第5話 ターシュと伝書鳩

 ショウはリリック大使からの宿題を考えたが、わかりそうで、わからない状態で頭がパンクしそうになって、サンズにお休みを言いに竜舎へと行く。


 竜舎には夜は冷えるから、庭の木から梁へと移動したターシュもいたので、ショウはちゃんと餌を食べたかと聞く。


『飛んでいた鳩を食べたが、どうも伝書鳩だったらしい。エドアルドの王宮にいた時は、伝書鳩を襲ってはいけないと言われていたのだが、忘れていた』


 ショウは大使館が集まっている地区で、東南諸島連合王国が鷹で伝書鳩を襲わせているなんて問題になりそうだと眉を顰めて、もうしないでくれと頼む。


『わかった、もう、伝書鳩は襲わない。でも、鶏には飽きた。他の兎や狐が食べたい。郊外に狩りに行っていいか?』


 ショウは明日、アレクセイ皇太子に王家の狩り場で、狩りをしていいか聞いてみるとターシュに答える。


 他の貴族の領地でターシュが狩りをして揉めるのが嫌だったのと、捕らえようと矢でも射けられたら困ると思ったのだ。ターシュはフンとわかったと返事をして、嘴で小さな金属の筒を咥えて、ショウの頭にペッと吐き付ける。


『痛いなぁ、もう。あっ! これは、伝書鳩の手紙じゃないか……』


 食べられた伝書鳩を少し可哀想に感じたが、食べてしまったものは仕方ないなぁと、拾い上げた筒をポケットに入れて、ショウはサンズとお休みの会話を交わした。


『サンズ、寒くない?』


 竜舎の壁は厚くて風を通さないようにしてあったし、藁も多目に敷いてある。


『ショウ、竜は暑さも寒さも平気だよ。それにパンクに親切にして貰って、羊を貰ったんだ。寒いとエネルギーが沢山いるんだってさ。シリンも羊を食べたよ』


 大使館付きの竜騎士ベリージュ大尉のパートナーのパンクは、サンズの言葉で片目を開けてまた閉じた。寝ているパンクやシリンを起こしてはいけないと、ショウはサンズにお休みと告げて大使館へと帰る。



 部屋で寝間着に着替えようとしたショウは、ポケットに伝書鳩の手紙の入った筒を入れたままだったと思い出す。


「どうしたものかなぁ? 重要な内容だったら、相手に届かないと困るよね。でも、それには中身を読まないといけないし……よその大使館の手紙だったら、ターシュが伝書鳩を襲ったのでこの手紙は届いてませんよ、なんて言いに行ったら国際問題になっちゃうよ」


 椅子に座って、指先で手紙の筒を摘まんで眺めていたが、パチンとどこか蝶番を開ける突起を押したのみたいで開いてしまった。


「げっ! 開いちゃったよ~。どうしよう……他人の手紙を読んではいけないんだよ……」


 そう言いつつ、クルクル巻いてある紙を指先で伸ばす。


「えっ? これは……」


 チラッと見るだけとテーブルの上に置いたままで手紙を読んでいたショウは、顔色を変えて両手に持って真剣に読み出す。


「こんな物騒な手紙を、伝書鳩で飛ばすなんて……」


 そこにはアレクセイ皇太子を廃嫡して、庶子のミーシャ姫と竜騎士を結婚させて王位を継がせた方が良いと、同志を募る内容が書いてあり、『旧帝国騎士団』という署名がしてあった。


「凄く笑えるネーミングだけど、内容は笑えないなぁ」


 思慮の足りない若い貴族達が、外国育ちのアレクセイ皇太子に反発して馬鹿な組織を立ち上げたのだろうと、ショウは溜め息をつく。こんな物騒な手紙を伝書鳩で、領地に帰っている馬鹿な友達に送ったのが誰かは知らないし、どの程度本気なのかもショウには判断がつかなかった。


 東南諸島連合王国でこのような愚かな真似をしたら、自殺行為だと全員が呆れるだろうが、パロマ大学なら洒落で済まされるだろう。


 カザリア王国にはスチュワート皇太子とヘンリエッタ王女と庶子のシェリーがいるが、誰一人としてスチュワート皇太子を廃嫡させようなど考えてもいないので、冗談ですまされるのだ。スチュワート皇太子は当たり前だが、自国で重臣達の子息達と遊んだり学んだりしながら成長したので、全員が次期の国王として相応しくなるように心配りをしていたし、愛情を持っている。


 しかし、アレクセイ皇太子は祖父のゲオルク王に幼い時は離婚させられた元皇太子妃の母親と幽閉されて育ち、やっと亡命したカザリア王国で25歳まで暮らしたのだ。その上、ルドルフ国王を傀儡にしていたゲオルク前王は、少しずつ反抗してくるルドルフ国王の人質が欲しくて、カザリア王国にアレクセイ王子とナルシス王子の返還を要求し続けていたので、大使館にも寄り付けない状況だった。


