第12話 竜姫エリカ王女

 長旅で疲れたアスランは、後の問題は寝てからだと、ショウの抗議を煩そうにはねつけて寝室に籠もってしまった。困り果てたショウは、ヌートン大使に口添えを願ったが、王家の婚姻に口出しするなど不遜な事は出来ないと、キッパリ拒否された。


「こうなったら、ミミを説得するしかないな。絶対に姉妹は拙いだろう」


 ショウはララが傷つくのを見るのは耐えられないと、ミミに自分を諦めるようにと言い聞かせようとしたが、既に許嫁全員が知っていた。



「ちょっと、ミミ、話がある」


 珍しく真剣な顔のショウに、手を引っ張られて庭に出たミミは、自分に諦めさせるつもりだと気づいた。色とりどりのバラが満開の庭をショウと二人で東屋まで歩いていても、ミミは話の内容がわかっているだけに、綺麗な庭も色褪せて見える。


 ショウはミミを説得しようと、東屋まで考えながら歩いていたが、どう切り出したら傷つけずに諦めて貰えるのかと悩んだ。


「ミミは未だ子どもだから、僕と結婚したいなんて馬鹿な事を考えているんだ。君の姉のララと、僕は結婚するんだよ。姉妹で同じ相手と結婚するのはおかしいと思わないか。それに竜騎士になりたくないなら、リューデンハイムでの生活は苦痛なだけだから考え直した方が良い」


 ミミはやっとアスラン王から許嫁にしてもらったのに、ショウが拒否しようとするのが悲しくて涙が溢れてきた。


「いつまでも子どもじゃないわ、もうすぐ12歳になるのよ。ショウ兄上は私が嫌いなの?」


 ミミに泣かれて、ショウはおろおろと狼狽える。


「ミミのことは、妹みたいに愛しているよ」

 

 残酷なショウの言葉に、ミミはグッと根性を据える。


「今は妹でも良いわ! でも、私はショウ様の許嫁よ。絶対にショウ様を振り向かせてみせるわ」


 諦めさせるどころか火に油を注いだ結果にショウは悄然として、走り去るミミの後ろ姿を眺める。大使館に帰る気分になれず、東屋で庭を眺めていたショウはメーリングに行ってみよう思い立った。


「ショウ様、ミミを泣かされたのですね」


 大使館に泣いて帰った妹を心配して、ララがショウに事情を尋ねに来た。


「なんとか諦めて欲しいのに、どうも意地になっているみたいだ。ララも嫌だろう?」


 ララもミミの性格は知っているので、自分のショウを横取りするのは許せないと思っていたが、妹が悲しむ姿を見ると可哀想になってしまう。


「それは私も嫌だわ。それにミミは竜騎士だから、年を取りにくいなんて凄く不利なんですもの。でも、あんなに泣かれると、可哀想で……」


 ショウはやはりララは優しいなぁと、抱き寄せてキスをした。


「なんだかクサクサするから、メーリングまで行って来ようかと思っていたんだ。ララも一緒に行こうよ。竜心石のペンダントを買った屋台が未だあるか、確かめたいしね」


 ララは竜心石のペンダント? と不思議な顔をしたので、ショウは一マークで母上にお土産で買ったのだと、服の下から取り出して見せる。


「まぁ、とても綺麗な石なのね。竜心石は代々王様に受け継がれていると聞きますわ。ショウ様は後継者になる運命だったのかしら?」


 今日は後継者の件も、許嫁のことも忘れたいと、ショウはララを乗せてメーリングへ逃避行した。


「なんだか、レイテのバザールみたい。と言っても、レイテのバザールは遠くからしか見たこと無いの」


 王族の姫であるララが、ガラが良いとは言いかねるバザールへ出かける事など無いだろうと、ショウは笑いながら案内する。


 香辛料の香りや、色とりどりの更紗、素焼きの壺、安っぽいアクセサリー、見るもの全てを楽しみながら歩くララを少し小綺麗なチャイ屋に連れて行った。スパイスの香りがするチャイをララは珍しそうに飲んで、美味しいわと微笑む。


 メーリングのバザールは、港湾労働者や、船乗り達で賑わっていた。


「屋台は、見つからなかったなぁ。前も探したけど見つからなかったから、潰れたのかもしれないな。竜心石に気づかずに一マークで売るぐらいだから、目利きじゃ無かったんだろうな」


 屋台やバザールに売っているような安物だが、可愛い色の更紗をララは皆にお土産に選んだ。


「この更紗は目が荒いよ」


 あまり生地などに興味のないショウですら、品質が悪いのではと心配する。


「お風呂上がりに巻きつけるぐらいなら、可愛い柄だから使えるわ。こんなに色とりどりの更紗があるのね」


 湯上がりに更紗を巻きつけるララの姿を想像して、良からぬ妄想を始めそうになったショウは慌ててかき消した。王族は絹を着ることが多いし、柄物は使わないので細かい柄の更紗が珍しいのだろうと、ショウは妄想を中断させる。


