第17話 帰国

 ニ週間の訪問予定が終わり、ゾルダス港が凍り付く前に、ショウはローラン王国に別れを告げることにした。本来の目的の造船所の建設についての話し合いは順調だったが、実際にローラン王国に訪問してみて問題点が目についた。


 ミーシャの拉致事件や、ベルガ号の密航者事件、ペイシェンス号の討伐と、予定外の問題に、ショウは改めてローラン王国を立て直すのは難問だと不安になる。国内の貴族達と上手くいってなさそうなアレクセイが、ちゃんと改革できるのかと心配していたのだ。


「造船所の建設の交渉は、リリック大使にお任せしておきます。僕から言うまでもないでしょうが、建設予定地を安く買い取って下さいね。どうも、政情が不安定ですので、投資した船屋が不利益を被るなんて事にならないように、契約は慎重にして下さい。なんなら、ヘッジ王国やカザリア王国に造船所を建設しても良いのですから」

 

 リリック大使は、勿論ですと引き受ける。


「ところでショウ王子、宿題はわかりましたか?」


 ショウは今更ですか? と苦笑する。


「アリエナ妃も問題点に気づかれて、ローラン王国の貴婦人や令嬢を側近にして、自ら歩み寄られているじゃないですか。理想的な皇太子妃を意識しすぎて、アレクセイ皇太子の節約路線を真面目に取り、華やいだ事や、イルバニア王国の大使との接触も避けていらしたみたいですが、肩の力を抜いて本来の活発な自分を取り戻しておられるみたいですね」


 リリック大使は、ショウがアリエナをよく観察していると満足して頷く。


「ロジーナ姫は、滞在中にアリエナ妃と仲良くなられたみたいですなぁ。あの方は外交上のパートナーに相応しい姫君ですね。無邪気に華やかに振る舞われるので、陰気な冬のケイロンが明るくなりましたよ」


 ショウもロジーナがパートナーとして、問題が山積みのローラン王国訪問予定中に、華やかな雰囲気を振りまいたので、凄く助けられたと感謝する。


「ロジーナには、何かプレゼントをしなくてはね」


 リリック大使は、ショウとロジーナが大使館に滞在中に、ミーシャの拉致事件、ベルガ号の密行事件、ペイシェンス号討伐と問題も多く発生したが、アレクセイ、アリエナを招待して東南諸島風にもてなしたりと、楽しい時間を一緒に過ごしたので寂しくなった。



 ショウとロジーナは、王宮に帰国の挨拶をしに行った。


 ルドルフ国王は、未だミーシャにショウをどれほど真剣に思っているのか確かめていなかったので、帰国の挨拶を聞くだけにしてしまった。


 アレクセイやアリエナは、滞在中に親しく過ごしていたので、ルドルフ国王よりは名残を惜しんだ。


「またローラン王国にいらして下さいね。今度は冬ではなく、夏に来て頂きたいわ。ケイロンの夏は素敵なのよ、花が一斉に咲いてとても綺麗なの。日も長いから、皆も夕方から公園を散歩したり、ダンスするのよ」


 ロジーナはアリエナと再会を約束したが、いつになるかはお互いにわからなかった。


 来年はショウの成人式があるので、アレクセイ皇太子夫妻もレイテに招待されていたのだが、事情があって皇太子夫妻もショウとロジーナもその件には触れなかったのだ。


 アリエナがその件を口にしなかったのは、春にアレクセイと騎竜を交尾飛行させてみようと考えていて、上手くいくと懐妊するかもと期待していたので、来年レイテを訪問できるか不明だったからだ。


 ショウとしても、自分の成人式にはロジーナとではなくララと結婚式を挙げる予定だったので、この件には触れずに曖昧に再会を約束して王宮を辞した。


 大使館で最後の夜を過ごしたショウは、春にフランツ卿がローラン王国の駐在大使として派遣されると聞いて驚いた。


「イルバニア王国も、ローラン王国でのアリエナ妃の窮状を見てられなくなったのでしょう。それにフランツ卿の兄のマウリッツ外務次官は、外務大臣に就任すると聞きましたから、本格的に三国同盟を結ぶつもりですよ。彼はカザリア王国との同盟締結にも尽力しましたから、ローラン王国とも同盟締結しようと、弟を大使に任命したのでしょう」


 ショウはユングフラウで会ったマウリッツ外務次官の凍てついた月のような冷静な顔を思い出して、彼なら長年の敵対感情も押し殺して、自国が有益なように同盟締結を結ぶだろうと考えた。


