第20話 shall we dance?

「えっ、ダンスですか? いえ、全く出来ませんよ~。そんなの必要なのですか?」


 フラナガン宰相の執務室で、ショウはカザリア王国のスチュワート皇太子の結婚式に参列する件で話し合う。


「カザリア王国の風習ですから、ダンスぐらい付き合って頂きませんと」


 にっこり笑うフラナガン宰相に、ショウは身構える。宰相が笑う時は、ろくな事がないのだ。第一、父上がダンスなどしている姿なんて想像できないと、ショウは断固拒否するつもりだった。


「結婚式には列席するし、晩餐会も、舞踏会も参加しますが、ダンスする必要が有るのでしょうか? 父上はそういった行事に参加すらしていないのでは?」


 フラナガン宰相は痛い所を突かれたと思ったが、そこで引き下がるようでは東南諸島連合王国の宰相など勤まらない。


「今は難しい時期ですし、ショウ王子はパロマ大学に留学なさっていたので、彼方の文化も理解されているでしょう。先年、イルバニア王国は宿敵だったローラン王国に第一王女のアリエナ王女を嫁がせて、友好関係を築こうとしてます。その上、同盟国のカザリア王国の皇太子に第二王女のロザリモンド姫を嫁がせるのですよ。旧帝国三国が婚姻で結びつけられます。この意味がおわかりですか」


 ショウはフラナガン宰相に言われなくても、大陸全土が婚姻で結び付くのは知っていたが、それとダンスと何の関係があるのか疑問に思う。


「ああ、もう全く理解されていませんね。イルバニア王国は、カザリア王国と同盟関係で両国間の関税を0にしています。昨年、ローラン王国と婚姻関係を結んだものの、敵国だった両国は直ぐには友好関係にはならないでしょうが、アレクセイ皇太子が王になれば三国同盟が成立するかも知れません」


 立て板に水のフラナガン宰相の意見を、ショウは黙って聞く。


「今は我国が交易を支配していますが、あの三国が指を咥えて見過ごす訳がありません。各国の商人に有利な条約を結ぶでしょう。だから、それを阻止するか、三国同盟に参加するか、それとも東南諸島連合王国はゴルチェ大陸の小国と手を結んで独自の道を進むかという重大な岐路に立っています」


「でも、それとダンスは何が関係するのでしょう?」


 ショウも今の情勢が難しいのは理解したが、やはりダンスの必要性は無いのではと反論する。


「外交と社交は密接です。我が国の結婚制度と三国のは違い過ぎますので、なかなか政略結婚も成立し難いですが、君主同士の付き合いは必要になります。ショウ王子はお若いのですから、これからドシドシ三国との外交を担って頂きたいのです」


 ショウは、父上が愛想良く他国の君主と付き合っている図は想像できない。フラナガン宰相は、自分に押し付けるつもりかもしれないと危機感を持つ。


「ララは帝国風のドレスを着なければいけないのでしょうか? かなり露出が多いみたいですが」


 フラナガン宰相も少しこの方面は詳しく無いので、珍しく口ごもる。王族の長でもあるカジムを怒らせるのも怖い。


「それはララ様の判断に任せます。多分、露出の少ないドレスもあるとは思いますが、こういった事には詳しくありませんから。イルバニア王国のヌートン大使に問い合わせておきます」


 ララ本人が胸や背中の開いたドレスを選び、それを許婚のショウ王子が認めるなら、カジムも諦めるはずだ。そして、ファッションのことは現地のヌートン大使に問題をパスする。


「カザリア王国へ結婚式に行くのに、なぜイルバニア王国に駐在しているヌートン大使に聞くのですか?」


「帝国三国のファッションは、ユングフラウで作り出されています。カザリア王国も、御婦人方のドレスや、生地や、レースとかに莫大なお金が流れるのに頭を痛めていますよ。私には差がわかりませんが、御婦人方の好みに合うドレスはユングフラウの洋裁店のマダムによって生み出されているのです。もし、ララ様が帝国風のドレスを作ることになれば、ユングフラウに先に行く必要があるかもしれません」


 ショウは一度フランツにインガス甲板長を牢屋から出して貰う為に訪ねた大都市ユングフラウを思い出した。


「ユングフラウは、竜騎士によって護られていましたね」


 親切にフランツの屋敷まで案内してくれたキャシディ竜騎士隊長も武官の筈なのに綺羅びやかだったなぁと、ファッションの都ユングフラウはどのような所なのだろうとショウは考えた。


「旧帝国三国は、竜騎士が重んじられていますからね。王様も竜騎士でなければ、なれないそうですよ。各国は後継者の少なさに悩んでいましたが、イルバニア王国の国王夫妻は子沢山ですから婚姻関係を結ぶのは有利ですね。それに王女達も竜騎士だそうですから、ローラン王国もカザリア王国も竜騎士の王子を期待して娶るのでしょう」


 王家の結婚だから政略結婚もあるだろうけど、ショウは留学中にスチュワート王子から婚約者のロザリモンド王女のノロケを耳にタコができる程聞かされていたので、相思相愛なのではと反論する。


