第七章 王太子への道 プロポーズは大変だ

第1話 一粒の真珠

 サンズ島、チェンナイの視察から、スーラ王国訪問、ローラン王国訪問と、ショウ王子を乗せて、ほぼ世界一周したカドフェル号の乗組員達はレイテを目指してウキウキと航海する。チェンナイのカジノ制圧の際の支配人の不正蓄財を没収した上に、ペイシェンス号討伐でイルバニア王国から奪還金を貰ってホクホクしていたのだ。


 それに引き換えショウは、ローラン王国での外交で疲れていたし、ロジーナはレイテに帰ればララがいるので独占できないと気落ちしていた。しかし、ロジーナは残り少ないライバルがいない状況を精一杯エンジョイしようと、サンズに寄りかかっているショウの横に引っ付く。


「ショウ様、風の魔力を使いっ放しでは、お疲れになるでしょう?」


 ショウは、ロジーナが一緒に過ごす時間を長引かせたいのだと苦笑する。


「ロジーナ、ここまで帰ったら、レイテまでサンズで飛んで帰れるんだ。でも、せっかく僕の用事に付き合ってくれたカドフェル号を置いてきぼりにして、レイテに帰るのを急ぐ必要もないよね。ちょっと、良いことを考えたんだ。近くに母の故郷の小さな島があるんだけど、少し寄って遊ぼう。カドフェル号には半日遊んでも、サンズなら追い付くよ。ロジーナも外交で気疲れしただろうから、海水浴をして行こうよ。服はマリオ島で更紗を買ってあげるから、それに着替えて海水浴すれば良いよ」


 レッサ艦長が聞いたら怒りそうな気楽な事をロジーナの耳元に囁いて、二人はサンズに乗ると甲板から飛び去ろうとした。


「ショウ王子! 何処に行かれるのですか?」


 レッサ艦長の叫び声に、くるっとサンズをカドフェル号の上に回して、ちょっと寄り道してくると大声で言い返す。


「祖父の住んでいるマリオ島に寄ってくる。カドフェル号はレイテへの通常航路を航行しててくれ、夕方には追い付くよ!」


 レッサ艦長は慌ててピップスをシリンで追いかけさせようとしたが、グルリと旋回してきたショウにデートの邪魔をしないようにと釘をさされる。


 ピップスはどうしましょうか? とレッサ艦長の顔を見上げたが、確かにショウにも気晴らしが必要だろうと首を横に振る。



 カドフェル号から離れてサンズとマリオ島を目指したショウは、後を追いかけてきたターシュを見つけた。


『ターシュ、ついてきたんだね』


『マリオ島は、サンズ島みたいなのか?』


『サンズ島よりは人が住んでるけど、温泉がない以外は一緒かな? 綺麗な泉もあったよ』


 寒いローラン王国にうんざりしていたターシュは、東南諸島で羽を伸ばそうとショウとマリオ島に向かった。


「ほら、あの島がマリオ島だよ。小さな島だけど、綺麗だろう」


 周りを珊瑚礁に囲まれたマリオ島はエメラルドグリーンに輝く海に白い砂浜、緑の椰子の木や、色とりどりの花が咲く天国のような島だ。


「素敵な島ね、ここでショウ様と住みたいわ」


 贅沢な暮らしに慣れているからこそマリオ島が素敵に見えるだけで、ロジーナがここで漁夫の妻になるのは想像できなかったが、ショウは可愛いねとキスをする。


 マリオ島の白い浜辺に降りた途端、サンズは海へ飛び込んだ。甲板で寛いでいたままだったので、鞍を付けていなかったが、ショウがロジーナを前に座らせて抱いていた。


「二人なら、鞍無しでも大丈夫だね。あっ、でも男を抱いて乗るのは、ちょっと嫌かな……」


 ショウがレッサ艦長を後ろから抱きしめて乗っている姿を想像して、二人は笑い転げる。


「更紗か何か買ってあげると言ったけど、しまった! 店なんかないよね。祖父の家に、何かあると思うよ。小さい家だけど、風が通り抜けて気持ちが良いんだ」


 ショウの祖父のケリンは漁夫らしく潮焼けしたシワが深い顔をクシャクシャにして、孫の突然の訪問を喜ぶ。


「こんな綺麗な娘さんが、ショウのお嫁さんになってくれるのか。やはり、王子様なのだなぁ」


 ケリンのお世辞ではない心よりの讃辞に、ロジーナは頬を染める。


「ロジーナと申します、宜しくお願いします」


 ショウはレイテに帰る途中の軍艦から、ちょっと寄っただけでゆっくりできないのを詫びる。


「お祖父ちゃん、何かロジーナが海水浴で着れそうな、古着か更紗がないかな? できれば僕も古いズボンがあれば、帰りも濡れたズボンをはいたままじゃなくて助かるけど……」


