第11話 フルール!
ルカとボリスの交尾飛行はサンズの卵が孵ってからになったが、エスメラルダは大使館の裏庭に30個のキャベツの苗を植えた。
「何もエスメラルダ様が自ら鍬をふるわなくても……手が荒れてしまいますわ」
カミラ夫人は王太子の妃が野良仕事をするだなんてと、驚いて止めようとしたが、ヌートン大使は子作りの呪いなのだからと制した。
大使館は治外法権だが、そこの動きを見張るのは外務省としては当然の職務だ。エスメラルダがキャベツ畑を作った件は、前もってキャサリン王女から聞いていたので、慎重に調査して、直ぐに報告がマウリッツ外務大臣にあがった。
「どうやらショウ王太子の新しい妃は、強力な緑の魔力を持っているみたいですね。一晩でかなり大きくなっているそうです」
マウリッツ外務大臣は、東南諸島連合王国の大使館の裏庭にキャベツ畑が作られたとの報告を、グレゴリウス国王に読み上げる。
「イズマル島の住人は、旧帝国の支配から逃げ出した先祖を持つから、魔力を持った人も多いのだろう」
ユーリ王妃も魔法王国シンの流れを汲むフォン・フォレスト一族の血をひいて、強力な魔力を持っていた。
「東南諸島の財力とイズマル島の広大な土地、それに魔力を持つ一族が加わるだなんて……」
巨大な勢力になると懸念を抱くマウリッツ外務大臣に、グレゴリウスは深い溜め息をつく。
「イズマル島の開拓にはローラン王国の難民だけでなく、各国の貧しい農民が流れ込むだろう。
我が国も多数の農民が新天地を目指して移民となるかもしれない。
愚かな領主に搾取されるよりは、イズマル島で開拓農民になった方が良いと考える者が大勢出るのは困るのだが……」
ローラン王国の難民が何処へ流れて行こうが、海賊などになられるよりはマシだと考えるが、自国の農民が減少するのは国力が衰える原因になるのではと心配する。
「イルバニア王国の一番の問題は、先祖の立てた貢献で領地を貰い、ぬくぬくと贅沢三昧している貴族どもです」
そう言うマウリッツ外務大臣も公爵なのだが、弟のフランツ卿も在ローラン王国大使として国に尽くしているし、領地も公正に管理している。
ファッションの都、美食の都、恋の都、花の都と、もてはやされるユングフラウには、ろくに働きもしないで贅沢三昧をしている貴族がたんまりといるのだ。
「竜騎士を馬鹿な領主が搾取しないように、もっと頻繁に巡回させたいのだが……アルジエ海に面した領土のパトロールに竜騎士隊が出払っているので、ままならない。
王宮にたむろする馬鹿者どもを国外に追放したくなる!」
フォン・フォレストの魔女の孫娘であるユーリ王妃には、その愚かな貴族達も恐れをなして取り入るのを諦めていたのだが、大人しいリリアナ皇太子妃には与し易しと侮ったのか、王宮に用も無いのに彷徨いている姿が目につくようになっていた。
「申し訳ありません、リリアナに側近には選ばないようにと注意をしているのですが……私が責任を持って、善処致します」
グレゴリウスはマウリッツ外務大臣が、王宮にたむろする借金だらけの馬鹿な貴族どもを、領地に追い払うつもりだと察した。
「わかっているだろうが、彼奴らにバレないように裏から手をまわすのだぞ」
そんなの当然です! と冷たい目で睨まれて、グレゴリウス国王は若い頃の見習い竜騎士になった気分になった。
「それにしても、一部の愚かな貴族がやけに羽振りが良いのが気になります。
リリアナにも贅沢なプレゼントを贈ろうとしたり、勿論、そんな物を受け取らせたりはしていませんが……少し調査してみなければ……東南諸島連合王国のヌートン大使は抜け目の無い古狐ですから、貴族に経済的な援助をしているのかもしれません」
グレゴリウスは、東南諸島連合王国は知略に富んだ外交官を多く有しているが、そのようなわかりやすい策を使うだろうかと首を捻る。
「ヌートン大使は、そなたの注意深さを知っている。
それに、リリアナ妃に贅沢な贈り物などしても、マウリッツ公爵家で育ったのに無駄だとわかっているだろう。
彼なら賢い貴婦人を側近に送り込み、内部の情報を得るという策略を練るのではないかな?」
筆頭公爵家で何不自由なく育ったリリアナは物欲は少ないし、実家から充分なドレスや宝石類を贈られている。
父親のマウリッツ外務大臣は、確かに古狐のヌートン大使ならそれくらい承知しているだろうと唸る。
「では彼奴らは……慎重に調査します! リリアナに側近を増やさせても良いですし……」
マウリッツ外務大臣が策略を炙り出すのに、娘を利用するつもりだと察して、慌ててグレゴリウスは止める。
「調査は良いが、リリアナ妃に怪しげな貴婦人を側近にさせるのは止めなさい! マキシウス王子がいるのだぞ!」
とかく外交官という人種は策略を考えたり、裏をかくのが好きで困ると、グレゴリウスは注意を与える。
此処までは、とても賢い対応で、マウリッツ外務大臣は立派になられたと感慨に耽っていたのだが……次の言葉でガックリする。
「ところで、この夏休みにテレーズがエリカ王女に招待されてレイテに行くという件なのだが、穏便に断る良い手は無いかな?
