第15話 ヴェスタとラルフ

 ショウはヌートン大使に書斎から追い出されて、どんな報告書を書くのかを気にしながら庭を歩いていたが、エリカに見つかってしまった。


「ショウ兄上、どうされたのですか? 難しいお顔だわ」


 ローラン王国のアレクセイ皇太子との話し合いで問題があったのではと、妹に心配されてショウは苦笑する。


「何でもないよ、それより、気晴らしにサンズで遠出するけど、一緒に来るかい?」


 竜はあまり好きでは無かったが、ショウが大好きになったエリカは嬉しそうに飛びついた。


「更紗が見たいわ! とても綺麗なんですもの」


 メーリングにはこの前に行ったばかりだったが、目的は気晴らしなので何処でも良い。


『エリカ、僕の騎竜のサンズだよ』


 ショウがサンズを愛しているのを感じて、エリカは少し興味を持つ。


「ショウ兄上、騎竜は他の竜と違うの? サンズは、ダークより大きいわ」


「竜は竜騎士と絆を結ぶと一回り成長して、子竜を産めるようになるんだ。竜は魔力の塊のような生き物だから、何百年も生きれるけど、絆を結ぶと竜騎士と同じ時間を過ごす。そして、竜騎士と共に老いて、共に死ぬんだ」


 エリカを乗せるので鞍をサンズに付けながら、ショウは少しづつ竜の事を教えていこうと考えた。


『では、サンズはショウ兄上のものなのね』


 巨大な竜を眺めて、エリカは竜と絆を結ぶという意味を考える


『そう、そしてショウは私の絆の竜騎士なんだ。エリカも心を開けば、騎竜を得られるよ。竜と絆を結べば、二度と孤独を感じることは無いよ』


 サンズの言葉で、エリカの母親も後宮を出たのだとショウは思い出した。アスラン王の後宮には次々と綺麗な夫人が入ってきては、あちらこちらへと嫁いでいくのだが、例外としてサリーム、カリン、ハッサンを産んだ夫人は残っている。

 

 サリームの母親は、アスランが十五歳で初めて娶った夫人で第一王子の母親として残っていたが、カリンの母親はザハーン軍務大臣の娘、ハッサンの母親は大商人アリの娘、有力な後ろ盾がある夫人だけが後宮に残っているのだ。他の夫人達はそれぞれ好条件の相手を選んで嫁いで行き、ショウはミヤに可愛がって育てて貰ったけど、寂しく感じた時もあったと、同じ境遇のエリカを可哀想だと思う。


 二人でサンズに乗ると、メーリングまでひとっ飛びした。


「竜だと、あっという間なのね」


 メーリングの領事館で休んでから、馬車でユングフラウまで移動したエリカは竜のスピードに驚いた。竜を領事館に預けると宴会好きのタジン領事に捕まってしまうので、バザールの外れに降り立つと、ショウはエリカを抱き下ろす。


 後宮育ちのエリカは、見るもの全てが面白く感じた。


「質の良い更紗を見たいのかな?」


 少し小首を傾げて、目の荒い更紗も可愛い柄が多かったと悩んだエリカは両方とねだる。


「仕方無いなぁ」


 そう言いつつも、色恋なしの妹とのバザールの散策をショウは気晴らしになると楽しんだ。


「赤も可愛いし、青も綺麗だわ」


 両肩に赤と青の更紗を掛けて、あまり質が良くないぼんやりとしか写らない屋台の鏡で真剣に選んでいるエリカに、両方買ってやったり、チャイ屋で休憩した。


「安物だけど、アクセサリーも買いたいわ。民族舞踊を踊る時にジャラジャラ付けると面白いと思うもの。でも、やはり本物の方が良いかしら?」


 ショウは安物のアクセサリーをジャラジャラ付けるのは頂けないなと、少し高級な宝飾店で華奢な金鎖を買ってやる。


「ありがとう! 大事にするわ」


 金鎖の先には、幼いエリカに相応しい可愛いルビーで作られた花がついている。後宮には見事な宝飾品が溢れていたが、大人の夫人に相応しい品ばかりで、華奢な美少女のエリカには似合わない物だったから、年相応のネックレスをエリカは喜んだ。


