第13話 リューデンハイムへ入学するの?

 アスラン王は、ショウに大きな宿題を残してレイテに帰っていった。子竜のスローンの側にいたがるメリルに、アスランは弱かったのだ。


 ショウはサンズに何年ぐらい親竜は側にいるものなのか尋ねたが、竜によって違うと答えは曖昧だ。


『イルバニア王国の子竜は二週間ぐらいで王宮の竜舎に移されると聞いたけど、すぐ側に親竜もいるしね。メリルも半年もすれば、スローンから離れるよ』


 フラナガン宰相は父上がレイテに腰を据えているので、喜んでいるだろうとショウは笑ったが、此方は問題を押し付けられたのを思い出す。ふてくされたエリカを説得だなんて無理だと、部屋に閉じこもったままの妹をどうしようかとショウは悩んだ。


『ダーク、エリカは本当に竜と話せるのか?』


 先ずは基本を確認しようと、ショウはレイテに帰ったダークに尋ねた。


『エリカは竜と話せるが、竜騎士になれるかはわからない』


『何故? 竜と話せる人が竜騎士になるんじゃないの?』


『それはそうだけど、エリカは竜が好きじゃないから。竜が好きじゃない人間は、竜騎士になれない』


 確かに竜騎士になりたい態度では無いなぁとショウも思った。


『ミミも最初は竜騎士になりたいと思って無かったよ。でも、サンズもダークも問題にしなかったじゃないか』


 サンズはショウの居ない時にも竜舎に来て、ミミが話しかけていたと教えた。


『ミミは竜騎士の意味を知らなかっただけで、竜を嫌ってはいない。エリカは許婚に捨てられたのは、竜のせいだと怒っている。近くにエリカが居ると、少し居心地が悪いんだ』


 竜は普通の人間が怖がっても余り気にしないが、竜騎士の素質のあるエリカの思考は感じてしまうので、辛く感じるのだろうとショウは困った。


『サンズもダークも、こんなに気立てが良いのに……エリカもきっと理解してくれるよ』


 竜達を慰めたショウだが、竜は嘘をつかないし、ショウの気持ちにも嘘が無いのを感じとれるので簡単だ。しかし、こじれたエリカの気持ちを戻すのは大変そうだと溜め息をつきながら大使館へと帰った。




 竜のことはレイテからミミとエリカのパートナーとなる竜が到着してから、少しづつ馴らしていこうと思ったが、部屋に閉じこもっているのをどうしようかと、ララ達に相談する。許嫁達もエリカには一歩引いて構えていたが、ショウが困り果てているので色々とアイデアを出した。


「叔父上は、エリカ様をウィリアム王子かレオポルド王子と結婚させるおつもりなのかしら? だったら話は簡単よ。ウィリアム王子は男にしておくのが勿体ない美貌だし、レオポルド王子もユーリ王妃の容姿を受け継いでおられると聞いたから、きっと見栄えは良いと思うわ。会わせてあげれば、エリカ様のご機嫌も良くなるわ」