 リリック大使は、ショウからマウリッツ外務次官とフランツ卿の人となりを聞いておきたかったのだ。イルバニア王国が王女を嫁がせて、三国同盟を締結しようとする目的は何処にあるのか見極めるのに、新任の外務大臣と駐在大使の情報はどんなに小さな事も見逃せない。


「フランツ卿には、僕が8歳の時に初めて会ったけど、優しくて親切に接してくれたよ。それにサンズの親竜ルースの絆の竜騎士だからか、元々の性格なのかはしらないけど、気軽な感じの人に思えた。でも、彼が優秀なのは、何となく感じるんだ。優秀過ぎる兄のマウリッツ外務次官より、本来の能力は優れているのかもしれないけど、次男として控えてる? いや、そんな遠慮しているのではなくて、兄を信じているから呑気に振る舞っている感じだね」


 リリック大使は、ショウの語るフランツ卿の人物評価を真剣に聞く。同じケイロンに赴任するイルバニア王国の大使の表に現れない情報は貴重だからだ。


「では、フランツ卿は兄のマウリッツ外務次官を信頼しておられるのですね。ショウ王子、マウリッツ外務次官については、どうお感じになりましたか?」


 ショウはマウリッツ外務次官に対する父上の評を思い出した。


「マウリッツ外務次官は、義務感が服を着たような男だと、父上は評されていました。自分の娘がフィリップ皇太子に嫁いで、竜騎士の素質のある王子を産めなかったらと、心配していると言ってましたね。だから、エリカをウィリアム王子と結婚させたいと望む筈だと」


 リリック大使もエリカ王女とウィリアム王子の縁談があるのは知っていたが、フィリップ皇太子の外戚にあたるマウリッツ外務次官が望んでいると聞いて、少し変な顔をする。


「マウリッツ外務次官は、フィリップ皇太子に嫁ぐリリアナ嬢の父親なのに、弟のウィリアム王子に竜騎士のエリカ王女を嫁がせるのに反対しないのですか? グレゴリウス国王が、フィリップ皇太子に竜騎士の王子が産まれないのを心配して、第二王子のウィリアム王子に竜騎士のエリカ王女を望むのは、旧帝国三国の奇妙な風習で竜騎士で無い者は王位に付けないので理解できますが……」


 ショウも、リリック大使の困惑が理解できて笑う。


「僕も父上から聞いた時は同じように思ったよ。でも、マウリッツ公爵家はイルバニア王国の筆頭公爵で、彼は自分の感情や利害よりも、王家の存続を重視する堅物だと父上は笑ってらした。それに、何回か会ってマウリッツ外務次官は、東南諸島には見かけない完璧主義者に思えたね。彼にとって王家の筆頭公爵として、国益を守る事が第一優先事項なのだろう」


 リリック大使は、厄介な外務大臣だと眉を顰める。


「完璧主義者の外務大臣ですかぁ。東南諸島の曖昧さとか、いい加減さとかと相性が悪そうですね。あっ、彼等はユーリ王妃の血縁でしたねぇ。それでフランツ卿を、ケイロンに赴任したのですかねぇ。万が一の時は、アリエナ妃をイルバニア王国に救出しろと密命が下っているとか」


 ショウは、リリック大使が頭で陰謀の妄想を始めたのに呆れてしまう。


「万が一って、何ですか?  物騒な妄想は止めて下さいよ」


 どうも自国の大使は仕事熱心なのは良いけど、陰謀や策略が宴会より好きという悪い癖があると、ショウは溜め息をつく。


「何を仰ることやら、ショウ王子も歴史で学ばれたでしょ。旧帝国三国の歴史は、裏切りと反乱の歴史ですよ。東南諸島のように金儲けに忙しくて、反乱が盛り上がらない国民性と違い、此方の貴族達は領地を持つ独立武力集団ですから、領地を増やしてくれるという密約に釣られて反乱をよく起こしています。今回のヘーゲル男爵の陰謀に荷担した貴族達も、きっと新国王を立てれば領地を増やして貰えると思っていたでしょう。まぁ、欲の皮を突っ張らした貴族達の反乱が成功することは余りありませんがね」 

 

 ショウも旧帝国三国の歴史は勉強していたが、そんなのを問題にしているのではなくて、リリック大使が変な策略や陰謀を巡らさなければ良いがと心配しているのだ。


「ややこしい問題に、鼻を突っ込まないで下さいよ。三国同盟が締結されたら確かに厄介ですが、ローラン王国とイルバニア王国の戦争なんて御免ですからね。それこそ造船所どころでは無くなります」


