第10話 変人達との話し合い

 ショウはグレゴリウス国王との厄介な話し合いを一時棚上げにしたくて、昼食会を終えたらユングフラウ大学に向かうことにする。


 一旦、大使館に帰り、ヌートン大使と午前中の話し合いの落としどころを考えたりしながら、レティシィアが普段着に着替えるのを待った。


「イルバニア王国は、海賊にかなり被害を受けているみたいだ」


 大きな溜め息をつきながら、ヌートン大使もグレゴリウス国王から強く協力を要請されたのを思い出して同意する。


「商船は私も把握してましたが、沿岸部まで襲撃していたとは知りませんでした」


 幸い竜騎士隊のパトロールが海賊船の襲撃を見つけ、領主達も駆けつけたので被害は少なかったが、自国の領土を脅かされたのはローラン王国との戦争以来の大事件だ。


「カザリア王国の北西部にも、海賊船は出没している……」


 バルバロッサは討ち取ったが、サラム王国が保護する海賊は相変わらずカザリア王国の北西部を彷徨いている。


「サラム王国とマルタ公国には、お仕置きが必要だな」

 

 ヌートン大使も我慢の限界だと頷いた。ショウは戦争は大嫌いだが、何か両国を懲らしめる必要があると前々から考えていた。


 特に、イズマル島からカザリア王国への航路を確立するには、サラム王国の海賊は邪魔な存在なのだ。


「この件はレイテで、父上と話し合わなくてはいけないな」


 やっとイズマル島から帰国したアスラン王が何を考えているのか、長年仕えているヌートン大使も理解できないが、温厚とかは無縁なので腹をたてているだろうと頷いた。


 海賊船の討伐は請け負うが、沿岸のパトロールは断ると二人で話し合った。


「この問題はこじらすと、戦争になりかねません。マルタ公国のジャリース公の首をすげ替えれば、少しは大人しくなるでしょうが……息子のヘルナンデスは父親に輪をかけた変態だそうですから、ショウ王太子はお気をつけ下さい」


 ヌートン大使に言われるまでもなく、変態親子には近づきたくないショウだった。



 王宮へ行くドレスではなく、普段着に着替えたレティシィアは変態親子? と疑問を持ったが、憧れの大学訪問に気もそぞろで追求はしない。


「ヌートン大使がバーミンガム大学総長に話をつけてくれているけど、実際に何人かの教授に会ってみようと思っているんだ。レイテ大学で研究を続けたり、教鞭をとっても良いと考える教授か講師を見つけたい」


 馬車はほどなくユングフラウ大学に着いた。


「大学内には護衛は連れていけない。ここで待っていてくれ」


 護衛はショウとレティシィアだけで、大学内に向かうのを心配そうに見送った。


 ショウはレティシィアをエスコートしながら、二人っきりだねと羽根を伸ばした気分になる。生まれた時から女官や侍従が常に側にいるのに慣れてはいるが、やはり少し鬱陶しく感じている。


「まぁ、素敵な大学ですね」


 赤レンガにからむ蔦は冬なので少ししか葉っぱはなかったが、学生達がわいわいと話し合いながらキャンバスを歩いている。


「うぉお~! 凄い美人だぁ」


 憧れの大学を見渡しているレティシィアを、そそくさと学長室がありそうな建物へとショウは連れて行く。恋愛至上主義のイルバニア王国で、レティシィアの美貌は一悶着おこしそうだとヒヤッとしたからだ。


「ようこそ、ユングフラウ大学へ」


 バーミンガム学長は進歩的な教授や講師の名前を挙げてくれたが、ショウは直接会ってみたいと願った。


「ショウ王太子が直接ですか……レティシィア妃はこちらでお待ちになっては如何でしょう」


 ショウは進歩的な教授というより、このニュアンスは変人を押し付けるつもりなのではと、学長が慌ててレティシィアを一緒に行かせまいとするのを見て感じた。


「そうだ! 竜騎士のベンジャミンとマキューショーに護衛、うぉほん、いえ、案内させましょう」


 秘書に二人を呼びに行かせて、バーミンガム学長はレティシィアに自らお茶をすすめる。


 ショウは竜騎士のベンジャミンとマキューショーとは? と不思議に思って尋ねる。


「ベンジャミン卿はビクター・フォン・リヒテンシュタイン教授の子息ですね。マーキュショー卿はもしかしてロシュフォード侯爵の子息ですか?」


 見習い竜騎士なら大学で勉強をしているのもわかるが、竜騎士なのに何故だろうと質問されて、バーミンガム学長は苦笑する。


「二人とも竜騎士としては規格外でして、医学や錬金術の研究をしているのです」


 ショウはそういえばグレゴリウス国王の伯父にあたるロシュフォード侯爵も、竜騎士なのに医師だったと頷く。レティシィアは女性の職業訓練所をユーリ王妃の側近として一緒に案内してくれたビクトリアの息子が、竜騎士なのに錬金術を研究していると聞いて興味を持った。