「これを全部貰うよ。あと、もう少し目が細かい更紗は売ってないかな?」


 バザールの店主は上等な服を着た二人が、値切りもしないで何枚も生地を買うのに呆れてしまい、上質な更紗を売っている商店を教えてくれた。


「ここだね、入ってみようよ」


 バザールの中だが、屋台とかではなくキチンとした建物の商店の中には、上質な更紗が山積みになっている。


「まぁ、とても綺麗だわ」


 上客だと見抜いた店主が揉み手をしながら、ララに更紗を次々と店員に広げさせて見せているのを、薫りの良いお茶のサービスを受けながらショウはのんびりと待つ。


「ショウ様? これで、帝国風の夏のドレスを作ったらおかしいかしら?」


 ララは色とりどりの更紗に夢中だったが、店主はショウ様という呼びかけにハッと顔色を変えた。服装から身分の高い客だとは思っていたが、まさかショウ王子だとは知らなかったので、慌てて挨拶をしだす。


 ララはショウが日頃の鬱憤を晴らす為にメーリングに来たのに、失敗したわと目で謝った。


「夏のドレスなら、良いと思うよ。まぁ、僕にはドレスの事はわからないから、カミラ夫人や、洋裁店のマダムに相談した方が良いと思うけどね。さぁ、それらを買ったらメーリングの領事館に行ってみよう。妹が来ているみたいだから、疲れがとれているならユングフラウに連れて行っても良いしね」


 ララは何度かエリカに会ったことがあるので、ショウよりもよく知っていた。


「う~ん、疲れて休んでいるなら、起こさない方が良いわ。寝起きは危険そうですもの」


 遠まわしな言い方だけど、ショウも自分の姉妹の気性のキツさは熟知していたので、触らぬ神に祟りなしだとパスすることにした。



 ユングフラウの大使館に帰ったショウは、ララと気晴らしをして、ミミを泣かせてしまった事を反省していた。しかし、ララだけをメーリングに連れて行って、他のロジーナやメリッサが黙っているわけが無かった。


「ララだけ、狡いわ~」


「何? これで誤魔化すつもり? 目が荒いけど、可愛い柄だわ!」


「メーリングには、更紗も売っているのね」


 ララが上質な更紗生地を見せると、ロジーナとメリッサの取り合いになった。あまりの賑やかさにショウは眉をしかめたが、何時もなら真っ先に更紗の争奪戦に加わるミミが居ないのに気づいた。


「メリッサ、ミミは?」


 ミミとロジーナは犬猿の仲なので、ショウはメリッサに尋ねる。


「何だか早く見習い竜騎士になりたいとか言って、書斎で勉強しているわ。叔父上は、見習い竜騎士になったらショウ様と結婚させてやると仰ったの? 勉強はどうにかなっても、武術は大丈夫かしら? 護身術ぐらいは習っているけど、剣や、弓とかもあるのでしょ?」


 少し心配そうなメリッサとララに促されて、ショウは書斎にミミの様子を見に行った。


「やぁ、ミミ、勉強しているんだね。メーリングで、お土産の更紗を買って来たんだ。ミミも少し休憩して、選んだら良いよ」


 ミミは庭で少し厳しく言い過ぎたと謝ったショウに、やっぱり大好きと抱きついて、サロンへ更紗を選びに走り出した。ショウは、ミミを可愛いなと素直に思った。


「お前の許嫁達が煩すぎて、おちおち寝ていられない。丁度いい、お前が見て感じた事を話してみろ」


 廊下でサロンへと走って行くミミを見ていたショウを書斎に連れ込んで、アスランはソファーに横たわって、サロンから時折上がる嬌声に眉をしかめながら、初外交の報告を聞く。


「ローラン王国に造船所か、面白いかもしれないな。だが、アレクセイ皇太子が大使館に訪ねて来るのは、ダカット金貨について話し合いたいからだろうな。あのゲオルクのせいで、ルドルフだけでなく、アレクセイも苦労している」


 ショウは、自分も貴方の息子で苦労してますと言いたかったが、アレクセイ皇太子程は苦労してないと口を閉ざした。


「アレクセイに同情するのは構わないが、自国の利益を最優先しろよ」


「それぐらい、わかってます」


 本当にわかっているのかと笑われて、ショウも同情している場合では無いと気を引き締めた。


 色々な問題を抱えていても、ローラン王国は大陸の半分近くを領地に持つ大国なのだ。東南諸島全部合わせても、三分の一にも及ばない。

 

「やっと静かになったな……? ああ、エリカが到着したみたいだ」


 ショウは、到着したから静かになるだなんて、エリカはそんなに恐れられているのかと首を傾げる。


 父上とサロンへ向かいながら、ショウはあの煩い許嫁達を黙らせる妹に嫌な予感を持った。


 あまり接触の無いショウより、王族の女性同士の集まりを持つ許嫁達の方が、竜姫エリカ王女をよく知っていた。十歳になるエリカは、アスラン王の顔の綺麗さを受け継いだプライドの高い王女だ。