ストレーゼンにはキャサリンも来るが、サザーランド公爵とも過ごしたいだろうし、テレーズがいないと寂しい……それに、ユーリはテレーズの監督に付き添うなんて事を言い出すし!
やはり、ユーリはアスランが好きなのでは?」
その嫉妬癖はどうにかならないですか! と怒鳴りつけたいマウリッツ外務大臣だった。
しかし、そこに宿敵であるシュミット国務大臣が現れて、自国でキャベツ畑を勝手に作らせて良いものですか! と外務大臣の不手際だと責め立てるので、グレゴリウスも仲裁に入ったりと大騒ぎになる。
「大使館は治外法権とはいえ、我が国の領土です!
それに、キャベツ畑の呪いはユーリ王妃が古文書を読み解いて復活させたのに、勝手な真似を許しても良いのですか」
少なくとも半分のキャベツを自国の婦人に与えるべきだと主張する。
「そんな事を貴卿に言われなくても、外務省でキチンと対応します。
それより、一部の貴族が不可解な行動をしているのにお気づきでは無いとは! シュミット国務大臣らしくもない! 収入を調査し直しては如何てすか!」
グレゴリウス国王は、何故、外務省と国務省は伝統的にこれほど仲が悪いのだろうと溜め息をついた。
しかし、喧嘩をしながらも優秀な二人の大臣は、ヌートン大使にキャベツの半分を譲渡させる交渉をしたり、ユングフラウの怪しい貴族の収入源の調査をするのだった。
王宮でそんな騒ぎがあった夜、東南諸島連合王国の大使館の竜舎では、力強く孵角の音が響いていた。
『頑張れ! フルール!』
ぐらぐらと分厚い寝藁の上の青白い卵が揺れるのを、サンズは期待に満ちた目で見つめる。
『あっ! 卵にヒビが!』ショウは新婚旅行中なのに、ほったらかしだったエスメラルダの肩を抱き締めて叫ぶ。
『まぁ! 卵が孵ったわ!』父親のモリーが産んだ卵が孵る瞬間を見逃したエスメラルダは、パカンと2つに割れた卵から、濡れて黒い雛竜が転がり出るのを見て涙ぐむ。
『お前は、フルール!』
ピスピスと鳴く雛竜が空腹を訴えるので、ショウは予め用意してあったミンチ肉がたっぷり入ったボールを差し出す。
『サンズ、産まれたんだね! おめでとう!』
卵が孵る瞬間が一番神経質になるので、ルカは外で待っていたのだが、お祝いの声をかける。
『今度はルカの番だ! 子竜が持てるよ』
雛竜がボールの中に頭を突っ込んでミンチ肉を食べているのを、愛しそうに眺めながら、サンズは後回しにしてしまったルカに、御免ねと羽根を竦める。
『そうだ! 子竜が持てるんだ!』
ルカの叫びに、エスメラルダは騎竜の欲望が燃え上がるのを感じ、抱き締めているショウの身体の温もりに自分も欲望を刺激されて頬を染めた。
この夜までショウはサンズにべったりで、王宮で外務大臣と国務大臣が喧嘩をしたのも知らなかったし、ヌートン大使が激しいキャベツの攻防戦をする羽目になることも考えてもいなかった。
そして、ユングフラウの闇にザイクロフト卿がちらついているのも気づいてなかった。
ダークとルカがお腹がいっぱいになって眠ったフルールを見守ってくれる間、サンズにイルバニア王国のよく肥えた牛を食べさせていたショウは、騎竜の幸福感に満たされていた。
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