第12話 ルードとショウ

竜舎でサンズと寛いだショウは、そろそろサバナ王国から出立しようと決意する。




「いつまでも此処にいたら、妻を押し付けられそうだ……」




 早すぎる雨期の終わりだったが、雨乞いの成果で霧のような雨が降り注いでいる。




 メルヴィル大使は、ショウに偵察させた報告をする。




「セドナにも雨が降り続いているみたいですよ」




 例年通りの乾期なら、ユング王子とマウイ王子の家族も飢えと渇きを乗り越えられるかもしれないと、ショウはホッとした。




「雨の中の出立になるのかな? アンガス王は乾期をセドナで過ごせと言われたのだから、雨が止んでからで良いと思う。一応はユング王子に提案してみたけど、何だかアンガス王に余計なことは話せないみたいだったな」




 メルヴィル大使は顔色を変えて、これ以上の口出しは無用にして下さいと止めた。




「そんなの、わかってるよ~! 出国の挨拶をして、スーラ王国に向かわなきゃいけないんだから」




 できたら、挨拶も抜きでとショウは考えたが、メルヴィル大使に睨みつけられて諦める。




「うう~ん、今回のサバナ王国の訪問では、アンガス王がジェナス王子と繋がってなさそうだと確認できたのが収穫かな」




 王宮へ向かいながらショウが呟くのを、メルヴィル大使は聞き咎める。




「何を仰るやら! アンガス王の感心を引き寄せられたではありませんか」




 少し気を抜くと、縁談を進めようとするので、慌てて釘をさす。




「絶対に縁談はお断りですからね! それと、後継者問題に口を挟まないように」




 叱りつける顔はアスラン王に似ているのに、どこか甘いとメルヴィル大使は苦笑する。






 しとしとと降り続く雨で、赤茶けた王宮の石も深い茶色に見える。風が無いと、確かにむしむしすると、ショウは王族の礼服をぱたぱたしたくなるが、流石に王宮の前なので我慢する。




 王宮の前に立つ護衛の黒い服が、濡れてより暗く威嚇的に感じる。




「ねぇ、メルヴィル大使、あの護衛って問題じゃありませんか?」




 メルヴィルは、ショウの言葉の意味がわからないと首を捻る。




「護衛らしい護衛ですが……何が問題なのですか?」




「そりゃあ、護衛なのだから、人を寄せ付けない雰囲気でも良いのかもしれないけど、民意とか反映する気は無いのかな? 何か、困った事とかあっても、この護衛では王様に訴えたりできないのでは? それとも、部族長が人々の不満や訴えの窓口なのだろうか?」




「護衛は、王宮を警護しているのです。どうしてもアンガス王に会いたい人は、怖がろうが通して貰うしかありません。さぁ、私たちも会いに行きますよ」




 メルヴィル大使が護衛に、王太子が出立の挨拶に来たと、取り次ぎを頼む。文官が出迎える前に、いつもアンガス王の側にいるルードが猫属独特のしなやかな歩き方で出てきた。




『ルード、アンガス王にお別れを言いに来たよ』




 身体を脚にすり寄せるルードに、ショウは別れの挨拶をする。




『ショウなら、子豹をちゃんと育ててくれそうだ』




 子豹は可愛いだろうが、レイテでは豹は狩りはさせられないと思う。イズマル島なら野生の牛を狩り放題だけど。




『他に広い土地を持っているだろう』




 イズマル島なら野生動物がいるなと思った心を読まれたのに、ショウは驚いた。




『ルードは賢いんだね』




 誉め言葉などには興味がないと、尻尾をパタンと床に打ち付けて、ルードはアンガス王の元へと帰って行く。




「何をルードは言ったのですか?」




 案内して貰いながら、メルヴィル大使は小声でルードとの話を尋ねた。




「いや、子豹をちゃんと育ててくれそうだとか……」




 メルヴィル大使の目がぎょろりと剥き出されたので、ショウは断ったよ! と急いで教えた。




「えっええ~! そんな名誉な話を断ったのですか?」




 サバナ王国では、アンガス王に狩りに招待される名誉の上は、ルードの子豹を貰うことなのにと、メルヴィル大使は小声で文句をつける。




 ショウは、子豹は可愛いだろうけど、狩りに連れて行く暇なんて無いと思う。それに、子豹に王女も付けられそうだから、絶対にごめんだ。




 ショウの気持ちなどお見通しのメルヴィル大使は、レイテにこの件を報告しておこうと、アンガス王の部屋に近づいたので小言を止めた。






 アンガス王の前には、ルードが横たわっている。まるで、出迎えに来たとは思わせない、悠々たる態度でチラリと金色の瞳を開けて、ショウを見た。




「アンガス王、御歓待ありがとうございました。そろそろ、出立したいと挨拶に参りました」




 ルードの頭を撫でてやりながら、アンガス王はどうにかショウの子供を手に入れたいと考える。




『ショウは妻を増やしたくないみたいだ。私の子豹も、王女がついて来そうだからと断った』




 ひょえ~! バレてる! ショウは、冷や汗をかく。




 ルードが自分の気持ちをアンガス王に伝えるのを、聞こえない振りをして遣り過ごす。フラナガン元宰相しこみの笑顔だが、熟練の外交官であるメルヴィル大使にはバレバレだ。




「また、サバナ王国に来て下さい」




 あっさり出国させてくれるのかと、ショウは一瞬ホッとしたが、甘かった。




「雨乞いの成功のお礼と、出立の宴会を催そう!」




 妻を娶るのが嫌でも、酔い潰してしまえば王宮に留めることができるだろうと、アンガス王はほくそ笑む。




「あのう、潮の加減もあるので……」




 ショウの宴会を断ろうとした言葉などには、アンガス王は気にもとめない。ぽんぽんと手を叩くと、召し使い達が次々とご馳走を運び込む。




「ショウ王太子、絶対に夜這いを掛けられます! 酔い潰れて、王宮に泊まるような事態にならないように」




 王女を娶るならいざ知らず、種馬扱いは御免だと、メルヴィル大使は真剣に忠告する。




「私はお酒がつよくないんだよ! もう、無視して帰るとかは? サンズを呼び出しましょう!」




 お酒に強く無いショウは、逃げだそうと言ったが、メルヴィル大使に叱られてしまう。




「アンガス王に、そのような無礼はできません! こうなったら、とことん酔い潰れて、夜這いも出来ないようにしましょう」




 メルヴィル大使が悪魔に見えたショウだった。


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