 ケリンは小さな家の中の衣装箱をひっくり返して、今は独立した叔父達が少年の頃にはいていたズボンと、母のルビィが置いていった更紗を出してきた。


「まぁ、とても可愛い柄の更紗だわ。海水浴には勿体ないわ」


 今では少なくなった昔風の更紗をロジーナは気に入ったので、海水につけるのを躊躇したが、なら裸で泳ぐかいとショウにからかわれて、もう! と怒ったふりをして奥で着替える。


 ショウも普段着のズボンを、古着のズボンにはきかえて、庭に置いてある椅子に座って祖父と話して待つ。


「お待たせしました」


 ロジーナは赤地に色とりどりの花や鳥がプリントされた更紗をどうやってか、首からサマードレスのように巻きつけて出てきた。


「ショウ、お前、結婚式まで悪さしてはいけないぞ!」


 とても魅力的なロジーナに頬を染めているショウに、祖父は大丈夫かと心配したが、若いカップルは笑いながら浜辺へ駆けて行く。


 ロジーナも古着のズボンをはいただけのショウに見とれていて、二人で海水浴というより、水を掛け合ったり、キスしたりして過ごす。


 ロジーナが巻きつけた更紗は、海に入るとぴったりと身体に吸いついて、ショウはクラクラする。


「ロジーナ、日陰で待っていて! 僕はサンズと遊んでやらなきゃ」


 ショウが自分に欲望を感じて祖父の言い付けを守れそうにないと、沖でぷかぷか浮いているサンズに泳いで逃げてしまったのをちょっぴり残念に思ったが、ロジーナは未だ夕方までは時間があると気合いを入れ直す。


「ショウ様の成人式に、私もララと一緒に結婚式を挙げたいわ。ほんの数ヶ月15歳に足りないからって、後回しだなんてつまらない。ショウ様は私の……」


 ロジーナは無邪気にサンズと海へダイブしているショウを、どうにかしてララより先に手に入れようと、可愛い天使のような顔をしかめて考える。


 浜辺より少し歩いた場所に咲いていたハイビスカスの白い花を耳の上にさして、ショウがサンズと海水浴を終えて出てきた時に一緒に座れるように、椰子の葉っぱを拾い集めて敷き詰めた。


「更紗をこの上に広げれば、少し野趣に溢れた新床になるはずよ」


 自分の言葉にポッと頬を染めたロジーナだったが、祖父ケリンを忘れていた。


「お~い! 腹が減っただろう! 上がって来い!」


 サンズにも山羊をご馳走してくれた祖父にショウは感謝していたし、ロジーナは確かに船旅で新鮮なフルーツや野菜が恋しかった。取れたての魚や海老も美味しかったが、二人は少し恨めしく感じた。


 ロジーナは、せっかくのチャンスだったのに! と悔しがる。でも、ショウの上半身ヌードを、独り占めできたから良しとする。ショウは、武術訓練をつづけているので、細身だけど綺麗な筋肉がついていた。


 ショウはロジーナの視線を感じて、胸に下げている竜心石を見ているのだと勘違いした。


「お祖父ちゃん、ロジーナの髪の毛を洗うお湯を沸かしてくれる? 女の子は海水がついたままだと、髪の毛が傷んでしまうんだ。ロジーナ、髪の毛を洗って着替えていて」


 そう言うとショウは家を飛び出してしまったので、ロジーナは恐縮しながらお湯で髪の毛を洗ったり、着替えたりしながら待つ。


「ロジーナ! ほら、これ! 海で取って来たんだ」


 ずぶ濡れのまま差し出された手の平に、親指の先ほどもある見事な真珠が一粒輝いていた。


「えっ? 気に入らなかった? ああ、ロジーナは真珠なんかいっぱい持っているものね……」


 ガバッと抱きつかれて、手の平の真珠を落としそうになったショウは慌てて握りこむと、ロジーナを抱きしめる。


 孫のラブシーンに驚いたケリンは、気をきかしてそっと家の外で椅子に座って、泣きながら感謝したりキスしたりの恋の嵐が通り過ぎるのを待った。


「ルビィ、お前が産んだ王子は、幸せそうだな~」


 のんびりとしたマリオ島から出たことのないケリンには、ショウが生きている政治の裏側など想像もつかず、綺麗な許嫁と、その許嫁の為に海に潜って真珠を取ってきた青年の幸せそうな姿しか目に映らなかった。


 ショウとロジーナに海産物の干物を山ほど持たせて、幸せに暮らせよ~とケリンは見送った。

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