第22話 防衛ラインを強化するには軍艦が必要!
ゴルチェ大陸の北部沿岸を航海して、ブレイブス号はチェンナイへと向かう。
「何となく乗組員達が浮き浮きしているな」
ショウの言葉に、ワンダー艦長は溜め息をつくと、バージョン士官に甲板掃除をさせろと命じた。
「これ以上磨きたてようが無いのに、甲板掃除をさせるの? まだチェンナイは歓楽地の要素がそれほど強いのかい?」
ショウの兄上にあたるハッサンを儲けに目がないと言うと悪口になりそうなので、ワンダー艦長は口に出さなかった。
「まさか、軍艦の造船所より歓楽街の整備を優先しているとか?」
慌ててワンダー艦長は、造船所も立派に運営されていますと答えた。
「ただ、造船所で働く男達が常駐するので、チェンナイの歓楽街は常に満員御礼状態なのです。乗組員達はチェンナイに寄港するのが楽しみなのですが、それを管理する身としては問題を起こさないか、ひやひやしてしまうので……」
カジノもハッサンは経営からは手を引いたが、他のオーナーが営業しているし、赤の格子通りの娼館が並ぶ歓楽街は北の帝国大陸からも客が訪れる程の評判だ。
「軍艦の増産は急がなくてはいけない!」
いつもは穏やかなショウの厳しい口調に、ワンダー艦長は何があったのだろうと疑問を持つが、武官としては軍艦が増えるのは歓迎なので問い質しはしなかった。
『ねぇ、何を苛立っているの?』
サンズはショウが苛立っているのを感じて、此処からならチェンナイまで飛んでいけるよと提案したが、大きな溜め息をついて首を横に振る。
『チェンナイに着くまでに気持ちを落ち着かせた方がいいんだ。こうして航海している方が落ち着くし……』
苛立ちをハッサンにぶつけてしまいそうだと、ショウはサンズに寄りかかり、青い空に白い雲がぷかぷか浮かんでいるのを眺めながら気持ちを落ちつかせる。
「父上やバッカス外務大臣はザイクロフト卿の問題を私に任せるつもりなのかな……」
バルバロッサの件で傷ついたレティシィアが、またザイクロフトの問題で嫌な目にあわないように護ろうと、ショウはぐっと拳を握りしめる。
ワンダー艦長は、幼い頃から知っているショウが王太子として難しい問題を抱え込んでいるのに気づいたが、一武官に過ぎない自分が口出しする立場に無いと分をわきまえている。
「こんな時にピップスが居てくれたら良いのに……」
ワンダー艦長は、ピップスは拾い物だったなぁと苦笑した。
チェンナイの港が見えてくると、ブレイブス号の乗務員達も露骨に浮き浮きとした足取りになる。
「前に来た時より、建物の数も増えていますね」
ハッサンがまともな商売の発展もさせているのが、遠くからも確認できてショウはホッとする。
「ストッパー役のラジック兄上が居なくなって、また簡単に儲けられる歓楽街の発展ばかりに力を注いでるかもと心配していたけど、これなら大丈夫みたいだ」
ラジックがイズマル島のモリソンへ赴任した後は、チェンナイの行政長官になったハッサンがまた儲け主義に走って無いか、ショウは少し心配していたのだ。
「ワンダー艦長、一足先にハッサン兄上に挨拶してくるよ!」
サンズに飛び乗ると、ショウは前のカジノだった建物へと向かった。
「おお! ショウじゃないか!」
前に会った時より、一回り太ったハッサンにショウは少し驚いたが、そんなことより軍艦の増産が必要だと話し始める。
「ハッサン兄上、サンズ島とウォンビン島を至急に防衛強化しなくてはいけないのです。東南諸島以外の国は、この二つの島で補給をせずにイズマル島には到達できません。防衛ラインを強化するには軍艦が必要なのです」
到着した途端に、増産が必要だと要求を突きつけて、造船所の視察をしたいと言い出したショウに、ハッサンは驚くと共に何か問題があったのだと感じる。