「前に行った更紗屋は、身分がバレているんだ。別に構わないけど、少し他の店を探してみよう」


 二人で商店のウィンドウを眺めながら歩いていくと、数軒の更紗屋を見かけた。その中で一番質が良さそうな更紗を飾っている店に、ショウはエリカを連れて入る。


「わぁ! 更紗がいっぱいだわ!」


 エリカはカミラ大使夫人が贔屓にしているマダムに、赤色の更紗でサマードレスを作って貰っているのだが、他の色のサマードレスも欲しかった。


「白地の更紗に金の模様のも綺麗ね」


「お嬢様、お目が高いですね。この金は、本物の金なのですよ」


 ショウとエリカの服装から身分の高さを感じた店主は、嬉しさにはちきれんばかりの笑顔で説明する。


「これならデビュタント用のドレスが作れるね。正式のパーティーには更紗は駄目だろうけど、昼の園遊会や、ピクニックなら良いかもね。エリカ、欲しい分だけ買っていいよ」


「兄上、大好き!」


 これからエリカはイルバニア王国のマナーを覚えていかないと駄目なので、ダンスの練習や、ピアノ、歌、乗馬とドレスも何枚もいるだろうとショウは考えたのだ。




 気分転換をしたショウとエリカは笑いながら大使館へ帰ったが、放置された許嫁達はかなり怒っていた。


「ショウ様が優しいのを、エリカ様は存分に利用するつもりなんだわ」


「このままじゃあ、秋までエリカ様にショウ様を独占されてしまう」


 勉強中のメリッサとミミも内心では腹を立てていたが、それぞれエリカに嫉妬している場合ではなかった。許嫁の中でロジーナは、ララもメーリングに連れて行って貰ったじゃないと一番損していると怒る。


「私の更紗はエリカ様に取られたのよ。マダムがサマードレスに縫っていると聞いたわ。夏らしいキュートなサマードレスになるわ」

 

 エリカを怒らせるのは怖いので、愚痴をララにぶつけるロジーナだった。


「私の更紗をロジーナにあげるわ」


「青地に白の花模様の更紗で、サマードレスも可愛いかもね。清楚な感じになるわ」


 揉め事が嫌いなララは、更紗はまた買えば良いと諦める。


 ショウはサロンの外を通り掛かって、ララに新しい更紗を買うのを忘れないようにしようと思った。




 週末にレイテから竜騎士が二頭の竜を連れてユングフラウに到着した。


『ヴェスタとラルフです。ヴェスタは穏やかな竜ですし、ラルフは陽気な竜です。アスラン王はヴェスタをエリカ王女に、ラルフをミミ姫にと仰せでしたが、様子を見て交換しても良いとのことです』


 サンズより古参のヴェスタとラルフは、落ち着いた雰囲気だ。


『エリカ、ヴェスタに挨拶しなさい』


 エリカは前ほどは竜も、竜騎士になるのも嫌ではなくなっていたので、自分が乗ることになるヴェスタに近づくと挨拶する。


『ヴェスタ、私はエリカよ。私は竜について何も知らないの、それでも竜騎士になれるかしら?』


 ヴェスタは、エリカの高飛車な態度の奥の愛する相手を求める心に惹かれた。


『エリカ、私が竜騎士について教えてあげるよ』


 どうにかヴェスタがエリカを受け入れたのに安心したショウは、ラルフとミミを引き合わせる。


『ねぇ、ラルフ? 私と絆を結ばない?』


 絆の竜騎士になって、ショウの騎竜のサンズと交尾飛行させようとする肉食女子のミミの考えに、ラルフは笑い出す。


『ミミ、絆を結ぶのは少し考えさせてくれ。でも、私も子竜を持ちたいから、良い考えかもしれないな』


 ショウと竜騎士は、初対面で絆を結ぼうと言い出したミミに呆れたが、ラルフは考えると言いつつも嬉しそうなので口出しは控えた。

  

「竜は目の周りを掻いて貰うのがら好きなんだ。エリカもミミも掻いてやってごらんよ」


 二人が慣れない手つきで竜の目の周りを掻いてやっていると、サンズから私もと要求された。


 エリカはヴェスタと話しながら目の周りを掻いているうちに、今までに感じたことがない穏やかな気持ちになった。


『竜騎士になるのも、悪くないかもしれないわ』 


『エリカは、きっと優れた竜騎士になるよ』


 ヴェスタはやっと絆の竜騎士を見つけ出したと心の中で喜ぶ。


 エリカにはまだまだ竜騎士について勉強が必要だとヴェスタは、絆を結べる日を夢見ながら長旅の疲れから眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る