 程なくマーキュショーとベンジャミンが学長室に現れた。ショウとレティシィアは、マーキュショーは侯爵家の子息に相応しく思えたが、ベンジャミンのもじゃもじゃの髪とヒゲには少し驚いた。


「東南諸島連合王国のショウ王太子と、レティシィア妃です。レイテに大学を創立したいと考えておられるのだ。協力できる教授や講師を探しに来られたので、失礼のないように案内して下さい」


 レイテ大学と聞いて、もじゃもじゃの髪の毛をかきあげて、キラリンとベンジャミンは目を輝かせた。


「金あまりの東南諸島連合王国なら、研究資金もたんまりありそうですね!」


 失礼な発言に、バーミンガム学長は頬を染めて、ベンジャミンを叱責した。


「かまいませんよ、ベンジャミン卿の言われるとおりなのです。レイテには資金が流れ込んでいますが、それを有意義に役立てて、次世代の人材を育成したいのです」


 レティシィアの美貌に見惚れない人物は珍しいとショウは二人を評価しかけたが、少し遅れて真っ赤になって棒立ちになった。


「ショウ王太子! レティシィア妃は第二夫人なのですか?」


 マキューショー卿の突然の質問にバーミンガム学長は、こら! 失礼だろうと怒った。ショウは何故か怒る気持ちにならず、レティシィアもくすくすと笑う。


「第二夫人ではありません、レティシィアは第一夫人を目指していますからね」


 マキューショーとベンジャミンは、東南諸島連合王国の結婚制度も勉強していたので、第二夫人でなければ再婚もOKだと喜んだ。 


「ショウ王太子より貴方達を選ぶなんて、百万年経っても有り得ません! さっさと研究棟に案内してさしあげなさい」


 ベンジャミンよりまともだと思っていたマキューショーが、人間の寿命は百万年もないとか抗議しているのを見て、ショウはやはり変人だと溜め息をついた。


 ショウはパロマ大学で変人教授には慣れていたので、レティシィアを促して研究棟へと向かう。


「私と結婚してくれたら、貴女一人を愛します」


 髪の毛をかきあげたベンジャミンは、思いがけないことにハンサムといってもよかった。


「何を言う! お前には変人両親がいるのに! レティシィア様、私と結婚しませんか? 病気になっても、すぐに治してあげますよ」 


 二人にプロポーズされて、レティシィアはころころと銀の鈴をならすように笑った。


「私はショウ様にぞっこんですの、だから第一夫人になるまではお側を離れませんわ」  


 ふぅ~と、大きな溜め息をついた二人が諦めてくれたのかとショウはホッとしたが、イルバニア王国魂を見誤っていた。


「なら、私の第一夫人になって下さい!」


 申し込むマキューショーを、ベンジャミンは押しのける。


「第一夫人は、その相手とは子供をつくらないのだぞ! お前はロシュフォード侯爵家の跡取りだろうが! 私はリヒテンシュタイン伯爵家の傍系にすぎないから、子孫など無用です」


 ショウはこんな案内なら要らないと、二人を放置して研究棟へとレティシィアを伴って進んだが、それは大きな間違いだった。


 研究棟には女など日頃近づかないので、マッドサイエンティストの巣になっていた。そこにレティシィアのような美女が現れたので、日頃は抑えているイルバニア王国魂が目覚めて、暴動になりそうになった。


「こら! お前ら、レティシィア様の近くに寄るな!」


 ベンジャミンとマキューショーは、竜騎士として武術も修行していたので、乱暴に学生達を押しのけていく。ショウは自分ではこんな風にかきわけて進めなかったなぁと、初めて案内して貰ったのを感謝した。


「ここが父の研究室です。錬金術というか、金属について研究しています」


 怪しい器具が机の上に所狭しと置いてあり、もじゃもじゃ頭のビクターが熊のようにわしわしと歩いている。


「おう、ベンジャミン! なんて、別嬪さんを連れて来たんだ」


 熊の咆哮に、ショウは少し苦笑した。


「リヒテンシュタイン教授、はじめまして、東南諸島連合王国のショウです。こちらは妻のレティシィアです」


 ショウの訪問の目的はレイテ大学で教鞭をとってくれる教授を探すことだが、イズマル島を発見してから化石燃料についても考えるようになっていたので質問したかった。


 年中、温暖な東南諸島とは違い、イズマル島の冬は寒かった。今、開発している地域は南の沿岸部だが、そのうち内陸部や北部にも開拓民は住むことになる。


 薪だけでは冬場は辛いだろうし、広大な大地の開発には何か移動手段が必要だと考えていた。ショウは蒸気機関車の大まかな設計図を書いたりしていたが、その燃料の石炭がこの世界で使用されていないのが不思議だった。


