第6話 やれやれ

 ショウは、ドーソン軍務大臣、ベスメル内務大臣、バッカス外務大臣達に、イズマル島の開発と移民の受け入れ政策を話し合わせた。


 三人はハッキリいって仲が良くない上に、お互いの部署が有利になるようにしたいという思惑もあるので、なかなか話し合いは難航した。しかし、流石に何か提案をショウ王太子に出さなくては拙いので、お互いに妥協しようとは思う。

 

 フラナガン宰相は、まるで蛇と蛙とマングースみたいだなぁと、三竦みの様子を傍観する。


 蛇は蛙を飲み込もうとするが、マングースに狙われているので動けない。蛙が一番弱そうだが、この蛙は毒を持っていそうだ。それに毒蛙には綺麗な孫娘がいると、フラナガンは内心で笑う。王太子を鍛えるつもりが、三人の大臣を鍛える結果になったと苦笑して、ミヤの部屋に孫娘ファンナの件を相談しにいく。



「もう、いい加減にしてよ! このままじゃあ、私まで無能だとショウ王太子に思われちゃうわ」


 バッカス外務大臣の甲高い怒鳴り声に、ドーソン軍務大臣とベスメル内務大臣は耳を手で塞ぐ。外務省より、軍と内務省の利権争いの方が熾烈なのだ。


「貴方達に任せていたら、いつまでもショウ王太子に会えないわ。こんな不毛な話し合いは御免よ! 私の意見に従って貰いますからね」


 何で一番新参のバッカス外務大臣の意見に従わなければいけないんだ! と、ドーソン軍務大臣とベスメル内務大臣は腹を立てたが、ある意味で公平かもしれないと頷く。


「先にイズマル島の測量を終えましょう。もう、ベスメル内務大臣! 黙って聞いてちょうだい。ドーソン軍務大臣も、調子に乗らないでね」


 それ見た事かと、胸を張るドーソン軍務大臣に釘をさす。


「ジェイプレス基地とモリソン基地の整備も進めて貰います。ベスメル内務大臣、この予算は通してもらうわよ。でもドーソン軍務大臣、海賊の討伐も手を抜かないでね」


 一息つくと、文句を言いかけたベスメル内務大臣に、ビシバシとしなくてはいけない事を告げる。


「ベスメル内務大臣は、その間に移民の募集と、農地の割り当て、貸付金の返済計画、しなきゃいけないことは山積みよ! それに商人達は、あの広大な土地でプランテーションを開きたがるでしょう。それには低賃金労働者が必要になるわ。東南諸島連合王国は奴隷を許さない方針だから、厳しく取り締まらないと、マルタ公国と裏取引きする輩も出てくるわよ。軍部と内省と外務で協力体制を組まないと、イズマル島は奴隷貿易の拠点になりかねないわ!」


 そこまで一気にまくし立てて、お茶を飲んで喉を潤す。バッカス外務大臣も、イズマル島とウォンビン島の件では頭の痛い問題が持ち上がりそうなのだ。


「ヘッジ王国のルートス王も、そろそろイズマル島の発見を知る頃ね。ルートス王は、イズマル島との航路にあるウォンビン島を手放したのを悔しがってる筈だわ。東南諸島連合王国に加盟したのに、いちゃもんをつけてきそうね。ドーソン軍務大臣、ウォンビン島の防衛をお願いするわ。ショウ王太子がレイテ産の新造船を買い取ったから、ボロ船しか残ってないけど、注意はしとかなきゃ」


 まだイズマル島の大きさまでは知られていないが、いずれは旧帝国三国も自国の欲求を満たそうと、口を出してくるに決まってる。


 そんな事態になる前にイズマル島を東南諸島連合王国でガッチリ統治していないとまずいのだと、バッカス外務大臣は軍務大臣と内務大臣で揉めている場合では無いと叱りつける。


 二人もその点では合意できるので、協力しあってイズマル島の開発と統治をする具体案を考える。


 

 やっと、話し合いが前に進み出した頃、ショウはロジーナのご機嫌伺いを済ませて、久しぶりに母上の元を訪ねていた。


「長い探索航海、お疲れ様でした。無事に帰国して、ホッとしてます」


 ルビィは本当に安心したと微笑む。


「ショウ兄上、二島も発見したのですね~! 凄いやぁ、私も鼻が高いです」


 マルシェは、きらきらとした瞳で憧れの兄上を眺める。ショウは、もうレイテでイズマル島の大きさが噂になっているだろうなぁと苦笑する。


「マリリン、今回はお土産は無いんだ。でも、前に借りた本を返しておくよ。それと、女の子が好きそうな本をプレゼントするからね」


 父上には不評だった『宝石占い』の本と、ララに選んで貰った女の子向けの物語を数冊渡す。


「まぁ、とても挿し絵が綺麗だわ。ショウ兄上、ありがとうございます」


 大商人ラシンドの娘として贅沢に育てられているマリリンだが、可愛い素直な性格だと、ショウは愛おしく思う。ルビィは何か相談があって、わざわざ屋敷に訪ねて来たのだと察して、マルシェとマリリンを下がらせる。


