第7話 ルートス国王

 探索航海に出した新造船が三隻、港に帰ってきたと報告を受けてルートス国王はホッとする。三ヶ月以上も音沙汰がなく、海の藻屑になったのかと心配していたのだ。


「大金を掛けて、レイテで新造船を三隻も買ったのだ。初航海で難破されては、元が取れない」


 その言葉を聞いた臣下は、ルートス王の側近はケチだとは知っていたが、これが無事に帰国してホッとした冗談なのか、真剣に投資が無駄にならずに良かったと思っているのか、判断に苦しんだ。


 ケチなルートス王にしては、馬の蹄鉄がチビるのを無視して港へ急ぐ。


「何故、東南諸島連合王国の旗を掲げているのだ?」


 自国の緑に山羊の旗ではなく、東南諸島連合王国の青に白い船が浮き上がっている旗を、憎々しく睨みつける。


 それだけでなく三隻を運航しているのは、どう見ても東南諸島連合王国の士官と乗組員達で、ヘッジ王国の乗組員達は指示に従っているように見える。


「東南諸島連合王国が、海賊行為で拿捕したのか? いや、拿捕した船を国に運航してこないだろう」


 ルートス王は船には素人だが、真新しかった新造船がボロけているのに気づいて眉をしかめ、ケチらずに東南諸島の船長を雇うべきだったと後悔する。


 小舟が下ろされて、自国の探索隊が港に上陸する。それに東南諸島連合王国の士官が付き添っているのが、ルートス王の癇に障った。


 それと共に東南諸島連合王国のパフューム大使が、馬車で港にやってきたのにも気づいて苛つく。


 自分が知らない情報を、パフューム大使はつかんでいるのだろうと、ルートス国王は舌打ちする。探索隊派遣を秘密にする為に、王宮から遠ざけて動向をチェックするのを怠っていた自分に腹を立てる。


「ルートス国王、わざわざ港までお出迎えですか?」


 にこやかなパフューム大使に、何故ヘッジ王国の探索隊の三隻を東南諸島連合王国の士官達が運航しているのかと問いただしたい欲求にかられたが、ぐっと我慢する。


 上陸した探索隊の責任者は、ルートス国王の姿を見て、顔を青ざめさせて跪く。


「ルートス国王陛下、残念な結果になり、申し訳ありません。探索隊は大東洋で嵐に遭い、小さな島に流れ着きましたが、其処には凶悪な魔術師が住んでいました」


 ルートス国王は、小さな島を見つけたと聞いて喜んだが、魔術師の存在に眉を顰める。


「敵対的な原住民達に攻撃を受けて、船は航行不可能になってしまい、帰国することもかなわず難儀しておりました。丁度、東南諸島連合王国のショウ王太子が島に航海して来られ、三隻を売却しました。東南諸島連合王国の士官達が航行可能に修繕して、私達をヘッジ王国まで送ってくれたのです」


 情けない報告を受けて、ルートス国王は殴りつけたくなったが、差し出された皮袋の重さで、牢屋に繋いでおけ! と気を変えた。


 ルートスは、あんな馬鹿者を殴っても手を痛めるだけだと腹立ちを抑える。それに、処刑するのは何時でもできるが、此奴らの身内から牢屋の食費や、領地を返納するという嘆願書などを、引き出してやろうと気持ちを平静に保つ。


 パフューム大使は、士官達から事情を簡単に説明され、ショウがヘッジ王国からレイテ産の新造船を取り上げたくて買ったのだと笑う。


「ウォンビン島は、東南諸島連合王国に加盟しました」


 士官は小声で、最新の情報をパフューム大使に伝える。


 レイテからの指示書で、ルートス島(ウォンビン島)を東南諸島連合王国の傘下にするという計画も書いてあったが、ショウがきちんと成し遂げたのを、パフューム大使は満足して頷いた。