 リリック大使は、ショウ王子はやはり未だ甘いと肩を竦める。


「私がフランツ卿なら、アリエナ妃が王子を産むまでは大人しくしてますね。王子が産まれたら、ローラン王国の貧しい現状を改善するお手伝いをしたいと親切めかして内政干渉して、反発を煽った挙げ句にアリエナ妃と王子をユングフラウに連れ出します。怒った貴族達にもイルバニア王国からとは知れないように少し裏から金銭の援助をして、反乱でルドルフ国王とアレクセイ皇太子、まぁ、できればナルシス王子を殺させてから、王子を立てて制圧……ちょっと睨まないで下さいよ。私はローラン王国がイルバニア王国に征服されても、嬉しくも悲しくもないのですから」


 ショウは自分でも矛盾していると苦笑した。先日もゲノンを斬り捨てた時もズンと重く感じたが、後悔は感じなかったし、父上やカリン兄上みたいに戦闘の指揮を取れるようになりたいと武術訓練をつんでいたにもかかわらず、戦争は避けたいと思っている。


「ヘッジ王国のルートス国王はケチな変人だけど、一つだけ共感できるんだ。戦争ほど不経済なものはないよ。あれだけの金と人的資源を無駄にするぐらいならば、荒野を開拓したり、資金を投入して寒さに強い作物の研究をしたら良いんだよ」


 リリック大使は竜騎士でペイシェンス号の討伐にも向かわれたショウらしくない意見だと思ったが、不経済ねぇと新しい考え方だと自分でも不思議な程に感心する。


「なるほど、戦争は不経済ですか。それは面白い見方ですね。でも、ローラン王国の難民が増えて、海賊になる者も出てきているのは、その戦争がこの20年起こってないからですよ」


 リリック大使の言いたい事は理解したが、それはローラン王国のゲオルク前王とルドルフ国王の政治の過ちの結果だとショウは怒る。


「戦争で人口調整だなんて、下の下だ! 食べ物が不足しているなら、耕地面積を増やすなり、ナルシス王子みたいに寒冷被害に強い作物を研究すべきだったんだ。20年も一応は平和だったのだから、兵士達に開墾させれば良かったのに……木材は豊富にあるのだし、冬場は畑仕事はできないのだから、造船は無理でも、家具や木製品を作ったり、その技術を習得させたり国内産業を興すべきなのに……ゲオルク前王は何故……」


 そこまで考えたショウは、スチュワート皇太子の結婚式に向かう為に初夏のイルバニア王国を横断した時の緑に揺れる小麦畑を思い出した。


「隣国にあれほど緑豊かなイルバニア王国があるので、自国の貧しい大地を開墾するより、戦争で手に入れたくなったんだ。でも、それは間違った道だけど……」


 ショウは自分も間違った道を選んでしまうかもしれないと、王太子になるのを、今まで以上に恐ろしく感じる。リリック大使は、ショウが自分もゲオルク前王のように、国を間違った方向に進めないかと不安に感じたのを察した。


「ショウ王子は、国民を虐げる王にはなられませんよ。そんな先のことより、三国同盟が締結されるのを阻止するか、それに乗っかるかを考えられては如何ですか? イルバニア王国にはエリカ王女が嫁がれそうですし、庶子ですがミーシャ姫やシェリー姫を娶って、四国同盟にしますか?」


 ショウは、ぶるぶると頭を振って速攻で拒否する。


「止めて下さいよ! アレクセイ皇太子がミーシャ姫の件を持ち出されなかったので、ホッとしているのに。三国同盟も未だ当分は無理でしょうから、よく考えてみますが、縁談だけはお断りです!」


 これだけは絶対に嫌ですからね! とリリック大使に釘をさしてショウは帰国の途についた。



 ただ、リリック大使の忠誠は、アスラン王に向けられていて、ショウの意見は聞いておきますよといった程度だ。


「まぁ、すべてはアスラン王のお考え次第ですなぁ。ミーシャ姫は海賊から助けてくれたショウ王子に一目惚れしてしまわれたと聞いてますし、この報告書を読まれて何と判断されるやら……」


 リリック大使は、レイテへの報告書を大使館付きのグレイシー大尉に託して届けさせた。ショウとロジーナが大使館に滞在されているうちは、それこそ万が一に備えてグレイシー大尉を待機させていたのだが、無敵のカドフェル号に乗船されたので、報告書がショウの帰国より先に届くように厳命した。  

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