「レイテ大学で研究したいと考える講師は大勢いるが、其方はどういった分野をのばしたいのだ?」


 熊のような外見だが、研究棟を管理しているだけあってビクターは、両者が上手く目的を果たせるように気遣った。


「リヒテンシュタイン教授は金属が専門だと聞いてますが、鉱山とかも詳しいのでしょうか?」


 ビクターで良いと熊は吠えた。


「実家の名前なんぞ呼ばれたら、背中がむずむずするぜ! 鉱山? ああん? イズマル島で金でも掘りたいのか?」


 金鉱山でも開発したいのかと、興味なさそうなビクターに、ショウは首を横に振った。


「むろん、金鉱山があれば嬉しいですが、それは東南諸島にも技術者がいますから結構です。私は燃料になる物質を探しているのです。薪を燃やして炭を作るように、火力の強い燃料が鉱山を掘ってる時に見つからないかと考えているのです」


 炭焼は帝国三国では行われていたが、高価なので庶民は薪を使う。


「薪を燃やして炭を作るのは常識だが……鉱山から火力の強い燃料?」


 ビクターが首を傾げて吠えるので、ショウはこの世界には化石燃料は無いのか、凄く深い場所に埋まっているのだろうと思った。化石燃料が無いのなら、水力や風力で電気を作る方法を考えなくてはと、気持ちを切りかえる。


「魔法が存在する世界ですが、その恩恵にあずかる者は僅かです。一般の人々の暮らしが豊かになるような発明をしたいのです。そのための研究をする教授や講師をレイテ大学に呼びたい」


 竜騎士であるショウは魔力があるだろうにと、ビクターは感心した。


「何か考えがあるんだろう!」


 火力の強い燃料を探してるのは、それを使う道具を思いついたからだとビクターはピンときた。


「地球が球なのは私も知っていたし、大まかな大きさも計算していた。だが、貴方はそれを元に新航路やイズマル島を発見した。何か新しい考えがあるんだろう?」


 ショウに詰め寄るビクターを、ベンジャミンは慌てて制する。


「父上、そんなに近づかないで下さい」


 竜騎士としては規格外のベンジャミンだが、マッドサイエンティストの中では真っ当だ。美味しそうな匂いを嗅ぎ当てて、ショウをしつこく質問責めにしているビクターから引き離す。


「何だか面白そうだ! 助手をレイテ大学に派遣しようと考えていたが、私が行こう!」


 レイテ大学に行く予定だった助手は、そんなぁと悲鳴をあげたが、ビクターは無視する。


「あのう、教授はこの研究棟の責任者なのでは?」


 ショウとしては、若い助手の方が一緒に電気を発明したりするのに気が楽に思えた。


「こんなチンケな責任者の椅子でも、欲しがる奴はごまんといるから心配するな! なぁ、何を考えているのか話せよ」


 がっしりと肩を組んでくるビクターに、ショウは苦笑するしかない。


「父上、酷いですよ~! 私もレイテ大学で研究三昧したいです」


 さぞかし研究資金は豊富だろうなぁと、研究室にいるマッドサイエンティスト達から溜め息が漏れる。


「ベンジャミンは竜騎士になった時に、国に尽くすと誓いをたてただろう。私はそんな誓いとは無縁だから、何処へでも行けるさ」


 無情な言葉にベンジャミンは肩を落とす。ショウは竜騎士であるという意味は、国に縛られるのだと初めて悟った。


 ショウは、竜の餌代とかも国持ちだと改めて気づく。


 東南諸島の王子に産まれたショウは、元々国に忠誠を誓う立場なのだと思い出し、ベンジャミンの嘆きなど軽いかなぁと笑う。


「そうだ! 教鞭をとるのは御免だから、助手のシュバイツァーを連れて行くぞ。ほら、お前もレイテ大学に行けるのだから、文句は無いだろう」


 あまりに身勝手な教授に、助手のシュバイツァーは溜め息しか出ない。


 ショウは、ついでに海洋生物について研究したいと言う講師をゲットした。レティシィアは真珠の養殖について、その講師と話し合いたいと願ったが、あまりの美貌に放心状態に陥り、目的は果たせなかった。ショウはレイテ大学に慣れてから、話し合うといいとレティシィアを慰める。


 ベンジャミンに母上が寂しがられますよと、ビクターは引き止められていたが、誰が聞いてもビクトリアはそんなタイプには思えなかった。


「建物なんかはどうでも良いから、早く研究を始めようぜ!」


 ビクターはやる気満々で、ショウは少し腰がひけてしまう。前世の知識を、この世界にどの程度持ち込んで良いものなのか? 化石燃料も何処かにある筈だけど、それを見つけるのに労力を注ぐか、電気を発明するか? 火薬だけは持ち込みたくない。大量殺戮兵器の開発につながると、ショウは考える。


 ショウは、ビクターのペースに巻き込まれないようにしなくてはと、一線を引こうと決めた。


「あとは医療の教授を……」


 ビクターはそれは彼奴の父親の領域だと、国王の従兄弟になるマキューショー卿を顎で示した。


「大学病院には気をつけろよ! ヘルメスに血を抜かれるぞ!」


 研究棟を後にして大学病院へと向かいながら、ショウはレティシィアに学長の部屋で待っているかい? と尋ねた。

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