第11話 二人の王子

 雨乞いが成功したことと、幼い子供や妊娠中の妻をリアンに留めておくようにアンガス王を説得してくれたショウに、ユング王子とマウイ王子は感謝していた。




 その感謝を伝えようと、東南諸島連合王国の大使館へ出向くのだが、それぞれの心の中には、別の思惑も潜んでいた。




 マウイ王子は大使館へ行くための準備をしながら、自分と年も変わらない若い王太子が、あの父王にどう対処したのだろうと考えた。




「あの父上を説得したショウ王太子とは、どのような人物なのだろう?」




 狩りの時は自分達の豹が狩りを本気でしないで、親豹ルードの獲物をねだった事を父上に叱られたりしていたので、ショウと挨拶程度しか話してなかった。




 今回のセドナ行きを心配した母親が、部族長や首長や各国の大使へ説得を頼むのを見ていたが、父上が一旦決めたことを覆すとは考えてなかった。特に、幼い子供が多いマウイ王子は、この命令は自分への処刑宣告では無いのかと、心を挫かれた。




「ユング兄上の母親は、サバナ王国の部族出身だ。第一夫人のセビリア様なら、セドナの部族長に優遇しろと命じることもできるだろう」




 その上、口には出さなかったが、近頃は沢山の妻を娶って、贅沢な暮らしをしているが、ユングの方が武術に優れているとマウイは認めていた。




 それと、祖父からスーラ王国のゼリア王女の許嫁であるショウについて、どのような人物か見て来て欲しいと頼まれていた。




「お祖父様がジェナス王子の甘言に騙されるとは思わないが……ユング兄上では、併合された周辺国は離反していくかもしれない」




 祖父はスーラ王国の支配者になれないジェナス王子からの言葉には耳を貸さなかったが、これがアルジェ女王からなら、そして父王がもっと年をとり、ユングが王位に就くことが決定したら、どうなるだろうとマウイは悩む。




「その時、自分はサバナ王国の王子として、どう決断するべきなのか? ショウ王太子は、確か第六王子だと聞いた。その上、母親は力のある部族ではなく、王の寵愛を受けてもないとか。それなのに、王太子として立派に活躍しているが、他の兄上達はどう思っているのか?」




 マウイは自分に過剰な期待をかける母親と祖父には悪いが、サバナ王国の本体である狩猟民族を率いていけるとは考えてなかった。かといって、ユングが王位に就けば、サバナ王国から周辺国は離反するのが目に見え、若い王子なりに悩みは尽きないのだ。