「もちろん、軍艦の増産は急がせるが、航海してきたばかりなのだ。風呂に入って少し休憩してから視察に行こう」
ショウは自分が一人で空回りしていると、ハッサンの屋敷の豪華なお風呂に浸かって反省した。
「ブレイブス号もサンズ島まで航海しなくちゃいけないのだから、水や食料の補給も必要だし、乗組員達も交代で少しは陸に上がって休息もしたいだろう。こんな風に焦っても、意味が無いのに……」
風呂から上がると、ショウはハッサンと食事をしながらチェンナイの状況や、レイテの様子を話し合う。
ハッサンはいつも通りのショウに戻ったと、少し安堵した。
突然現れたショウは、父上が来られたのかと思うほど顔がキツかったのだ。
ハッサンは、父上は他者を寄せ付けない程の圧倒的な強制力があるが、ショウはもっとのんびりとした遣り方が似合っているように思う。ショウの持ち味は、のんびりと鷹揚な態度にも関わらず図々しく兄達をこき使ったり、言い出したらしつこいことだと、苦笑する。
「何か問題があるのか? 私が知って置いた方が良いことが有れば教えて欲しい」
ショウは少し考えて、東南諸島の軍艦を他国に手に入れられたら困るので、ハッサンに警戒して欲しいとザイクロフトの件を話すことにする。
「まだ確信は持てませんが、サラム王国のザイクロフト卿という外交官に注意して下さい。どうもカザリア王国の北西部と、アルジエ海の海賊の動きが活発になった背景には、この男の影がちらつくのです」
ハッサンもサラム王国が海賊船の寝床になっているのには前々から腹を立てていたが、ザイクロフトとは何者なのだと食いついた。
「ザイクロフト卿は……王の庶子だと言われています」
奥歯に物が挟まったような口調に、ハッサンは不審を感じる。
「サラム王国と言えば、バルバロッサがねぐらにしていたな……まさか、ザイクロフトは奴の息子か! 根絶やしにしなかったのか?」
ショウは東南諸島の厳しい王族の掟を、ハッサンに突き付けられた気持ちになった。
「まだ調査中ですが、ザイクロフト卿と名乗る外交官の容姿は東南諸島の血が混じっているように感じると、レーベン大使が言っていました。サラム王国には東南諸島の近海を追い出された海賊も大勢逃げ込んでいますから、その容姿だけでバルバロッサの息子かどうかはわかりませんが……」
相変わらず甘い! とハッサンは弟の悩みに気づいて苦笑する。
「ザイクロフト卿とやらは、マルタ公国の馬鹿公子やスーラ王国の蛇王子も唆しているのだろう? そんな輩は我が国の敵なのだから、バルバロッサの息子だろうが、他人だろうが、さっさとやっつけてしまえば良いのだ! カザリア王国からの木材の運搬にも、サラム王国の海賊は目障りで仕方ないぞ!」
相変わらず自分の利益を中心に考えるハッサンの明解な意見に、ショウはグズグズ悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなった。
「そうですね! 我が国の敵なのですから、さっさとやっつけます!」
笑う弟の背中を、ハッサンは頑張れと叩いた。
「ハッサン兄上、痛いですよ~」
ぼやぼやの弟だったが、王太子として頑張っているとハッサンは改めて評価した。
慌ただしく造船所の視察を終えると、補給を済ませたブレイブス号はチェンナイの港を後にした。乗組員達は短期間のチェンナイだったが、それぞれ堪能したみたいで、きびきびと帆の調整をしている。
「彼奴は宿題をたんまりと出していったな……」
ハッサンは相変わらず、ぼんやりしているのに、軍艦を増産しろとか、もう少しチェンナイの風紀を取り締まれだとか、ヘッジ王国の山羊の飼育を他の人達にもさせろとか、ビシバシと指摘して旅立った弟を苦笑して見送った。
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