第18話 ごめん!

「それで、行き先はどうされますか?」




 本当に嵐のようにマルタ公国のビザン港から出航したブレイブス号の艦長室で、ショウはワンダー艦長にイルバニア王国のどの港を目指すのかと質問されて、どうしようかなと悩む。




「ラグーン港の方が早く着くだろうけど、サンズが同行していないからなぁ……メーリングかな? このまま順調に航行すれば、ルカの卵が孵る前にはユングフラウに着きそうだ」




 ルカの雛竜が航海に堪えられるようになるまでは、ユングフラウに滞在しなくてはいけないのだと、ショウは航海日誌のカレンダーを見て考え込む。




「三週間あるなら、サラム王国へ行って帰れるかな?」




 ワンダー艦長は航海するのは大好きだが、新婚旅行中に花嫁を置き去りにして、サラム王国まで航海するのは良くないのではと困惑する。




「やっぱり、駄目だよね! 今でも見知らぬ人ばかりのユングフラウに置いてきぼりにしてるのだから。メーリングを目指して下さい」




 アルジエ海沿いのラグーン港から内陸を馬車で移動するのを避けて、メーリングを目指すことにする。




「帰りはイルバニア王国の沿岸部のパトロールはできませんが、ペリニョン岬を目指します」




 ワンダー艦長が甲板に出て、士官達に指示をすると、方向が変わったのにショウは自分の船室に居ても気づいた。




 何時もは航海中は甲板でサンズに寄りかかって帆に風を送るショウだが、短期間のビザン滞在で疲れを感じていたので、ベッドに横たわっている。




 アルジエ海の航行は、何十回もパトロールをしているワンダー艦長に任せておけば良いので、ショウはマルタ公国のヘルナンデス公子、スーラ王国のジェナス王子、そしてザイクロフト卿のことなどを考えていたのだ。




 暗い考えばかりに嫌気がさしたショウは、レイテの可愛い盛りのアイーシャやレイナを思い出して、少し懐かしく感じる。




「この航海がこれほど長くなるとは思わなかったな……」




 初めの寄航地、サバナ王国のユング王子とマウイ王子は乾期をセドナで過ごしているのだろうかと思いながら眠りに落ちた。












『ショウ様は、何時帰って来られるのかしら?』




 ルカが卵を産んで温めているので、エスメラルダは竜舎に籠っていたが、初めての外国なので少し心細く感じていた。




『ごめんね! もうすぐ帰って来ると思うよ』




 前は卵を抱いてるサンズが神経質になっていたので竜舎を占領していたが、今度はルカに譲ってフルールと昼間は芝生の上でゆっくりしている。エスメラルダが竜舎で思わず心細さを口にしたのを、サンズは聞きつけ顔を覗かして謝る。




『サンズ、ごめんなさい……聞こえるとは思わなかったの』




 ヌートン大使やカミラ夫人に優しくして貰っているし、ショウにはマルタ公国に行かなくてはいけないと説明も受けていた。




『いや、新婚旅行中なのに置いてきぼりは良くないよ!』




 エスメラルダの気持ちを読みとって、サンズは帰って来たらショウにお説教しなきゃと溜め息をついた。




『お願いだから、ショウ様には言わないでね』




 サンズがショウに余計な事を告げ口しないようにと、エスメラルダは頼む。




『サンズ、エスメラルダがショウと一緒に行けなかったのは、私が子竜を欲しがったからなんだ。だから、ショウを責めないでくれ』




 卵を抱いて神経質になっているルカに頼まれると、サンズは弱い。




『ルカのせいじゃないよ、私もフルールの羽根が伸びるまでは航海に出たくないし』




 ルカは卵が早く孵って、フルールと遊べると良いなと溜め息をつく。イズマル島の竜は近親交配を繰り返していたので、新しい血が混じるのは歓迎なのだが、ルカは自分の体が小さいのを気にしていたのだ。




『ちゃんと卵が孵るかな?』




 不安を口にしたルカに、エスメラルダは寄り添って、大丈夫よ! と励ます。




 サンズは自分も卵が孵るか神経質になったのを思い出して、大丈夫だよ! と励ますと、絆の竜騎士であるエスメラルダとだけにしてあげようと、芝生の上で遊んでるフルールの側に行く。




 ぱたぱた羽根を動かす練習をしているフルールの可愛さに、サンズは癒されるが、やはり絆の竜騎士が側にいないのは寂しい。




『ショウ……早く帰って来てよ!』




 自分がフルールの側に居る事を選んだのだけど、やはりショウが航海に出なければ良かったとサンズは心配する。








 ショウは短時間のビザン滞在なのに、神経を使って疲れたが、航海中のんびりとしたので回復した。




「もうすぐメーリングですよ」




 ペリニョン岬で水を補給したブレイブス号は、一気に北上してメーリングを目指していた。




「ルカの雛竜の羽根が伸びるまでは、ユングフラウに滞在する予定だ」




 ショウは、できたらルカの卵が孵る前に着きたいと、帆に風を送る。




『ショウ! ユングフラウに帰ったら、美味しい鳩が食べたい』




 マストの上から、肩に止まって真白に我が儘を言われたが、サンズが居なくて寂しかったのを、かなり慰められたので了解する。




『ルカの卵が孵る前に着くと良いな!』




 鷹の真白がルカの卵に気を使っているのに、ショウはもっと心を配ってあげれば良かったと反省する。




『そうだね! 真白も卵が孵るのを見たいのか?』




 真白は小首を傾け、脚を踏みかえながら考える。




『卵が孵るのは良いことだ』




 ショウは、真白も伴侶を見つけて卵を持てば良いなと笑った。真白は未だその気にならないのか、フン! と一声鳴くと、マストの上に飛んでいった。






 ブレイブス号はメーリングに着き、知らせを聞いてサンズは翔んできた。




『ショウ! やっぱり離れ離れは辛いよ!』




 自分がフルールの側を離れたくなかったのだが、絆の竜騎士と離れたくないとサンズはショウに突進してくる。




『ごめん! 私は焦っていたみたいだ! サンズが子竜を産んだり、エスメラルダとも新婚旅行中だというのに、あんな奴の事ばかり考えてしまった』




 サンズの首に抱きついて、ザイクロフトはやっつけるけど、自分の騎竜の幸せや、妻を蔑ろにはしないとショウは決心する。








 サンズとユングフラウの大使館に着いたショウは、竜舎に籠っているエスメラルダにも謝った。




「ごめん! 知らない人ばかりのユングフラウに置き去りにしちゃって! それに、ルカは卵を産んで神経質になっているのに、エスメはフォローに大変だとわかってるのに……」




 エスメラルダは不安も寂しさもショウの顔を見たら消えてしまい、ぎゅっと抱き締めて貰うと幸せに満たされた。


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