第三章 新航路発見

第1話 久しぶりの祖国

 パドマ号は嵐にも遭わず、無事に東南諸島連合王国の首都レイテに帰港した。


「懐かしいレイテだ!」


 ショウとワンダーとシーガルにとっては三年振りの帰国なので、香辛料の香りが漂うレイテの街並みに、帰って来た実感が湧く。


 全員が長旅で疲れていたが、王宮にアスラン王への報告に行かなくてはいけない。王宮を留守がちのアスラン王だが、妙に勘が良いのかトリックがあるのか、王座に傲慢そのものの態度で座っている。


「父上、パロマ大学の留学から、帰国いたしました」


 そんな事は見ればわかると、ちゃいちゃいと飛ばせと手で合図するのを、宰相のフラナガンは頭痛がしそうな気持ちで眺める。


「ふ~ん、ゴルチェ大陸の西海岸は思ったより西に出ているな。ショウ、お前はパロマ大学で学んで、考えを変えたか?」


 差し出された地図を眺めて、アスラン王はショウに質問する。


「いえ、ゴルチェ大陸の南端のグレイブ岬から、ペナン島に行きたかったぐらいです。父上のお許しがおりれば、ユーカ号を中型船に買い替えて航海に出たいです」


 アスランは、ショウの危険回避能力がザルなのではないかと怪しむ。


「お前は、ゴルチェ大陸の西海岸の測量で、少しも学んでないのか」


 何度も交代させながら軍艦を差し向けたのに、全く理解していない末っ子に頭が痛くなったアスランだ。


 フラナガン宰相は、アスラン王が後継者として、華々しくデビューさせようとしているのに気づいていた。東南諸島連合王国の首都レイテから新航路の発見の航海に出させようとしている意図を、ショウが全く理解していないのに溜め息をつく。


 親の心子知らず、とは言うもののアスラン王の心など誰もわからないのだから、十三歳の王子にわかれというのも気の毒だと、フラナガン宰相は帰国の会見を黙って聞いていた。


「新航路の件は、追って沙汰をする。ワンダー、シーガル、ゴルチェ大陸の西海岸の測量、ご苦労だった。ショウに付き合い、長く故郷を離れた生活で疲れただろう。屋敷に帰って、休むが良い」


 アスラン王に言葉を掛けられて、ワンダーとシーガルは恭しく頭を下げて退出する。


「ショウ、ミヤが首を長くして待っているぞ」


 ショウはペコリと退室のお辞儀をすると、赤ちゃんの時から育ててくれたミヤの所へと走り去る。



 王座の間には、アスラン王とフラナガン宰相とレッサ艦長のみが残った。


「相変わらずショウは、呆けているな。足の遅い商船で、新航路の発見の航海にでたいとはな。レッサ艦長、お前に今建造中のカドフェル号をやろう。あれで、チビ助を東航路の発見の航海に連れて行ってやれ」


 レッサ艦長は、レイテ湾の南部の造船所で建造中の大型艦カドフェル号の艦長に任命されて感激する。


「任命、感謝いたします。命に代えても、ショウ王子の東航路発見に尽くします」


 意気込むレッサ艦長を下がらすと、アスランはフラナガン宰相に苦情を言った。


「ミヤに聞いたが、お前まで孫娘をショウの許嫁にと申し込んだみたいだな。彼奴は不器用な間抜けだから、複数の許嫁など持て余すぞ」


 傲慢な口調だが、アスラン王がショウを気遣っているのに、長年仕えたフラナガンは気付いており、この方はこういう言い方しかできないのかと苦笑する。


「シーガルの妹のファンナは未だ十歳ですから、ショウ王子がララ様と結婚して落ち着いた頃に娶っていただければ結構です」


 アスランは、フラナガンの古狐め! と内心で罵る。フラナガン宰相は控え目で優しげな口調だが、一歩も引く気がないのだと、アスランは舌打ちする。


 留守がちのアスラン王に代わって国政を支えてきたフラナガン宰相は、後継者のショウ王子に孫娘を嫁がせる意志を曲げるつもりは微塵もない。孫のシーガルから、留学中のショウの資質の高さを手紙で知ったフラナガン宰相は、後継者に相応しいと評価していたのだ。


 古狐のフラナガンを下がらせると、王座に座ったままでアスランは深い溜め息をついた。


「問題は、カザリア王国へ留学している間に、ショウが後継者ではないかという噂がレイテに流れていることだな。私が否定しなかったから仕方ないが……チッ、カリンの祖父のザハーンまでも、孫娘をショウへと言い出す始末だ。これは、ワンダーがショウの事を手紙でしらせたのだろう。まぁ、王には複数の夫人が付き物だが……」


