第10話 何ですって!

「では、連絡をお待ちしてます」




 交尾飛行はサンズの卵が孵ってからにすると話し合って、キャサリン王女は嫁ぎ先のサザーランド公爵家に帰った。




 遠ざかる二頭の竜を見送ったショウとエスメラルダは、ゆっくりと大使館まで歩きながら話をする。




「交尾飛行は夏の離宮があるストレーゼンですると思うよ。


 今は未だ人気が無いし、他の騎竜が居ない場所の方が良いんだよ」




 ルカの幸福感に支配されているエスメラルダは、ふわふわと宙を歩いている気分だったが、キャサリン王女と欲望を共有するのだと思い当たり頬を染めた。




「騎竜に子竜を持たせてやりたいけど、交尾飛行の時に欲情してしまうのがネックなんだよね」




 東南諸島連合王国にウォンビン島とイズマル島が加入したのと、エスメラルダのキャベツ畑の呪いで産まれた赤ちゃんは竜騎士の素質を持つ割合が多いので、竜が不足しそうなのだ。




「メッシーナ村では竜を共有して乗せて貰ってますわ。


 絆を結ぶのは一人ですが、ルカも他の人を乗せてモリソンへよく行ってます」




 ショウは東南諸島では女性は男性ほど自由に外に出られないので、妹のパメラがスローンと絆を結んだら、シーガルはどう感じるだろうかと悩んでいた。エスメラルダの話を聞いて、良いアイディアを思い付いた。




「そうか、パメラがスローンに乗らない時は、他の人を乗せても良いんだね。


 スローンはパメラが好きで絆を結びたいと言っているけど、竜騎士の修行をしてないし、嫁ぎ先のシーガルの考え方もわからないから、どうなるのかと心配していたんだ」




 シーガルがパメラを家に閉じ込めるとは思わないが、身分の高い既婚女性が外を自由に出歩く風習はないので、スローンが飛ぶ機会が減るのではと悩んでいたのだ。




「ショウ様はレイテに竜騎士の学校を作ると言われてましたから、竜を共有して練習するのも良いかもしれませんね」




 二人で竜騎士の学校について歩きながら話していたが、大使館の扉を開けようする時になって、ショウとエスメラルダは顔を見合わせて、どう説明しようかと立ち止まる。




「ああ、ヌートン大使は呆れてしまうだろうなぁ~、それにルカの子竜が少し落ち着くまでユングフラウに滞在することになるし。


 キャサリン王女が懐妊されなかったから、キャベツ畑を作るのか……植えて直ぐに出航したら、呪いは上手くいかないのかな?」




 エスメラルダはキャベツ畑の呪いはショウから聞いただけなので、植えただけで良いのか、収穫まで留まらないといけないのか判断はできないと、首を傾げる。




「ユーリ王妃ならご存知なのだろうけど……あまり、エスメの魔力を公にはしたくないし」




 エスメラルダが自分の騎竜のルカが余計な事を言ったからと、謝りかけるのをショウは抱き寄せてキスで封じる。




「うぉほん! ショウ王太子、何の騒ぎだったのですか?