「ふ~ん、やはりスチュワート皇太子と親しくされていただけはありますね。二人が相思相愛なのなら、ハニートラップを仕掛けても無駄ですなぁ……カザリア王国の王は少し浮気癖がありますから、倦怠期まで待つようにパシャム大使に言っておきましょう」


 とんでもない話に目をパチクリしているショウに、この位常識ですとフラナガン宰相は外交の罠にはもっと悪辣なのも多いと、ローラン王国の亡きゲオルク王の罠を幾つか教えてくれた。


「ゲオルク王はルドルフ皇太子の妃にカザリア王の姪を娶りながら、友好関係をアピールしつつ国境の鉱山を分捕ったりました。その上、今のイルバニア王国の王妃になったユーリの竜騎士としての能力を引き継いだ跡取りが欲しくなると、皇太子妃が不義密通したと離婚させた挙げ句幽閉したりと、やりたい放題でした」


「酷い!」とショウは腹を立てる。


「ゲオルク王が亡くなる前の事ですが、カザリア王国のエドアルド王が歌姫に入れあげたのも疑わしいと思ってます。確かペネロペとかいう歌姫は、ローラン王国からの難民なのですよ。これは確証は有りませんし、ペネロペ自身が余り賢くなかったので密偵とまでは言いませんが、臭いと各国の外交官も思いました」


 ショウもニューパロマでペネロペという愛人の噂を聞いたので、少し興味を持った。


「難民で生活に困って、歌姫に身を落としたのでは無いですか? 気の毒な事ですが、ニューパロマでは同じような話はよくあるのでは無いでしょうか」


「まぁ、難民の暮らしは厳しいですから、娘を娼館に売るのも珍しく無いでしょう。ただ、ペネロペの容姿が、ユーリ王妃にそっくりだったのです。エドアルド王が、若い頃に、イルバニア王国のグレゴリウス王とユーリ王妃を争ったのは有名ですからね。その上、ユーリ王妃の歌声は素晴らしいとの評判でしたから、容貌の似た歌姫なんて胡散臭いですね。此処まで話が揃うと、ぷんぷんゲオルクの臭いがしてきますよ。あれほど亡くなられて、喜ばれる王もいないでしょう」


 政治の裏側の悪臭を嗅いだ気持ちがして、ショウは外交など無理だとげんなりする。 

 

「未だお若いショウ王子が、手を汚される事はありません。ただ、大使といえど王や皇太子と個人的には親しく付き合えませんから、性格や人間関係を見極めるのが難しいのです。ショウ王子には、各国の王族の方々と親しくなって頂き、東南諸島連合王国に有利になるように持っていって欲しいのです。後の事は、私や大使が引き受けます」


 にっこり笑うフラナガン宰相がスチュワート皇太子にハニートラップなど仕掛けるのは困るなぁと、ショウは難しい顔をしたが、本人に隙が無ければ仕掛けませんと満面の笑顔で言われて疑いながらも承知した。




 外交には自信が全く無かったが、ショウとララはカジムの屋敷でダンスの特訓を受けた。


「ごめん! ララ、足を踏んだね」


「いえ、私も足を何度も踏みましたわ」


 二人の下手なダンスを、クッションに寄りかかって見ていたカジムは大きな溜め息をつく。


「父上、私はステップを覚えたわ。ショウ兄上と踊ってみても良い?」


 ミミは本ばかり読んでいるララと違い、東南諸島の民族舞踊を習っていたのでリズム感が良い。ダンス教師は至急にダンスを習得させるようにと厳命を受けていたので、ミミと踊ってみてステップを完璧に覚えているのに驚き喜んだ。


「ステップがいい加減なショウ王子とララ姫が練習されても悲惨なだけです。ショウ王子はミミ姫と、ララ姫は私と練習いたしましょう」


 ララは、ミミがショウを未だ諦めて無いのにうんざりする。ステップを早く覚えて、ショウと踊りたいと、熱心に頑張る。


 ミミが軽くステップを踏むのに合わせて、ショウのダンスも見られるようになったので、カジムもやれやれと安堵する。ララは妹程はリズム感は良く無かったが、記憶力で補ってダンス教師とは綺麗に踊れるようになった。


「問題はショウ王子ですね。元々、男性のリードがしっかりしていれば、女性が少々下手でもダンスは大丈夫なのです。私が女性パートを踊りますから、ショウ王子は優雅にリードできるまで特訓です」


「え~っ! 男とホールドしてダンス! すごく気持ち悪い」


 熱心なダンス教師につかまって特訓されているショウを、ララとミミは心安らかに眺める。


「ミミと踊らないなら、安心して見ていれるわ。まぁ、ショウ様ったら凄く嫌そうな顔」


「姉上とは結婚式や晩餐会だけにして、私と舞踏会に行けば良いのにね~」


 ララとミミがショウのダンス教師との特訓を眺めて色々な思いに耽っていた頃、近くのラズローの屋敷ではロジーナが悔しさに地団駄踏んでいた。


「なんでララだけ、カザリア王国の皇太子の結婚式に参列するの? その上、ミミまで付いて行くなんて! カジム伯父上の屋敷で、帝国風の身体を密接させるダンスまで習っているなんて、羨まし過ぎるわ~! 父上にアスラン王に私も連れて行くように頼んで貰いましょう」


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