 そして身体は弱っていくのに、魔力で竜達から命を吸い上げて生きながらえてきたゲオルク前王が、限界を迎えて心臓が止まった時、やっと父王のルドルフ国王を助けるべく帰国を果たしたのだ。


「アレクセイ皇太子がカザリア王国から帰国されたのは、今から3年前かぁ。6歳の時から20年近くカザリア王国で育って、帰国した時は嬉しかったのかな? それとも……」


 ショウには、アレクセイ皇太子がカザリア王国にいる間に、自国大使と敵対関係だったのが、家臣への不信感に繋がっているのだろうと思った。ゲオルク前王がお上品にエドアルド国王に、二人の王子の帰国を要求する書簡だけで満足するとは思えず、きっと駐在大使に強制的な手段を画策させた筈だと眉を顰める。


「子供の頃から、自国の人間に拉致誘拐されるのを警戒して成長したアレクセイ皇太子って気の毒すぎる」


 兄達の派閥争いはあったものの離宮で父上とミヤの保護下、一緒に勉強したり、武術の訓練をしたり、のんびり海水浴を楽しんだりして育ったショウは、アレクセイ皇太子の苦労が、頭では理解できても、心からは理解できないと溜め息をつく。


「あっ! イルバニア王国で仲むつまじい国王夫妻に愛情を注がれて育ったアリエナ王女も、僕と同じなのでは? 僕より自由に甘やかされて育った筈だもの。何処の国の王様も、王女には甘いから……これなのかな? リリック大使の宿題の答えは? 近いけど少し違う気がするなぁ……御立派過ぎるって、何処が悪いのかなぁ」


 明日からは昼にはアレクセイ皇太子とダカット金貨についての話し合いが始まるので、ショウは宿題を考えるのを後にしてベッドに入る。


「朝になったらリリック大使に伝書鳩の手紙を見せなくちゃ……まさか、リリック大使が策略で『旧帝国騎士団』とか架空の組織を作ったりしてないよね? ええ~、そう言えばここら辺には大使館が固まっているんだ。まさか、イルバニア王国は婿のアレクセイ皇太子の廃嫡なんか望まないだろうし、カザリア王国は……」


 カザリア王国はローラン王国と国境線の鉱山を長年取り合っているんだと、暗い考えが頭に浮かんだが、自国で育ったアレクセイ皇太子を廃嫡する意味は無いと思った。


 早く寝ようと枕に頭を置いた途端、こんな馬鹿な手紙で廃嫡なんかできないが、アレクセイ皇太子が知れば疑念を抱くし、国内の不満を抱える貴族達にも団結するきっかけになるかもしれないと、下手な作戦に見せた考えぬいた計略かもとの考えが浮かび、ショウはなかなか寝付けなかった。



 翌朝、寝坊したショウは、ピップスにカーテンを引かれて目を覚ます。


「ショウ王子、そろそろ起きて下さい」


 北の朝は遅いのに、もう朝日がベッドに差し込んでいるということは寝坊したんだなと、ボンヤリした頭で考えているショウに、早く洗面を済ませて服を着替えて下さいとピップスは急かせる。


 寝室の暖炉にピップスは薪を足して、火を大きくしてくれたが、布団から出たくない気分だ。珍しく寝起きの悪いショウに、ピップスは布団を引き剥がすという荒技に出たので、渋々、顔を洗って服を着替える。


 食堂ではリリック大使や、ロジーナや、レッサ艦長が朝食を食べ終えて、食後のお茶を飲んでいる。ロジーナはショウに甲斐甲斐しく世話を焼いて、リリック大使やレッサ艦長は朝からお熱いですなぁと冷やかして眺める。


「僕達がアレクセイ皇太子と話し合っている間、ロジーナはアリエナ皇太子妃と王宮の見学なんだよね。昼食は一緒に食べれるよ。さぁ、僕の世話は良いから、着替えておいで」


 ロジーナが部屋にあがると、ショウはリリック大使に伝書鳩の手紙を見せる。


 見てリリック大使は、う~んと考え込む。


「これだけでは何とも言えませんなぁ。でも、この手紙が一通だけ飛ばされたとも思えないのが恐ろしいですね。署名も馬鹿げていますが、馬鹿な若い貴族達が考えそうな名前だというのか、この問題のミソですなぁ。アレクセイ皇太子がこれから味方に付けたいと願っているのは、頭の固い年寄りより、若い貴族達ですからねぇ。本気で『旧帝国騎士団』なんて作る気があるとは思えませんが、知ったアレクセイ皇太子は疑心暗鬼になるでしょうね」


 ショウはリリック大使がこんな馬鹿げた策略を仕掛けたわけじゃ無さそうだとホッとする。


「これこれ、そんなに考えを顔に出してはいけませんよ。さぁ、ロジーナ姫が着替えていらっしゃる間に、アレクセイ皇太子との話し合いの打合せをしましょう」

 

 書斎に引っ張りこまれて、朝からみっちり扱かれたショウだった。

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