 肉食女子のロジーナの意見に、ララもウィリアム王子なら女の子の夢の王子だから良いかもと賛成する。


「でも、ウィリアム王子は、竜にしか興味が無いわ。エリカ様が竜に無関心だと知ったら、きっと嫌われるわ」


 ミミはリューデンハイムでウィリアム王子の竜馬鹿振りを知っていたので、エリカはハンサムな王子に夢中になっても彼方が断ったりしたら恐ろしいと言い出した。


「兎に角、機嫌を直して貰わないと、侍女達も可哀想だわ。私達もびくびく過ごすのは嫌だし」


 メリッサの意見に、全員が頷く。


「エリカの機嫌が直りそうな事ねぇ? 貴方達が機嫌が良くなる事と同じかな?」


 全員が勢いよく頷いた。


「新しいドレスや、可愛い小物類、お洒落なお店でショッピング!」


「あら、美味しいお洒落なレストランの食事や、アイスクリームも嬉しいわ!」


「ユングフラウは音楽も有名よ。素敵なオペラを見れば機嫌も良くなるわ」


「それより、ダンスよ~! あっ、でもエリカ様は社交界デビューできる年齢じゃないわね」


 ハタと皆で顔を見合わせて、やはりボーイフレンドだと声を揃えた。


「女の子だけで行っても、面白さは半減するわ。私達が楽しいのは、ショウ様と行くからよ」


 ショウは十歳の妹にボーイフレンドねぇと考えたが、本来なら許婚がいたのだと思い直す。


「でも、先ずは機嫌をなおさせないと、あれでは竜も嫌がるよ。う~ん、ドレスを作るところから始めるか……えっ、皆、何処へ行くの」


 機嫌の悪い竜姫のドレス作りを手伝わされるのは御免だと、さぁ~と潮が引くように、サロンから居なくなってしまった。


「カミラ大使夫人、お願いしますよ~」


 ショウに捕まったカミラは無理だと嫌がったが、このままではいけないと説得されて、一緒に選んで下さるならと渋々引き受けた。


「僕がいても、ドレスの何もわかりませんよ」


「いえ、ショウ王子がいらして下されば、少しは機嫌もなおりますわ。エリカ王女も、兄上にドレスのアドバイスは求められませんわ。ただ甘やかしてあげて下さい」


 今でも十分甘やかされているとショウには思えたが、カミラ大使夫人に政略結婚の為に許婚と別れさせられたのですからと諭された。


「エリカ、入るよ」


 食事も部屋で食べているエリカを外に連れ出そうと、ショウはドレスを作ろうと提案した。


「新しいドレス?」


 不機嫌なエリカだったが、女の子なのでドレスの誘惑には弱かった。


「ユングフラウは、ファションの都と呼ばれているんだよ。カミラ大使夫人のドレスを作っているマダムが大使館に来ているから、エリカにもドレスを何着か作ってあげるよ」


 ショウはその後数時間、カミラ大使夫人を恨みながら過ごす羽目になった。どこがどう違うのかわからないレースを選ばされたり、どちらの色のドレスが似合うか決めさせられたショウはグッタリしていたが、エリカは既製服の帝国風ドレスに早速着替えて機嫌も少し良くなった。


「どう、ショウ兄上? 似合っている?」


 クルッとスカートを翻してターンしたエリカは、ちょっと見当たらない程の美少女で、ニッコリ笑うと人を惹きつける魅力があった。


「ああ、エリカはとても可愛いよ」


 ショウに褒められて、既製服じゃなくて注文服が早く着たいとカミラ大使夫人にマダムを急がせるように言いながらも、笑顔を振りまくエリカだ。


「ねぇ、ショウ兄上~。ユングフラウの街を案内して」


 ドレス作りに付き合わされて、ドッと疲れているショウだったが、エリカのご機嫌を取ることにした。他の許嫁達も誘おうと言うのを却下して、ショウを独占したエリカはユングフラウの街をあちこち案内して貰い、可愛い小物を買って貰ったり、アイスクリームを食べたりして機嫌がなおった。


「ショウ兄上と一緒だと、楽しいわ。明日は他のアイスクリームの店に行きたいわ」


 アイスクリームパーラーを三軒ともまわってみたいと腕にすがりつくエリカに、ショウは又今度ねと言い聞かせる。


「明日は少し忙しいんだ。ローラン王国のアレクセイ皇太子殿下が、大使館に話し合いに来られるからね。明後日なら行けるよ」


 少しガッカリしたエリカだが、お仕事なら仕方が無いわと許してくれた。機嫌がなおったエリカは食事にも降りてきて、ショウの横を独占する。


「帝国風のテーブルマナーを知らないの。ショウ兄上、教えて下さる?」


 許嫁全員が、自分達でも知っているのに、エリカが知らないわけ無いでしょ! と腹を立てる。アスラン王の第一夫人は、ミヤなのだ。そんな落ち度はあり得ない。


 許嫁達はショウをエリカに独占されて苛立ったが、上手く隠して和やかな夕食になった。ショウも、ミヤがテーブルマナーを教えて無いなんて嘘だと思ったが、兄の自分に甘えたいのだろうとエリカの質問に答えながら夕食を終えた。


