しようとしていたのに、イルバニア王国に先を越されたのが悔しくて堪らない。
「ショウ王太子がパーティに出席して下されば、ラバーン男爵夫人もめろめろになったかもしれないのに!」
そう怒鳴ったものの、もてもてなのに、どこか潔癖で不器用なショウ王太子にはラバーン男爵夫人など誘惑などできなかっただろうと苦笑する。
しかし、しぶといヌートン大使は、夫が領地に逃げ帰ってもユングフラウに残っているラバーン男爵夫人を見張らせて、何か利用できないかとあれこれ考える。
「自分から妻の愛人に決闘を申し込んでおきながら、命が惜しくなって領地に逃げ帰ったのか!」
グレゴリウス国王は、自国の男爵の不面目な行為に呆れかえってしまう。
「カトラス卿は、女ぐせは最悪ですが、剣の腕はたちますから」
マウリッツ外務大臣が、カトラス卿をラバーン男爵夫人に近づけたのだと察し、グレゴリウスはやり過ぎではないかと注意する。
「まさか、カトラス卿が陸軍を首になった時から……いや、元々、わざと首になるようにしむけたのか?」
まさか! と笑いとばすマウリッツ外務大臣に、グレゴリウスは少し疑いの目を向けたが、自国の国民性を考え、女ぐせが悪いのは元々なのだろうと頷く。
そこに、シュミット国務大臣が現れたので、マウリッツ外務大臣もグレゴリウス国王も、ややこしい陰謀の話は終わりにしたが……ラバーン男爵夫人の報告書に驚かされる。
「ラバーン男爵夫人に資金を提供していたのは、ザイクロフト卿というサラム王国の外交官です。彼はヘルツ国王の庶子だと噂されていますが、容姿は東南諸島連合王国の血をひいているとのことです」
マウリッツ外務大臣は、グレゴリウス国王から命じられて、リリアナ皇太子妃に近づくラバーン男爵夫人を廃除する方に力を入れていたが、シュミット国務大臣はコツコツと資金の流れを調査していたのだ。
「東南諸島連合王国の血……数年前、サラム王国にバルバロッサという海賊がいたと聞いています。確か、ショウ王太子がカザリア王国の要請を受けて討伐したのです! あの時は、ロザリモンド王女とスチュワート皇太子との婚礼で、他国の海賊討伐には注意が逸れていたのですが……」
前の年のアリアナ王女とアレクセイ皇太子との婚礼、そしてロザリモンド王女とスチュワート皇太子との婚礼、その上に自国の商船が海賊に襲われるのが続発したり、娘のリリアナとフィリップ皇太子との婚礼と、マウリッツ外務大臣は多忙を極めていた。
カザリア王国の北部を荒らすバルバロッサが東南諸島から逃げた海賊だとの情報は手に入れていたが、アルジエ海を荒らしている海賊とそれを保護しているマルタ公国との対応に追われていたのを、マウリッツ外務大臣は反省する。
「そう言えば、ショウ王太子の航海の日程は……サバナ王国、スーラ王国、チェンナイ、サンズ島、イズマル島でエスメラルダ妃と結婚されて、ウォンビン島、そしてユングフラウに滞在。
しかし、新婚旅行中なのにエスメラルダ妃のルカが卵を産んで竜舎に籠ると、マルタ公国に行かれたのだ!」
しまった! エスメラルダ妃との新婚旅行と、竜の出産、キャベツ畑に惑わされて、航海の日程を深く考えていなかったとマウリッツ外務大臣は歯軋りしたくなる。
「カザリア王国の北部を荒らす海賊はサラム王国の保護を受けている。そして、アルジエ海賊はマルタ公国をねぐらとしている。ジャリース公は今までも海賊を保護していたが、これほど露骨だったろうか?」
マウリッツ外務大臣は、やっと再開したマルタ公国の大使館に調査させますと厳しい顔をする。シュミット国務大臣は、ライバルの外務大臣が自分が始末しようとしていたラバーン男爵家に、先に陰謀をしかけた腹立ちがおさまった。
「東南諸島連合王国のショウ王太子には、幼い頃に会ったことがあります。あの頃から、9歳とは思えない程、しっかりとしておられました。井戸の使用料金の不正を暴いた事になるフランツ卿に迷惑が掛かるのではと心配されてましたね。
世界を股に掛けて航海しているショウ王太子には、海賊達が活発になった理由が見えておられるのでは?」
いつもライバルとして厳しい言葉しか投げ合わないシュミット国務大臣の指摘に、マウリッツ外務大臣も素直に反省する。
「どうもイルバニア王国の利益にばかり注目して、世界的な流れを読み取るのが疎かになっていました。アルジエ海賊だけでなく、カザリア王国の北部を荒らす海賊も考えなくてはいけませんなぁ」
グレゴリウス国王も、若いショウ王太子が世界を股にかけて活動しているのに、改めて感嘆をする。
「フィリップにも、ローラン王国やカザリア王国、そしてゴルチェ大陸の各国を訪問させて、どんどん外交をさせなくてはいけないな」
外務大臣としては、勿論です! と言いたいが、リリアナ皇太子妃の親としては、妊娠中の娘は外遊についていけないので、信じてはいるが浮気とか心配になる。
「リリアナ皇太子妃が第二子を御出産されてからに……」
冷徹な国務大臣と言われているが、愛妻家のシュミット卿は意外とご婦人には優しい。
「そうだなぁ! ではユーリと外遊に行こう!」
グレゴリウス国王がいつまでもユーリ王妃にラブなのは臣下としても喜ばしいと二人の大臣は思ったが、そんなにアチコチ行かれて留守にされては困ると止める。
「まだアルジエ海賊も活発ですし、問題も山積みです!」
「竜騎士隊もパトロールをしていますし、アルジエ海沿岸の領主は見張り塔の警備などしていますのに!」
そうだった! とグレゴリウスは外遊を諦める。
「それにしても、ショウ王太子だけでなく、アスラン王もあちこち飛び歩いていると聞くが……」
恨みがましく見つめられたが、外交官として面の皮が厚いマウリッツ外務大臣と、冷徹なシュミット国務大臣は、こんな時はライバル同士なのに気を合わせて素知らぬ顔で無視する。
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