第四章 外交デビュー

第1話  ユングフラウはファッションの都

 カザリア王国のスチュワート皇太子の結婚式に行く為の許嫁達のドレスを作りに、ショウ達はイルバニア王国のユングフラウに来ていた。


 ユングフラウには東南諸島連合王国の大使館があり、そこに滞在して許嫁達と付き添いのミミのドレスを作る事になったのだが、張り切る女の子達と違いショウは退屈を持て余している。 


「イルバニア王国って農業王国のイメージでしたけど、ユングフラウはお洒落な女の子が多いですね」

 

 今日も洋裁店のマダムと部屋に籠もってドレスの仮縫いをしている女の子達に放置されてしまったショウは、何年も前だがお世話になったフランツを訪問した。


「そうですね、ユングフラウはファッションの都ですからね」


 当たり障りの無い会話をしながらフランツは、訪問しても良いでしょうかと丁重な手紙をくれた、第六王子なのに王太子に指名されたショウに興味津々だ。


 突然、甲板長が牢に入れられた件で、公正な裁判が受けれるようにと、ショウ王子が頼みに来た時は、九歳だった。今は十四歳、もう五年も経つのだと時間が経つのが早いと思う。


 あどけない可愛い子供が竜に乗って援助を求めて来た時を思い出していたフランツだったが、このショウ王子のおっとりとした外見に騙されてはいけないと気を引き締める。東南諸島連合王国の王族の情報はなかなか外国には伝わり難く、フランツ自身も若い頃にレイテの大使館に勤務していた時は苦労させられた。


 ショウは、ゴルチェ大陸への新航路を発見したし、ゴルチェ大陸西海岸の測量もやり遂げたのだ。未だ、幼さが残っている顔に、騙されてはいけない。なんと言っても、アスラン王の息子なのだからと注意深く観察する。


「ところで、王太子になられたお祝いを申し上げていませんでしたね。おめでとうございます」


「いえ、来年の成人の時に、正式に発表されるのですから」


 フランツは、傲慢なアスラン王には似ていないショウにペースが崩される。アスラン王なら、ふん! と面倒臭げに顎を上げておしまいだろう。


 フランツはこういうタイプは、なかなか遣りにくいと外交官の勘がピクンと動いた。


 ショウは、おっとり系なのに、言い出したら聞かないタイプだと、フランツは感じる。これは交渉相手として、難人物になるかもしれない予感がした。


 フランツとショウは、お互いに興味を持つ騎竜について話し合った。


「サンズと絆を結ばれて、良かったですね。サンズは十三歳と若い竜ですが、とてもバランスの良い竜です」


 竜騎士は竜を愛しているので、ショウもサンズを褒められて喜んだ。


「イルバニア王国の竜騎士に褒められたら、とても嬉しいです。前に屋敷を探して困った時に、竜騎士隊長のキャシディ卿に親切にして頂きましたが、今から考えると王宮に向かってくる不審な竜の侵入に備えていらしてたのですね。なのに、とても優しくして頂きました。あの方にも、お礼を言っておきたいですね」



 何処までもアスラン王とは違う態度だったなと、フランツはショウが辞した後も物思いに耽っていた。


「アスラン王の騎竜のメリルが産んだサンズの絆の竜騎士にショウ王子がなるとはなぁ……」


 メリルの交尾飛行がフランツの騎竜ルースと行われた時、絆によって騎竜の欲望に捕らわれた気恥ずかしさを思い出して苦笑したが、何か縁がある気もする。


「フランツ、何を笑っているのだ。ショウ王子の報告にも来ないから、こちらから訪ねて来たぞ」


 兄のユージーンに突然に声を掛けられて、フランツは交尾飛行の気まずさなど考えている場合ではないとシャンと座り直す。


「そう大した話はしませんでしたよ。だから、明日でも良いかと思ってました」


 外務次官のユージーンは、呑気なフランツの頭を殴りたくなったが、流石に子供では無いので我慢した。


「お前はショウ王子が東南諸島連合王国の王太子だと知ってて、大したことは話さなかったのか? 今現在、最も注意深く扱わなくてはいけない国の王太子なのに!」


 長年、優秀な兄から鉄拳制裁を受けていたフランツは、思わず首をすくめる。


「ユージーンも会ってみれば、わかりますよ。可愛い顔と、おっとりした雰囲気ですが、アスラン王の王子です。当たり障りの無い事しか、話しませんよ。一瞬、本当におっとりしているのだと思ってしまいますから。あれはフラナガン宰相に、かなり鍛えられていますね。あの古狐はアスラン王の留守を守りながら、ショウ王子を鍛えたのかな?」