「ショウ兄上と食事をするの初めてだわ。後宮を出られて、離宮で暮らしてらっしゃるから」


「そう言えば、エリカと食事をするの初めてだね。でも、これからは一緒に食べることが多くなるよ」


 ふ~んと、エリカはレイテの後宮での暮らしより楽しそうだとほくそ笑む。

 

「ねぇ、ショウ兄上。私は、リューデンハイムに入学するの? 寮には入りたく無いわ、だってショウ兄上に会えなくなるもの」


 とっとと寮に入れと、ミミ以外の許嫁達が内心で毒づく。


「数日後にはパートナーになる竜も到着するから、先ずは竜に馴れてから考えよう。来週には僕達はカザリア王国へ旅立つけど、スチュワート皇太子の結婚式が終われば帰って来るよ」


 自分がユングフラウに置いてきぼりにされると聞いて、エリカは嫌がった。


「ショウ兄上と一緒に、カザリア王国へ行きたいわ。連れて行って下さったら、リューデンハイムの件も考えても良いわ」


 手強い交渉相手のエリカには不機嫌になるという強力なカードがあるので、どうせじきに夏休みなのだから秋学期まで竜に馴らさせておけば良いとショウは妥協する。


「ニューパロマに付いて来ても、社交界デビューできる年齢じゃないから、パーティーには出られないんだよ」


 それは仕方ないとエリカに納得させて、カザリア王国に連れて行く事にした。ヌートン大使とカミラ大使夫人は、エリカの子守は無理だと恐れていたので、連れて行ってくれるショウに感謝した。




「助かりました、エリカ王女を置いてきぼりにされたら、私の胃に穴が開くところでした」


 夕食後に、明日の話し合いの打ち合わせをするために書斎に籠もったヌートン大使は、ショウにお礼を言った。


「大袈裟な、まだ子供だから我が儘なだけですよ。エリカも少しは機嫌が良くなったし、これで竜に馴れてくれれば安心なのですがね。ニューパロマではスチュワート皇太子の結婚式と、あと何件か大事な要件がありますから、エリカに構ってやれないかもしれません」


 ショウはレイテ港の埋め立て埠頭の建設を指導してくれる教授と研究員達との話し合いや、東航路の整備と調査の進展をニューパロマで、カリン兄上や、メルト伯父上に報告してもらい調整する事にしていた。


「ショウ王子もお忙しいですな。明日のアレクセイ皇太子との話し合いで、造船所の件を持ち出されますか?」


「今は手一杯ですが、一度ローラン王国に訪問した際に提案してみようと考えています。実際に現地を視察してみないと、ローラン王国の現状が把握できませんからね」


 若いショウが思い付きを直ぐに実行しようとせず、調査してから進めようとする慎重さも持っている事に、ヌートン大使は満足して頷いた。


「ところで話は変わりますが、イルバニア王国は今日のショウ王子とエリカ王女の行動をチェックしていましたよ。新しい許嫁と間違っているかも知れませんが、どのタイミングでエリカ王女が竜騎士の素質をお持ちだと切り出しますか」