 バッカス外務大臣が同行しているから大丈夫だろうとは思っていたが、これでルートス国王との話し合いは強気で攻められる。


「あのう、パフューム大使、ショウ王太子から三隻に山羊を満載してレイテに帰国しろと言われているのですが……」


 本来なら乗組員達を上陸させて、休息を取らしてやりたいが、イズマル島のことがバレるのを少しでも遅らせたいと、パフューム大使も士官も考える。


 パフューム大使は日頃の交渉術を鈍らせて、怒り心頭のルートス国王と山羊の値段交渉では少し花を持たせてやって、三隻の新造船をレイテに送り出す。


「やけにパフューム大使は、折れてきたな……」


 好敵手のパフューム大使が、少しふっかけた値段から、まぁまぁ適正価格かなという所まで値切って、交渉を終えたのをルートス国王は不審に感じる。


 自分も探索隊を計画していた時に、パフューム大使を王宮に近づけたくなくて、チェンナイに送る山羊を普段よりは微妙に安めで売ってしまったのを思い出す。


「竜騎士をレイテに飛ばせ! 何かおかしいぞ!」


 ヘッジ王国にも少数の竜騎士はいる。大食らいの竜を養っているのだから、そのくらいはできるだろうとレイテに飛ばす。


 牢屋に繋いだ探索隊の責任者から、ウォンビン島とかの大きさを聞いて、ヘッジ王国から遠すぎるし、そんな野蛮な敵対的な原住民が住んでいる小島を支配しても、得る物は少ないとは考えたが、ルートス国王は何かおかしいと感じる。


「ショウ王太子は、何故三隻の船を買い上げたのだ? レイテには売るほど新造船があるだろうに……」


 新造船三隻と山羊を売った金で、元はほぼ取れたが、ルートス国王は何か変だと怪しむ。



 レイテには、ショウが買った三隻の船より、ヘッジ王国の竜騎士が先着した。ヘッジ王国の大使館に竜騎士が舞い降りるのを、バッカス外務大臣が手配した見張りがチェックする。


「あら、もう気づいたのかしら? いえ、まだ疑ってるだけよねぇ。あのケチなルートス王と交渉するだなんて、嫌だわぁ~。やっと、ガチコチのドーソン軍務大臣と、チマチマ重箱の隅をつつくベスメル内務大臣との話し合いが終わったのに……可愛いショウ王太子とイズマル島の件をしっぽりと話し合う予定だったのよ、最低~」


 転んでもタダでは起きないバッカス外務大臣は、まぁルートス国王への対応策をしっぽりと話し合いましょうと、常に居所を把握しているので王子達の離宮に向かう。


「ルルブ、剣も上達したね」


 運動神経の良いルルブは、剣やパートナーに選んだレダとの飛行訓練は順調だった。カドフェル号もレイテに凱旋したので、ピップスもルルブの訓練に参加する。この二人はどちらも旧帝国に反発して逃げ出した祖先を持つし、竜騎士を目指している。


 人懐っこいルルブは、離宮の侍従達とも打ち解けて、公用語もかなり話せるようになったが、問題は公用語の読み書きだ。ウォンビン島では真名を崩した文字を使っていたので、一から勉強しなくてはいけない。


 後宮にいるパメラの家庭教師に、ルルブの勉強もみて貰っているが、かなり苦戦しているようだ。ルルブはどう見ても文官には向かないとショウは苦笑しながら、剣術の練習をした汗を流しがてら海水浴に行こうと誘う。


『レダ、海水浴だぞ!』


 ウォンビン島で毎日泳いでいたルルブは、王宮の裏手の海岸でよくレダと泳いでいるが、一人よりショウやピップスが一緒の方が楽しい。 勿論、サンズやシリンも大喜びだ。




 バッカス外務大臣は、王子達が住んでいた離宮に人影がないので、海水浴に行ったのだと察した。


『マリオン! 海水浴に行くわよ』


 たまには騎竜孝行もしなきゃね! と、マリオンを呼び出してショウ達の海水浴に参加した。


 バッカスは、いゃん! 細マッチョって好みだと胸キュンしていたが、ショウは外務大臣が何の用でここまで呼びに来たのか察する。


「ルートス国王が、イズマル島の大きさを知る前に、手を打ちたいが……至急、フラナガン宰相とベスメル内務大臣を召集して下さい。少し考えている事があるので、話し合いたいんだ」


 ショウは、早々に海水浴を切り上げて、ルートス国王への対応策を話し合うことにした。


『サンズとマリオンはゆっくりと海水浴を楽しんでて! 私は会議を開かなきゃ』


 バッカス外務大臣は、探索航海の間に、ショウからルートス国王にダカット金貨の改鋳国債の発行者になって貰おうというプランを聞いていたので、上半身ヌードの鑑賞を諦めて会議を召集する。


「もう! タイミングが悪いわねぇ! ルートス国王なんて、大嫌いだわ!」


 ぼやきながらも、ローラン王国に恩を売りつける方法や、ヘッジ王国にも利益が出ると恩着せがましく話を提案するやり方をバッカス外務大臣は素早く頭で考えていた。

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