 年上の従姉達とはいえ、王の娘と姪では話にならないという態度だ。ショウは竜姫と呼ばれる姉妹達にあまりお近づきになりたくないと思っていたが、リューデンハイムに留学中は世話をしろと言いつけられた。


 この傲慢そうな妹の世話をするのかと、トホホな気持ちになったショウだったが、エリカはサロンに散乱している色とりどりの更紗に目をつけた。


「この散らかりようは何かしら?」


「ああ、メーリングで更紗を何枚か買って来たんだ。皆で分けていたのだろう」


 エリカは、ショウが自分をスルーしたのだとカチンときた。 


「ショウ兄上、私の更紗は無いのですか?」


 慌ててララがエリカに更紗生地を差し出すと、それよりロジーナの持っている更紗が良いわと文句をつけた。日頃は絶対譲ったりしないロジーナも、渋々エリカに自分が獲得した更紗生地を差し出した。


 たかだか更紗生地なのにと、ショウはこれからの事を考えて頭が痛くなる気持ちがした。エリカの傲慢な態度を、アスランも不快に思った。


「エリカ、お前は私の娘で王女だが、ララ、ロジーナ、メリッサ、ミミは私の姪でもあるし、王太子の許嫁なのだ。あまり威張った態度をしない方がいいぞ」


 甘い父上から釘をさされて、ツンとするエリカにショウはやれやれと肩を竦めた。父上にこの態度なら、自分の言うことなど聞きそうに無い。


 ヌートン大使やカミラ夫人は、噂に聞く竜姫の我が儘さに前途多難だと、トホホな気持ちになった。


 実は、エリカは許婚に振られて、かなり頭にきてずっと不機嫌だったのだ。


 父上の竜好きにも困ったものだわ。竜騎士だなんて、なりたくないのに! それにしてもグレーブめ! いつか仕返しをしてやるから! 私を振るだなんて許さないと、怒りを心に燃やしていた。


 許婚のグレーブも自分から振ったのでは無かったが、別れを告げに来たときの少しホッとした表情に、エリカの幼い恋心はかなり傷ついた。その上、竜での強行軍の疲れから気分は最悪で、アスランの目にも余る態度をとってしまったのだ。


 東南諸島の父親と同じく、アスランは王子達には厳しく接していたが、王女達には甘かった。しかし、自分の目の前で無礼な態度をとるのを許す気持ちは無かった。 


「エリカ、部屋に下がれ。態度を反省するまで部屋から出るな」


 アスラン王の叱責にも、返事も無しで部屋に案内させるエリカ王女に、全員が呆れてしまった。


「父上、エリカは竜騎士になりたく無いのでは? 許嫁をボツにして、怒っているのでは無いですか?」


 エリカの態度に腹を立てていたアスランは、当たり前のことを言うなとショウを叱りつけた。


「そこを納得させるのもお前の仕事だ。イルバニア王国の王子も、あの態度では嫁に貰ってはくれないだろう。エリカを言い聞かせて、猫を何匹か被らせろ」


 難問を押し付けられて、ショウは無理ですと悲鳴を上げる。




 部屋のベッドに身を投げ出したエリカは、人前では絶対に見せない涙を零した。


「父上なんて大嫌い! 外国に私を嫁がせるつもりなのね!」


 未だ十歳のエリカは、父上が決めた許婚と一度か二度会っただけだったので、心より愛していたとは言い難かったが、将来はこの人のお嫁さんになるのだと幼い恋心を育て始めていたのだ。なのに、突然、許婚を取り上げられるわ、竜騎士になるためにリューデンハイムに入学しろと命令されるし、どうやらイルバニア王国の王子の誰かに嫁がされると察して、気分は最悪だった。


「優しいショウ兄上の後宮で、ぬくぬく暮らすことになる従姉達なんか許せないわ!」


 サロンでは姪たちとお茶を飲みながら、アスランは歓談していたが、娘の反抗にミヤを呼び寄せたくなった。


 エリカが素直に言うことを聞くのは、ミヤだけだ。ショウにエリカを説得できるか、アスランにもわからなかったが、説得できないと、許嫁達も大変な目に遭うぞと苦笑する。


 エリカが竜騎士の素質を持っているのは嬉しく感じたが、自分の性格を引き継いだのにはウンザリするアスランだった。


 許嫁達にメーリングへ連れて行ってと迫られて、困惑しているショウの性格と入れ替われば良いのにと、アスランは溜め息をついた。


「ショウは、もう少しビシッとしないと外国に馬鹿にされるぞ」


 傲慢なアスラン王だったが、悩みは尽きないのだ。

 

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