 テレーズ王女やキャサリン王女までいらしていたみたいですし、エリカ王女とミミ姫もお部屋で大人しくしておられるだなんて、様子がおかしいのですが」




 大使館で何が起こっているのか把握したいと、ヌートン大使は玄関アプローチでキスしている王太子夫妻に、咳払いして注意をこちらに向けさす。




 ショウは自国の利益を最優先に考えるのが職務のヌートン大使に、竜騎士の騎竜に子竜を持たせてやりたいという欲求が理解して貰えるだろうかと、溜め息をついた。




「ヌートン大使、落ち着いて書斎で話し合おう!」




 長年、外交の場にいるヌートン大使は、ショウが何やら竜関係の事で、イルバニア王国に有利な決定を下したのだと察知して、ズンと一足前に進み出る。




 ちゃんと説明するからと、ヌートン大使と書斎に向かうショウに、エスメラルダは王太子も大変なのだと溜め息をつく。




「エスメはルカの側にいてあげて! 私も大使との話し合いが終われば、竜舎に戻るから!」




 目に怒りの稲妻を隠している大使との同席をしなくても良いと言われて、エスメラルダはホッとしたが、ルカの側に行くのも躊躇われて二階の部屋に向かった。








「ショウ王太子! 何を隠しておられるのですか!」




 ぴしゃり! と核心に迫られて、ショウは先ずは落ち着こうと、ヌートン大使を椅子に座らせる。




「キャサリン王女の騎竜ボリスとエスメの騎竜ルカが交尾飛行することになった。


 あと数日でサンズの卵は孵るから、その後ストレーゼンで行うよ」




 ヌートン大使は新婚旅行中に、花嫁の騎竜が滞在先の王女の騎竜と交尾飛行! と驚いたが、それだけでは無い筈だと、話の続きを促す。




「問題は、ボリスもルカも子竜を欲しがった事なんだ。


 キャサリン王女は先のサザーランド公爵との交尾飛行で、懐妊されなかったから、ボリスは自分が子竜を持つ交尾飛行が良いと主張したんだ」




 ヌートン大使は竜にはさほど興味はなかったが、自国に有利な交尾飛行を主張しなかったのかと、苛立ちを感じる。




「花嫁の騎竜に有利な話に持っていかれなかったのですか?


 イルバニア王国には竜がいっぱいいるのだから、こちらを優先して欲しいものです」




 今からでも、ルカに子竜を持たす方向に調整し直して下さいと言わんばかりのヌートン大使に、ショウは深呼吸して最大に怒らせそうな話を報告する覚悟を決める。




「いや、竜同士が話し合って、ルカが子竜を持てることになったんだ」




 なら問題無い筈なのに? ヌートン大使は頭の中であれこれ考えて、ピンときた! ガバッと立ち上がって疑惑をぶつける。




「まさか! 巫女姫様にキャベツ畑を作らせるのですか!」




「よくわかったなぁ!」と感心しているショウ王太子に、ヌートン大使は何処から叱ったら良いのか脱力して、椅子にドスンと座る。




「あのキャベツ畑の呪いは、確か二年開けなくてはいけないのでは無いですか? レイテでも子どもが欲しいご婦人は沢山いるというのに……」




 非難を込めた目で睨まれて、ショウは慌ててキャサリン王女から聞いた話を教える。




「何ですって! なら、国が違えば二年開けなくても呪いは有効なのですか! それは、良い事を聞きましたね」




 うきうきしているヌートン大使が、何を考えているのか想像しただけで、ショウはげんなりしてくる。




「言っておくけど、エスメラルダの緑の魔力を外交カードには使って欲しくないからな!」




 各国にキャベツ畑を作ってやると言えば、強気な外交交渉ができると夢想していたヌートン大使は、殺生な! と涙ぐむ演技をするが、シラーっと睨まれて、この件は後でレイテと話し合おうと一旦は棚上げにする。




「それと、ルカの子竜が落ち着くまでユングフラウに滞在しなきゃいけなくなったし……キャサリン王女が懐妊されなかったら、キャベツ畑を作らなきゃいけないけど、それがどの位掛かるのかわからなくて……」




 思ったより長い間帰れそうにないと、ショウは心配する。




「キャベツ畑は今から植えたら如何ですか? もし、エスメラルダ様やキャサリン王女が懐妊されても、欲しがるご婦人は多いでしょう。


 キャベツが大きくなるまでに、レイテからもユングフラウに来れますし」




 遠いイズマル島に行くよりも近い! と、ショウは頷く。




「それに、エスメラルダが妊娠したら呪いは無効かもしれないので、先に作っておいた方が良いかもしれないな。


 キャベツの苗を手配して下さい……あと、何処に作れば良いのかな?」




 何となくキャサリン王女の話はサザーランド公爵家の庭に作るニュアンスだったけど、ヌートン大使はそんなことを許すつもりは無さそうだし、大使館の裏庭かなぁと、睨まれて席を立つ。




「私はサンズに付いてやらなきゃ! 明日か明後日には孵りそうだから……あっ、その前にエリカを叱らなきゃいけないんだった!」




 竜舎に籠ろうとするショウをヌートン大使は止めかけたが、竜姫を叱ると言い出したので、恐れて二、三歩後ろへ下がった。




 どのような強敵の外交官や国王にも一歩も引かないヌートン大使だが、竜姫エリカを叱る勇気は持っていなかった。




「やはり、ショウ王太子はアスラン王の王子だ……」




 竜姫をあまりキツく叱らないで下さいと祈りながら、書斎を出ていく背中を見つめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る