 ユージーンは呑気そうなフランツだが、人物評価は優れていると思っているので、その弟が捕らえ所がないと言うショウ王子に会って、自分の目で確かめたいと考えた。


「カザリア王国の大使からも頼まれているのだ。ショウ王子は許嫁を三人同行されているが、結婚式、晩餐会、舞踏会には、どの御方をエスコートされるのか調べて欲しいと泣きつかれた。席の序列もあるし、頭が痛いだろう」


 フランツもその件はイルバニア王国の外務省でも持ちきりの話題なので知ってはいたが、持ち出す無礼はできなかった。


「まぁ、ムートン大使にカザリア王国から問い合わせているみたいだがな。カザリア王国も困惑しているようだ。今までは王族がこういった行事に参列する事も無かったし、大使がどの夫人をエスコートして来ようと、問題にはならなかったからな。我が国も他人ごとでは無いぞ」


 ユージーンとフランツはフィリップ皇太子の結婚式に、ショウ王子が多数の夫人をエスコートして参列したら、女性人権主義のユーリ王妃がどういった反応をするか想像しただけで、頭が痛くなった。

 


 その頃、ショウは大使館で許嫁達のドレス姿にくらくらしていた。


「ショウ様、誰が一番ドレスが似合ってます?」


 性格がバレてからは、ぐいぐい押してくるロジーナは、天使のように可愛らしい清楚な水色のドレスを着て、にっこりと微笑む。


 ララは東南諸島の王族の服より、露出の多いドレスの胸の当たりを気にしていたが、薄い緑のドレスがよく似合っていた。


 しかし、ドレス姿が一番似合っているというか、圧倒的なスタイルの良さが引き立っているのはメリッサだ。王族の服でもナイスボディだと思っていたけど、ボン! キュウ! ボン! のボディラインから目が離せない。


 ロジーナとララは、ショウの目がメリッサの胸に釘づけなのに気づいた。


「髪フェチなのに、胸ばかり見て!」


「所詮、男はおっぱい好きなのね!」


 二人に責められてタジタジのショウを、くすくすと余裕の笑みを浮かべて見ていたメリッサだったが、思わぬ伏兵にあった。


「ショウ兄上、私もドレスを作って貰ったの。でも、他の人は長い裾なのに、私のは短いのよ~」


 白いセーラーカラーのワンピースに、栗色の髪をポニーテールにしたミミの可愛らしさに、ショウはメリッサから視線を離した。


「ミミ、とても可愛らしいよ。裾の長いのより、活動的で良いと思うな。髪の毛も結うより、ポニーテールが可愛いよ」

 

 ミミが歩く度に揺れるポニーテールを、うっとりとショウは見つめる。


「ショウ様の髪フェチ!」


 今度は許嫁達に責められて、ショウは良い提案をして免れた。


「ユングフラウにはアイスクリームというデザートを出しているパーラーがあるんだって。皆、綺麗なドレスを着たのだから、パーラーにアイスクリームを食べに行こう!」


「きゃ~! 行ってみたいと思っていたの」


 無邪気を装って、ショウに抱きついたミミを、三人は引っ剥がした。それから、ショウの右手、左手の争奪戦となり、ムートン大使は見ているだけで、胃が痛くなるのだった。


「ああ、喧嘩しないで! 行きはララを、エスコートするよ。店ではロジーナ、帰りはメリッサ!」

 

 なんだかんだ文句は言ったが、新しいドレスを着て異国のパーラーに行くチャンスを失いたくないと、三人は渋々承諾する。


「ショウ王子は、結構女たらしになるかもしれないな」


 ムートン大使は警備を手配しながら、十四歳なのに上手く喧嘩をおさめたショウに感心する。

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