第17話 ダイナム大使にお任せします
ショウは前任のバッカスの置き土産と思われる美々しい侍従達にお風呂に入れて貰い、ダイナム大使の趣味を少し疑った。
『真白! ちゃんとエサを食べたのか?』
湯上がりのガウン姿で、庭の木に止まってる真白に声を掛けるショウ王太子を見て、ダイナム大使は無防備だなぁと溜め息をつく。
ダイナム大使は男に興味は無いが、マルタ公国に着任してから、ジャリース公の趣味を調査していた。
……アスラン王にあれほど憧れを持っているとは知らなかった……
前から聞いてはいたが、宮殿に行く度に、アスラン王やショウ王太子、そしてバッカス外務大臣の妹のジャスミン姫についての消息を詳しく尋ねられるのには閉口している。
ショウ王太子は後宮育ちだから、常に女官や侍従が側にいるのに慣れているので、ガウン姿でテラスに出ても平気なのだろうと、ダイナム大使は、こんな無防備ではジャリース公やヘルナンデス公子には会わせられないと計画を練り直す。
ダイナム大使のひょろっとした長身はジャリース公の好みでは無く、宴会に招待されても、アスラン王の事を熱心に尋ねられる程度の迷惑だったが、好みのタイプの外交官達はややこしい問題を抱え込む羽目になっていた。
「ショウ王太子、ルーパス公子とギルバート公子との密談の段取りがつきました」
本来なら、ショウ王太子にヘルナンデス公子と面会でもして貰えば、こちらが何も手を下さなくても、疑惑と嫉妬にかられたジャリース公が反抗的な子息を始末してくれるのだが、危険な目には合わせられないとダイナム大使は考える。
「如何でした? お二方とお会いになられて」
短時間の密談を、ルーパス公子、ギルバート公子とし終えたショウは疲れて、大使館のサロンのソファにぐったりと身を任せていた。
「ギルバート公子の方が、ルーパス公子よりほんの少しマトモに感じたが……同じようなものだ!」
ジャリース公の趣味を受け継いだ公子達に熱い視線を送られたショウは、げんなりとした口調で吐き捨てる。似たり寄ったりの公子なら、長子相続の風習に従いヘルナンデス公子の後釜にはルーパス公子でも良い気がする。
「ショウ王太子はこれからもマルタ公国と付き合っていかれるのですから、慎重にお考え下さい。
第二、第三公子の命が危険に曝されるとかを考慮されて、ルーパス公子を選ばれるのですか?」
図星を指摘されたが、ショウは反論する。
「まぁ、確かにそれも考えたが、ジャリース公が海賊にねぐらを提供しているのを我慢するのも限界なのだ。
ギルバート公子では、年齢的に少し頼りないし……」
ヘルナンデス公子を追い落とすだけでなく、ジャリース公も退けたいとショウは考えている。
「マルタ公国は歴史的に海賊との取引があります。
人質の交換や、奴隷市場は、ジャリース公を引退させても無くなりはしません」
ショウは、それが我慢できないと腹を立てる。
「いくらパトロールさせても、マルタ公国やサラム王国が海賊にねぐらを与えているから、撲滅できないのだ!」
ダイナム大使は、若いショウ王太子の怒りは理解したが、この二国を叩いても、海賊はまた他の国をねぐらにするだけだと溜め息を押し殺す。
「いっそのこと、マルタ公国を占領しますか?」
キラキラと目を輝かすダイナム大使の大胆な発言に、ショウは誘惑されたが、北の帝国三国が黙って無いだろうし、無駄な血を流すことになると首を横に振る。
「マルタ公国を制圧するには、あのガレー船と戦わなくてはいけない。
近海では帆船より、ガレー船の方が方向転換なども自在にできるから、こちらはかなりの被害を被ることになる」
ダイナム大使は、若いショウ王太子がジャリース公に腹を立てていても、無謀な作戦に乗らないのに安堵する。
「ガレー船は確かに脅威ですが、遣りようもありますよ。
ブレイブス号級の大型軍艦を数隻ビザン港に停泊させれば、あの警備が薄い王宮など簡単に制圧できます」
ショウは確かに豪華で瀟洒な王宮なら、制圧できそうだと考えたが、ダイナム大使が本気で言って無いのにも気づいた。
「そんな海賊まがいの遣り方ではなく、あくまで東南諸島連合王国は表にでないようにお願いします」
外交官なんて、何を考えているのかわからないと、嬉しそうに陰謀を巡らしているダイナム大使に眉を顰める。
「ヘルナンデス公子の件は、ダイナム大使にお任せします。
ジャリース公、そしてヘルナンデス公子の後釜については、レイテと相談して下さい。
父上やバッカス外務大臣は、何か考えがあるでしょうから」
新婚旅行の最中だからと、宴会をピシャリと断ってブレイブス号へと急ぐショウ王太子に、ジャリース公がいる限りマルタ公国には長居をしないつもりだとダイナム大使は溜め息をつく。
「本当に嵐のように去っていかれた」
ブレイブス号を見送りながら、ダイナム大使はショウ王太子の対応をレイテに報告しなければと呟く。ジャリース公の馬鹿公子達と違い、賢い王太子にお仕えすることに満足を覚えるダイナム大使だった。
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