 アスランはショウが優れた第一夫人を早く見つけないと、カリンどころではない悲惨な目に遭うぞと心配する。


「私もミヤを口説き落とせなかったらと思うと、ゾッとするな。ショウが帰って来て、ミヤは今頃大騒ぎしているだろうな」


 アスランは、ミヤが前からショウを可愛がり過ぎているのを思い出し、少しぐらい苦労しても良いだろうと肩を竦めた。イルバニア王国の王女がローラン王国に続いてカザリア王国に嫁ぐのだ。東南諸島連合王国として、北の大陸の三国が強力に結びつくのをどうするか考えなくてはならない。


「フラナガンを呼べ」孫娘の縁談を諦めないので鬱陶しくなり追い出したフラナガン宰相を、侍従に呼び戻させるアスランだった。



 その頃、アスランの第一夫人のミヤは、自分を見下ろす程に背が伸びたショウに驚いて、服の裾が短いと騒ぎ立てていた。


「こんなに、大きくなっているだなんて……」


 涙ぐむミヤに、少し照れ臭いショウだったが、三年の月日を思い出す。


「パロマ大学には、結局は半年しか通わなかったんだ。ほとんどゴルチェ大陸の西海岸の測量ばかりしていたなぁ。折角、留学させて貰ったのに、あまり勉強しなくて御免ね」


 ミヤはゴルチェ大陸の西海岸の測量などという偉業を達成したのに、全く理解していないショウに、背は伸びたけど変わってないと苦笑する。


「今夜は疲れているでしょうから、早めに休みなさい」


 ミヤに言われて、クタクタなのに改めて気付いたショウは離宮へ向かったが、シーンと静まり返っている。


「そうか、誰もいないんだ……」


 後継者争いで雰囲気が悪化した事もあったが、兄上達の不在を寂しく思った。


 侍従達に世話をやかれて、食事と風呂を終えると、疲れて眠い筈なのにララに会いたくて仕方なくなった。


「こんなに夜遅く、訪問出来ないよね……」


 ララも自分が帰国したのを知っているかなと思うと、会いたくてサンズでカジム伯父上の屋敷に飛んで行きたくなった。


『サンズ……寝てるのか』


 竜舎に入ったショウはサンズの微かな寝息に、寝てしまっているのだとガッカリした。


 常識で判断したら、こんな夜更けに許嫁を訪ねるのはマナー違反だけど、二年半も会っていないのだから許されるのではと、ショウは思ったのだ。でも、サンズでひとっ飛びならいざ知らず、侍従達を従えての外出は無理だと諦める。


「ミヤも反対するだろうから、侍従を連れて外出なんかできないよね。なんだか、ポツンと一人きりの離宮は嫌だなぁ。それとも、久しぶりで変な気がしているだけなのかな?」


 一人っきりの離宮に帰る気分にならず、サンズに寄りかかって、ショウはカザリア王国で出会った人々を思い出した。


「バギンズ教授、変人のアレックス教授、パワフルなグレンジャー教授、女性学のおかっぱ軍団、エミリーとヘインズどうなったのかな? スチュワート皇太子は、来年は結婚するんだよね。結婚式に招待されたけど、新航路で行けたら良いなぁ」


 ショウは一緒の時を過ごしたワンダーやシーガルも、帰国を待たせていた許嫁と結婚するのかなと考えながら眠ってしまった。



 フラナガン宰相と旧帝国三国がイルバニア王国の王女達との婚姻で結ばれる影響を話し合ったアスランは、少し精神的に疲れたので他の夫人の所へ行く気になれずミヤを訪ねた。


「久しぶりに帰国されたのに、兄上達が独立されて、寂しくしてないかしら? これから様子を見に行くところでしたのよ」


「ショウは、へなちょこの赤ん坊だからな」


「まぁ、酷い言いようですこと! ゴルチェ大陸の西海岸の測量をやり遂げて、とてもしっかりされてますわ」


 アスランを睨みつけて、ミヤは付いて来なくて結構ですと、ちゃいちゃいと手で追い払うが、アスランは笑って相手にしない。


 心配性なミヤが、一人っきりの離宮でショウが寂しくしてないかと訪ねてみたら、ベッドはもぬけの殻だった。


「まぁ、どこにいるのかしら? まさか、ララに?」


「侍従は何も報告していないのだろう? ならサンズと出かけたのかな?」


 アスランはララに会いに行く根性があったのかと見直しかけたが、サンズに寄り掛かって寝ているショウを見つけて、子供のままだと溜め息をつく。


「こいつは本当に変わっていないな」


「アスラン様、侍従を呼んだ方が良いですわよ」


「こんなチビ助ぐらい運べるさ」


 そう言いつつも、細いけどズッシリした重さに、アスランはうんざりした。


「男の子はつまらんな。デカくなっては、可愛くないからな」


 やはり侍従を呼びましょうと言うミヤを制して、アスランはショウをベッドに運んだ。


「チビ助のくせに重くなったなぁ、今度からは竜舎で寝させておこう」


 ミヤがショウに甲斐甲斐しく布団を掛けてやっているのを眺めながら、アスランはチビ助と呼べなくなったショウの呑気な寝顔に落書きでもしたくなったが、そんなことをしたら叱られると自制する。 

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