第4話 アレクセイ皇太子とアリエナ皇太子妃

「良かった! 未だ、凍りついてはいませんなぁ」 


 レッサ艦長は、例年より寒いので流氷の着岸を心配していたが、ゾルダス港には十数隻の東南諸島の商船がイルバニア王国の小麦を運んできていた。


「又、海賊の動きがこの辺でも活発になっているみたいですね」


 ショウ王子の指摘に、ゾルダス港に碇泊している商船隊と護衛船に目を向けて、口には絶対に出せなかったがザハーン軍務大臣が引退した後のドーソン軍務大臣を、内心でレッサ艦長は罵っていた。


 ドーソン軍務大臣は、書類仕事は得意だが、覇気に乏しいと、レッサ艦長は非難の目を向けていた。ザハーン軍務大臣は、少し一定の商人と癒着したりと問題もあったが、遣るときは遣る男らしい面があった。


 今度のドーソン軍務大臣が真面目なのは誰もが認めていたが、細かな書類の不備をあげつらって再提出させたり、苛つかされるのだ。


 ある意味で、丼勘定だったザハーン軍務大臣の後任には相応しいドーソン軍務大臣なのだが、現場の艦長達にはすこぶる評判が悪かった。


 しかし、レッサ艦長は軍務大臣は武闘派と監理派が交代しながら就任するのが常だと諦めていた。


 文句を内心では言いつつも、ザハーン軍務大臣ではいい加減な書類しか作成されて無かったのだろうと、ドーソン軍務大臣が潔癖症を発揮して、軍規の引き締めをするのも致し方なしだと理性では理解していたのだ。そのレッサ艦長ですら、そのチマチマとした遣り方が癇に障ることが多い。


 こうした古参の艦長達の微妙なテンションの下がり具合が、海賊達に勢いをつけていたのかもしれない。


 その上、前ならレイテに帰港しても直ぐにザハーン軍務大臣から新たな指令が出て、補給と短い休憩をとるやいなや海賊討伐のパトロールに出ていた。しかし、ドーソン軍務大臣が就任してからは、報告書を提出して、不備を指摘されて、再提出して、それからやっと補給が許されて、指令を待つという時間のロスも多い。


 ドーソン軍務大臣は、報告書がいい加減過ぎるのだと怒鳴りつけたかっただろう。その上、外国からも自国の商人達が海賊船に奪掠された品物を、東南諸島の海軍が誤魔化して懐に入れているとの抗議も頻繁にあるので、キチンとしなくてはいけないと考えていたのだ。


 ザハーン軍務大臣は、そのような抗議は無視していたし、艦長達が多少は懐を潤そうと知らん顔を通していた。


「文句があるなら、自国の海軍に海賊討伐させれば良いのだ。こちらは命がけで海賊討伐しているのだから、返還された品物が少ないとかグチャグチャ言うな! 海賊に略奪された品物の一部でも返ってきたのを感謝して欲しいものだ」


 キッパリと突っぱねられてしまうと、相手はそれ以上抗議しても無駄だという気分になっていたのだが、ドーソン軍務大臣のように調査しますと言ってしまうと、あれもこれもと次々と苦情が山のように押し寄せて来る。


 ショウは新しいドーソン軍務大臣の遣り方が浸透するまでは、少し時間が掛かるのかもしれないと、目先の利く自国の商人達が自衛策で商船隊で航海しているのに溜め息をついた。そして他国にはそのような事情などわかりはしないので、今まで通りに航海して海賊に襲撃されてしまうのだと、早く海軍がまともに機能する事を願った。


「こんな事がヘッジ王国のルートス国王にバレたら、山羊の弁償をしろとねじ込まれてしまうなぁ。絶対に秘密にしなくては……」



 ローラン王国訪問では、外交と共に社交もしなくてはいけないので、ロジーナを同伴していた。ドレスなどを詰めた衣装櫃が何個もあって、サンズとシリンに分けて積んだり、遅くなっても良いものは、後でピップスが取りにくる段取りをつける。


 サンズにはロジーナと侍女を乗せ、シリンにはレッサ艦長を乗せて、ローラン王国の首都ケイロンに向かう。


「寒くないか?」


 竜での飛行は、スピード程は風を受けないし、寒さも少しは緩和されているように感じたが、それでもローラン王国の冬は身体の体温を奪っていく気持ちがして、ショウはロジーナを気遣った。


「大丈夫、ショウ様にくっついてるから、風は当たらないもの」


 ギュッと背中から手を回されて、ショウはどぎまぎしたが、とにかくローラン王国の大使館に早く行こうと急いだ。休憩を取ろうにも、下に見える町は雪に埋もれてしまっていたから、宿屋や、食堂があるのか、営業しているのか不安だったので、一気にケイロンを目指した。