 ユングも、一旦口にした言葉を訂正した父王に驚いていたし、幼い子供をセドナに連れて行かなくてよくなった点は、ショウに感謝していた。




「雨乞いを成功させたショウ王太子に、妹を嫁がせろとは、母上も無茶を言われる。いくら金持ちだとはいえ、遠い東南諸島になぞ、嫁ぎたがるものか」




 それよりは自分の妹は、サバナ王国の本体である部族に嫁がせて、がっちりと支配を固めたいとユングは考えていた。




「周辺の農耕民族など、武力で押さえつければ良いのだ。マウイの祖父など、スーラ王国にいつ寝返るかわからない! 併合した小国の首長など、首を斬ってしまえば良いのだ」




 ある意味でサバナ王国の王子らしいユングだが、リアンで贅沢三昧している自分の生活を反省はしていない。






「やれやれ、お礼の気持ちがあるなら、こちらが指定する時間に訪ねてくれたら良いのに」




 あまり仲の良く無さそうな王子が、ダブルブッキングになるのではと、メルヴィル大使は落ち着かない様子でサロンを歩き回る。




「一応は時間を指定したのでしょ? それを守らずに、かち合った場合は、仕方ないですよ。儀礼上の挨拶だけ受けて、引き取って頂きましょう」




 時間にルーズなサバナ王国の狩猟民族に、腹を立てているメルヴィル大使をショウは宥めた。




「もう! 縁談を申し込まれたくないと、短時間で引き取って貰う計画なのですね。後継者問題に口は挟みたくありませんが、どちらが……」




 ショウに睨まれて、メルヴィル大使は口を閉ざしたが、駐在大使として一番の関心事なのだ。




 ショウは後継者争いに関わりたくはない。でも、サバナ王国の後継者が誰になるかは、とても重要だと思う。




「スーラ王国を脅かす程の勢力は困るが、前みたいに小国が乱立して争う地域には戻って欲しくない……」




 貿易立国の東南諸島連合王国としては、小国の首長がころころと変わるのは相手先として信用ができないのだ。




「ユング王子が、農耕民族に影響を持つマウイ王子を上手く使えれば良いのだけど……」 




 ショウ王太子の呟きを、メルヴィル大使はまだまだ甘いと聞き咎める。




「まぁ、ユング王子と会って、話してみて下さい。アンガス王が、凄く柔軟な考え方の持ち主に思えますから」




 その噂を聞きつけたわけでもないが、ユングが少し遅れて大使館に訪れた。




「本来はお礼をするのに、宴会を催すべきなのですが、セドナ行きでばたばたしていますから、これをお納め下さい」




 めえめえと鳴く山羊を貰って、ショウは笑ってしまった。




「ありがとうございます、ブレイブス号に乗せます」




 大使館の武官に山羊の面倒をみさせて、ユングを応接室に案内する。




 小高い丘の上に建っている東南諸島連合王国の大使館は、大きな窓から風が通り抜けている。




「ここは気持ち良いな」




 しとしと降る雨で、リアンの下町はかなり地面がぐずぐずになってきて、王宮もむしむししていた。




「雨が降り続いていますからね。セドナで乾期を過ごせとの命令なのですから、出立を遅らせたら如何でしょう」




 ユングは、まじまじとショウの顔を見て、そんな恐ろしいことを父上に言えないと驚く。




「何故ですか? ご自分の父上なのに?」




 メルヴィル大使は、あの恐ろしいアスラン王にもこの調子でぽんぽん口をきいているのだろうかと、身をふるわせる。




「サバナ王国では、父王が絶対なのです。誰も逆らうことはできません」




 他国の王族の関係に口を挟むつもりは無いので、ショウは話を変えた。




「セドナにも雨は降っているそうですが、乾期はどのくらい続くのですか?」




 何も知らない若い王太子に、ユング王子はサバナ王国の乾期の生活を説明する。




「内陸部では乾期には雨はほとんど降りません、これから秋までの半年で、からからに干上がります。草は枯れ、動物達は水を求めて大移動します。その動物を狩って、人々は生活するのです」




 狩猟民族としての誇りに満ちたユングの言葉だが、実際に乾期をセドナで過ごしたことは無いのだと、ショウは溜め息をつきたくなった。




「狩りが成功すればよろしいですが、失敗した時の為に、リアンから乾し肉などを持って行かれてはどうでしょう? あと、水の確保を優先して、深い井戸を掘るとか」




 乾し肉と言う言葉に、軟弱だと嫌悪感を顔に現したユングが、井戸など掘りそうにないなと、ショウはわざわざお礼に来て貰ったことを感謝して面会を終えた。






 ユングを見送ったと思ったら、マウイがやってきた。こちらは生きている山羊ではなく、サバナ王国の海岸部で取れるフルーツを籠にいっぱい持ってきた。




「このような物は、貿易をしておられるショウ王太子には珍しくないかもしれませんが、サバナ王国では雨期にしか食べれないのですよ」




 ショウは笑顔で受けとる。




「航海中は新鮮なフルーツや野菜が不足しがちですから、ブレイブス号に持っていきます」




 同じ年頃なので、ユングよりは話がしやすい。




「私は本当にショウ王太子には感謝しているのです。幼い子供をセドナに連れて行かなくてよくなったので、後はどうにか狩りを成功させるだけになりましたから」




 その口調と、前の狩りでの豹の態度から、マウイはあまり狩りが得意では無いのだと気づいた。




「失礼ですが、マウイ王子もルードの子豹を飼っておられるのですよね。それなら、狩りに協力して貰えばよいのでは?」




 雨乞いを成功させる魔力を持ったショウなら、豹とも心を通わせることができるのだろうと、マウイは溜め息をつく。




「私は豹と話せないのです。それに、大型肉食獣なのですよ! 怖くて……」




 つい本音を口にしたマウイは、真っ赤になって俯く。




「ルードの子豹なのだから、マウイ王子を襲ったりはしませんよ。それに、アンガス王は貴方が豹と話せると感じて、子豹を渡したのだと思います。豹はお嫌いなのですか?」




 マウイは子豹サイロンを貰った時を思い出して、首を横に振った。




「いえ、豹は嫌いどころか、好きです! でも、大きくなるにつれて、やはり怖くなってきて……近頃は召し使いに世話を任せきりでした。サイロンと狩りをしなくては、家族を養えませんから、頑張ってみます」




 いくら母親が農耕民族出身だからといって、サバナ王国の王子なのだ。ある程度の武術訓練や狩りなども修得させるべきだと、寵妃アメリの教育方針に疑問を持った。




 マウイに乾し肉や井戸の件を示唆すると、喜んで、やってみますと帰って行った。






「さて、ショウ王太子? 二人の王子と会ってみられて、どうお感じになりましたか?」




 ショウはぐったりとソファーに寄りかかって、肩を竦めた。




「私が口にしなくても、メルヴィル大使はわかっているでしょう。このままだと、サバナ王国はアンガス王が亡くなった後は、分裂してしまう。それはアンガス王もわかっているから、二人の王子をセドナに行かせるのだろう。二人が自分に足りない物に気づいて、それを補う努力をすれば良いのだけど……」




 ユングが餓えて苦しみ、周辺国からの穀物の有り難みに気づくか、マウイがサバナ王国の本来の生活の在り方に気付くか、それはわからないとショウは首を横に振った。




「あの二人が協力したいと思っても、母親は許さないのかな? だとしたら、第一夫人も寵妃も百害有って一利無しだな。ユング王子は、第一夫人にサバナ王国の後継者だと言われて、誇り高く育っている。それは別に悪くは無いが、武術訓練はしても、実際に狩りで生活を支えてるわけでもなく、ルードの子豹さえ躾けていない。アンガス王はユング王子を鍛えたいのだろう、そしてマウイ王子はもっとサバナ王国の王子としてビシバシ鍛えなおしたいだろうね」




 二人の王子の評価に満足したメルヴィル大使は、尊敬するアスラン王は見事にショウを鍛えておられると頷いた。




 メルヴィルは、これでじゃんじゃん妻を娶って下されば、文句は無いのだがと、熱い視線をショウに送る。




 メルヴィル大使の視線に、悪い予感がしたショウは、二人の王子からの贈り物をブレイブス号に積んで置くようにと言って竜舎に逃げた。

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