「その件は、エリカが竜に馴れてからにしたいですね。リューデンハイムには秋学期から入学で良いでしょうし、それまでに竜騎士について説明しておきますよ」


 ヌートン大使もショウにエリカの件は任せるとアスラン王から指示されているので、問題が発生しないかぎり意見を尊重する事に決めた。




 大使館は治外法権だが、その動向を探るのはお約束みたいなもので、ショウ王子がアイスクリームパーラーにエスコートしてきた美少女は誰だと外務省では困惑していた。


「新しい許嫁ですかね?」


 大使館を見張っている者の報告書を読みながら、フランツは首をひねる。


「許嫁にしては、若いのではないか?」


 報告書には膝より下のドレスを着ていたと書いてあるのを見て、未だ十四歳前だとマウリッツ外務次官は不審に思った。


「ミミ姫では無いのですよね? う~ん、確かショウ王子にはお二方ほど妹の王女がいらっしゃったはずです。あっ、父親違いの妹もいますね。ショウ王子の母親は大商人のラシンドと再婚して、弟と妹を産んでいます。とても可愛がっていると報告書で読んだことがあります。確か、マルシェとマリリンという名前でした」


「マリリン嬢は何歳だ? あと、妹の王女方の名前と年齢は?」


 フランツはマリリンは七歳か八歳だった筈だと答えたが、後宮の王女方の名前や年齢は公表されていないのでよくわからないと答えた。


「う~ん、確かエリカ王女とパメラ王女だったかな? 竜姫と恐れられている姉君達は嫁がれていますから、未婚の王女はこのお二方ですね。パメラ王女は未だ幼い筈ですよ」


「では、新しい許嫁か、マリリン嬢かエリカ王女なのかわからないのだな……東南諸島連合王国の王女の名前や年齢すら知らないとは、フランツは何をレイテでやっていたのだ。明日はアレクセイ皇太子殿下が大使館を訪問されるが、何を話し合うのか調べたのか?」


 フランツは、ユージーンが外務次官だなんて最低だ! と内心で愚痴る。このままでは、ずっと兄にこき使われそうだとげんなりする。


 調べたことを報告しながらフランツは内心で愚痴っていたが、追い討ちを掛けるようにミミ姫の竜騎士としての素質の強さを調査しろと命じられた。


「しかし、ミミ姫はショウ王子にぞっこんで、お嫁さんになりたいとウィリアム王子にも言い切ったのですよ。女性の竜騎士に、政略結婚を強制出来ないのはユージーンだって知っているでしょ」


 マウリッツ外務次官は、ユーリ王妃の求婚騒動を思い出して苦笑した。


「ユーリ王妃の場合は絆の竜騎士だった上に、田舎育ちだったから特別だ。アリエナ王女、ロザリモンド王女も絆の竜騎士だが、王族として育たれたので政略結婚を受け入れておられる。ミミ姫は絆の竜騎士なのか?」


 さあ? と答えるフランツに、だから竜騎士としての素質の強さを調べろと言ったのだと叱りつけた。

 

 東南諸島連合王国の女性竜騎士が存在する事で、外務省は自国のロザリモンド王女の結婚、来年のフィリップ皇太子の結婚で忙しい最中、急いで調査する必要性に駆られた。


「二度と王位継承者が居ない事態を引き起こしてはならないのだ」


 グレゴリウス国王の父親が竜騎士でなかったので王位継承者になれず、ローラン王国のゲオルク王に王位継承権を請求されて侵攻された苦い過去を、イルバニア王国の家臣全員が肝に据えていた。


 しかし、フランツは兄はこの件で神経質になりすぎていると危惧する。娘のリリアナが竜騎士の素質を持つ王子を産まなくてはいけないとプレッシャーを感じているのだろうが、焦ると足元を掬われてしまう。


 フランツは古狐のヌートン大使に、ミミ姫をちらつかされるのは困ると頭を悩ませた。


「東南諸島連合王国が一夫多妻制でなければ、ミミ姫を嫁に貰う代わりに、テレーズ王女を嫁に出せるのだが……」


「そんなぁ、テレーズ王女は九歳でしょ~。ユーリ王妃にそんなことを言ったら、ぶん殴られますよ。未だ二歳年上ですが、キャサリン王女の方が可能性有るでしょう。ショウ王子には複数の許嫁がいますが、全員王族の従姉妹ですから断る事も可能かもしれないですよ」 


 そう言いつつも、長年の結婚制度を急に変えるのは不可能だろうと、フランツさえ感じていた。

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