『サンズ、ケイロンが見えてきたぞ。レッサ艦長が大使館を知っているから、シリンの後に続くんだ』


 レッサ艦長がピップスに大使館を教えてたのか、低い所を飛びだすとケイロンの街並みが見える。流石に旧帝国の流れをくむ三国の首都なので大きな街だった。


「あちらに見えるのが王宮だよ。大使館にはもうすぐ着くからね」


 王宮は雪を被って煌めいていた。庭の木々にも雪が積もって、ロジーナは絵本の世界みたいだわと喜ぶ。


 東南諸島連合王国の大使館は、ケイロンの街の一角にあり、隣のレッサ艦長がここら辺は各国の大使館が集まっているのですよと教えてくれる。


「大使館が集まっているだなんて、何だかお互いにスパイしあって下さいという感じだよね。ユングフラウやニューパロマのように、散らばっていた方が気楽だけど、寒い中で見張る工作員達は楽なのかな?」


 大使館の前庭にサンズとシリンが舞い降りると、大使館からリリック大使が出迎えに出てきた。

 

「ようこそ、ショウ王子。ロジーナ姫も寒かったでしょう、どうぞ早くお入り下さい」


 ショウは竜から荷物を下ろしたりしなくてはいけないと戸惑ったが、ピップスが僕がやっておきますと請け負ってくれたし、職員達が衣装櫃を運び込みだしたので、任せて中に入った。


「わぁ、暖かいわ」


 大使館の中には至る所に南国風の植物が大きな鉢植えで置いてあったし、何より暖かい。サロンには大きな暖炉に薪がパチパチ燃えている。


「ローラン王国では暖かいのが、一番のもてなしなのです。さぁ、お座り下さい、熱いお茶を持ってこさせます」


 ショウとロジーナとレッサ艦長がサロンの暖かさと薫り高いお茶で人心地ついたのを見て、リリック大使は王宮に到着の挨拶に行きましょうと促す。


 ロジーナは飲んでいたお茶を慌ててテーブルに置いて、着替えなくてはと焦ったが、リリック大使は夜の晩餐会まで休んでいてくださいと落ち着かせる。

 

「ショウ王子は簡単に着替えて、私とルドルフ国王と、アレクセイ皇太子に到着の挨拶をしてきましょう。あっ、服は略礼でいいですよ。寒いから、暖かくしていきましょう。王宮は会見の部屋などは暖かいですが、やたらと長い回廊までは暖房がされてませんからね。節約しているのですが、貧乏くさいですよね。まぁ、そのお陰で用事もない貴族達は領地に帰りましたがね、寒さに我慢できなくなったのでしょう」


 ショウは王宮が暖房を節約していると聞いて驚いたが、アレクセイ皇太子が先ずは上に立つものから手本を示そうとしているのかなと考える。


 ショウは、面倒な貴族が王宮から居なくなったのは気楽だろうけど、元々カザリア王国で育ったアレクセイ皇太子はローラン王国の貴族達と親しくする必要があるのではないかと疑問を持つ。


 馬車で王宮に向かいながら、ショウは自分の疑問をリリック大使に質問する。


「貴族達を領地に帰して良いのですか? 冬場に領地に居ても退屈なだけでしょう? 春や夏に領地に帰すのは、意味があると思いますが……」


 リリック大使はショウの言いたい事を理解する。


「まぁね、本来は秋から冬は社交シーズンなのです。貴族達をケイロンに集めて、パーティーなどを開いて、人脈を作った方が良いのですよ。しかし、アレクセイ皇太子は変に真面目で、外国にいる難民の苦労を考えると、パーティーどころではないと考えておられる。節約をしなくてはいけないのも確かですが、パァッと使うところは使わないと経済は冷え込むばかりですよ。折角、美人の妃殿下が輿入れされたのですから、貴族の奥方を側近にしたりして華やかさを演出すれば、アレクセイ皇太子に反発を感じている貴族達も少しずつ近づいてくるのにねぇ」


 その妃殿下も問題有りですがと、リリック大使は呟く。


「えっ? アリエナ妃殿下は、賢い方だと思いましたよ」


 スチュワート皇太子の結婚式で会ったアリエナ妃は、美人で賢いというイメージがあったので、ショウには何が問題なのか解らなかった。


「もしかして、イルバニア王国の王女というのが問題なのですか?」


 リリック大使は、それもありますと苦笑した。


「まぁ、両国の国民感情は最悪ですからね。でも、問題はそれだけではありません。アリエナ妃殿下は御立派過ぎるのですよ」


 ショウ王子がわけがわからないと首を捻っているのを、クスクスとリリック大使は笑って、宿題にしておきますと言いながら馬車から降りた。


 王宮は立派な巨大な建物で、護衛達は毛皮の帽子と外套を着ていた。回廊は本当に火の気がなくて、寒かったし人気もなくて閑散としたイメージだ。


「え? 官僚達はどこにいるのですか? 行政は他の建物でしているのですか?」


 何時もガヤガヤと文官達がフラナガン宰相にこき使われて走り回っている王宮に慣れているショウには、この静けさの意味が理解できなかった。


「官僚達も寒いから、自分の部屋に籠もっているのでしょう。ほら、息が白くなりますよ」


 ふぅ~と吐いた息が真っ白に見えて、少しアレクセイ皇太子はやり過ぎなのではとショウは感じる。王宮の建物は立派なのに、人気もなく、よく見れば窓ガラスも掃除が行き届いてないのか、うっすらと汚れがついているので、回廊も薄暗い。