「何か悩みでもあるのですか?」


 母上に心配をかけるつもりは無かったのにと、ショウは慌てる。


「悩みというほどでは、ありませんが……」


 実は第一夫人についてと、言い出そうとした時に、王太子がお越しだと聞きつけたラシンドが、港から帰って来た。 


「凄い発見ですねぇ! レイテの港は、イズマル島のことで沸き返ってますよ。そうだ、ダリア号が帰港してますよ。カインズ船長もお連れしようと思いましたが、荷を売ってからの方が良いでしょう」


 第一夫人の件もだが、商船隊を組む件も相談したかったので、ラシンドの第一夫人のハーミヤも呼んで貰う。


「おお! ヘッジ王国が買った新造船を、三隻とも買い上げられたのですか? そろそろ、帰港する時期ですねぇ」


 船に目が無いラシンドは、ふむふむと頷く。


「ドーソン軍務大臣に払い下げになる軍艦と、護衛船の船長になる士官を頼んでいます。ダリア号と大型船三隻あれば、商船隊を組めると思うのですが、後何隻か買った方が良いでしょか?」


 探索航海での成功で、ショウにも報奨金が出たので、船を買う資金はある。それに、ロジーナやメリッサの持参金もあるので、資産運用しなくてはいけないのだ。


「いきなり船を増やすのは賛成しませんね。信頼できる船長を、探すのは難しいですから。四隻の大型船と護衛船があるなら、他の商人達を参加させた方が良いですよ。全ての資産を、一つの商船隊に投資してはいけません」


 その点はショウも考えている。


「チェンナイに軍艦の造船所を造る資金や、ゾルダスの造船所、イズマル島の開発資金にも投資するつもりです。サンズ島はまだ開発途中ですが、補給基地としての利益を資金にまわしてますので、これからは自立していけそうです」


 ラシンドは、ショウがいっぱいの開発計画を同時進行させているのに驚いた。


「公的に開発計画を進行させるのはいざしらず、私的財産まで投資してるのですね。管理が大変では無いですか?」


 ハーミヤは、ショウが何故ルビィの元を訪れたのか、ピンときた。


「第一夫人が必要なのですね」


 ショウは、大きく頷いた。


 ラシンドとハーミヤは、カリン王子に嫁いだリリィが第一夫人になりたいと希望しているのを思い出す。


 ラシンドは、娘のリリィがショウの第一夫人になれば関係が深くなると考えたが、まだ四歳と二歳の子供を残して、後宮に行くのはどうだろうと口に出せない。


「カリン王子に嫁いだリリィと会ってみませんか?」


 ラシンドは、ハーミヤが幼い子供がいるリリィをショウの第一夫人に推薦したのに驚く。


「リリィさん? 前に会ったことがありますが、まだ子供は幼かったような……」


 リリィが何人子供を産んだのかショウははっきり覚えてなかったが、カリンの甥や姪は六歳以下だった筈だと、困った顔をする。


「リリィの息子は、四歳と二歳ですわ。でも、カリン王子の第一夫人はラビータ様ですから、安心して後宮に行けるでしょう」


 ラシンドは、ハーミヤがリリィを推した理由がわかった。ショウの妻ララは、ラビータの娘なのだ。


 ラビータが、王太子の第一夫人になったリリィの息子を、粗略に扱うわけがない。リリィは安心して、後宮で第一夫人になり、やりたい仕事に集中できる。


 ショウは四歳と二歳と聞いて躊躇したが、産んですぐにラシンドに嫁いだ母上がいるので断りにくい。


「ショウ、遠慮はいりませんよ。貴方の人生のパートナーなのですから、ゆっくりと考えなさい」


 ルビィは、優しいショウは幼い子供のいるリリィを、後宮に連れて行くのを躊躇っているのだろうと思った。


「カリン兄上から、リリィさんを引き離すことになっても良いのでしょうか?」


 子供だけでなく、カリンからも引き離すこともショウは躊躇う。


「第一夫人を希望するということは、いずれは夫の元を離れるということなのですよ」


 ラシンドの第一夫人ハーミヤの言葉で、ショウは自分の本当の悩みが何か気づいた。


「ああ、私は第一夫人を志している妻達を、手放す決心ができて無いのです。多分、彼女達が誰か他の人の第一夫人になりたいと言ったら、引き止めはしないでしょうけど……」

 

 ラシンド達は、若いなぁ~と微笑む。


「まだ15歳なのですねぇ……」


 ルビィは、王太子として立派に成長した我が子の若者らしい悩みに、何か助言をしてやりたいと思う。


「お~い! ショウ王太子! 久しぶりだなぁ」


 荷を売ったカインズ船長が屋敷に到着して、第一夫人の話題から商船隊の話に変わった。商売の話なのでルビィは席を外し、何も役に立つ助言ができなかったと溜め息をつく。


 ラシンドは愛しい妻の悩みに気づいたが、この手の助言は世間知らずのルビィには無理だろうと苦笑する。


 王太子には、これから沢山の妻が嫁いでくるだろう。第一夫人として、後宮を自ら進んで出て行ってくれるのをホッとして送り出すようになるかもしれないのに、未だ若いショウには考えもつかないのだろうと考える。


 その夜は遅くまでカインズ船長とラシンドと商船隊について話し合った。


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