 王との会見の場は流石に暖炉に火があり、暖かくてショウはホッとしたが、ルドルフ国王の年老いた風貌に驚いた。何とかフラナガン宰相仕込みの笑顔で驚きを隠して、到着の挨拶をルドルフ国王とアレクセイ皇太子にする。


「東南諸島連合王国と比べると寒いでしょう。でも、ローラン王国の冬にも楽しいこともありますよ。お若いショウ王子の接待は、アレクセイに任せましょう」


 苦労続きで、実際の年齢よりも老けて見えるルドルフ国王は、アレクセイ皇太子に政治も丸投げにしているのだろうかとショウは危惧する。


 アレクセイ皇太子は自分より年上だし、しっかりはしているが、でも、ローラン王国に帰国して、数年なのに大丈夫なんだろうかと、心配になったショウだ。


 アレクセイ皇太子から、夜の晩餐会の招待を受けて、ショウ達は大使館に帰った。


「何となくショウ王子は、アレクセイ皇太子の問題に気づかれたようですね。あまり賢いのも考えようなのですよ」


 リリック大使の言葉に、それは僕が頼りないって意味かな? と首を傾げる。


「いえいえ、ショウ王子も賢いですよ。しかも、家臣に任せる事を知っておられます。それに、アスラン王や、フラナガン宰相、軍務大臣が後ろに控えておられますから、王子らしく遣りたい事を相談しながら実行されたら良いのです」


 ショウは、父上やフラナガン宰相にサーラ王国に強制的に行かされたのを思い出し眉を顰めたが、確かに心強いとも思う。


「アレクセイ皇太子は父王の手助けをしたいと焦り過ぎておられるし、ルドルフ国王は……まぁ、あの御方はあれほどの苦労されたのですから仕方ないですが、家臣を信じておられません。それが、アレクセイ皇太子にも影響を与えているのでしょう」


 ふぅ~と、二人でなかなか大変そうなローラン王国の内情を考え込む。



 その夜の内輪の晩餐会で、ロジーナをエスコートしたショウは楽しく会話を楽しんだ。ロジーナは可愛く無邪気に振る舞うので、ルドルフ国王も明るい話題に参加して、雰囲気は和やかになった。


 旧帝国の三国では晩餐会の後はレディ達はサロンへと先にテーブルを立って移動して、残った男達は食後の葉巻や酒を楽しむ風習がある。


 ルドルフ国王の王妃が不在のローラン王国では、女性の第一位のアリエナ皇太子妃が、ロジーナやリリック大使夫人を伴って席を立つと、テーブルにはルドルフ国王、アレクセイ皇太子、ナルシス王子、ショウとリリック大使、レッサ艦長が残った。


「ショウ王子は、お幸せですな。ロジーナ姫のように可愛い婚約者をお持ちで」


 ルドルフ国王は天使のようなロジーナが気に入ったので、珍しく上機嫌だ。


「ありがとうございます。でも、アレクセイ皇太子もお幸せですよ、アリエナ妃殿下はとても美しい御方ですから」


 一瞬、微妙な沈黙がおりたが、ナルシスが、もう新婚の二人が熱々でポルタ川の氷も溶けそうですよと茶化す。


「私には勿体ない妻です」


 折角ナルシスが場を和らげたのに、アレクセイの言葉でルドルフ国王がつらそうな顔をして、雰囲気は一気に固く凍りつく。


「そういえば、凍ったポルタ川の上でスケートとかいう遊びをすると聞きました。カザリア王国でも北部ではスケートをすると聞いたのですが、どのようなものなのですか?」


 ショウの質問にナルシスは、一度試してみませんかと誘ったり、リリック大使が転んで足を痛めないで下さいよと大袈裟に心配して座を盛り上げる。


 アレクセイも折角の晩餐会をつまらない事を言って白けさせたのを反省して、サロンに移ってからは陽気に振る舞ったので、どうにか無事に晩餐会は終えて大使館に帰り着いた。


 リリック大使は、ロジーナをベタ褒めで、気分を良くしたので本当に天使のように振る舞う。ショウは何かアリエナに問題があるのだとは気づいたが、それが何かはわからなかった。


……リリック大使がロジーナを褒めていたのは、本心もあるけど、僕へのヒントなのかな? 何か掴めそうだけど、はっきりしないや……


 アリエナ妃が御立派過ぎるという宿題に、頭を悩ませるショウだ。

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