第19話 ゴルチェ大陸は広いなぁ

 パシャム大使は、アスラン王に少し腹を立てていた。


「ショウ王子に護衛艦をお付けになるなら、そう仰って下されば良いのに。私がお引き止めしたら、あんなに睨まれたのに……もしかして、アスラン王はツンデレ?」


 パシャム大使は、ブルブルと不遜な考えに身震いする。アスランは自分の旗艦とは別に、ゴルチェ大陸の測量をサポートする中型艦パドマ号をカザリア王国に向かわせていた。


「今頃は、ゴルチェ大陸のどのあたりを航行しているのやら……」


 時折、竜騎士のレグナム大尉からの連絡は届くものの、ゴルチェ大陸に向かって半年が過ぎていたので、パシャム大使は南の空を眺めては溜め息をつく。




 その頃、パシャム大使の心配など知らず、パドマ号は順調にゴルチェ大陸の西海岸沿いを南下していた。


 赤い大地に初めは驚いたショウだったが、ずっと同じ風景が続くので今では見飽きてきた。


「ふぅ、まだまだ先は長いよね」


 この測量の旅で一番張り切っているのはワンダーだ。


「ワンダーは、生き生きとしてますね」


 レッサ艦長に士官候補生として受け入れて貰ったワンダーは、軍艦乗務の経験を積めるので、同期の仲間に遅れずに士官になれそうだと喜んだ。


 今も、見張り台にスルスルと登り、乗組員に何か指示を出したかと思うと、あっという間に甲板に降り、次の指示を出したりと忙しく走り回っている。


 ショウとシーガルは、ワンダーの動きを見ているだけで目が回りそうだと笑う。


「ワンダーは、パドマ号の士官候補生になれて嬉しそうだね。父上は、意外と細かい所を見ておられるな」


 姪のララが船旅で風呂に入れず不自由しているのを気遣って、竜で先行して旅館や領事館で休ませたり、ワンダーが同期の士官候補生達より士官になるのが遅れるのを気に病んでいるのを、レッサ艦長に受け入れさせて解決したりと、ショウは少し父上を見直した。


「それにしても士官になるのが遅れるのって、そんなに嫌なものなのかなぁ」


 シーガルも武官では無いので、さぁと首を傾げていると、二人の会話を聞きつけたレッサ艦長がクスリと笑いながら説明する。


「士官になった日が早い者が、先任士官になりますからね。大型軍艦では何人もの士官が乗船します。同期でも、先任士官には従わなければいけませんから、士官に任命されるのが遅れると、辛い事もありますね」


 ショウとシーガルは優秀なワンダーが先に士官になったというだけの先任士官に偉そうにされるなんてと疑問を持ったが、艦長はこの遠征で軍艦乗務の日数はクリアするから、同期の中では一番に士官になれるでしょうと笑った。


「なるほどね、ワンダーが張り切っている訳がわかったよ」


 パドマ号には測量師が数人乗っていたので、ショウ達は測量の旗を立てるのを手伝ったりしながら、ドルチェ大陸を南下していた。


 食糧や水の補給ができる村は点在していたが、時々は北部に帰って町で乗組員達の休養を挟まなくてはいけない。


 ゴルチェ大陸の西海岸は、開発の進んだ東海岸と違いまともな宿泊施設も無かった。


 ショウ達も航海が続くと、風呂に入られないので、困っていた。


「ねぇ、あそこに見えるのは宿だよね!」


 シーガルは、ショウが指差す方向を見て頷く。


「宿ならお風呂がありますよね!」


 ショウはシーガルを連れてサンズとひとっ飛びする。もちろん、レッサ艦長は護衛をつけた。


 海から見た時は、他よりマシに見えた宿なのだが、どうも掃除がお粗末だ。


『サンズ、海水浴でもして待っていてね』


『良いけど、ショウが海水浴しないなら、お昼寝しておくよ』


 ショウは、昨日、サンズが水牛を丸一頭食べたのを思い出し、気分が少し悪くなったが、シーガルと宿へ向かう。


「何だか不衛生ですね」


 ワンダーは士官候補生としてパドマ号に留まったので、シーガルと護衛を連れて、宿に泊まる事にしたのだが、通された部屋にうんざりする。


 何日も洗っていなさそうなシーツを見て、ショウは眉を顰める。


「まぁ、でもお風呂に入れるのは嬉しいよ。サンズと海水浴したら、海水でベタベタするんだ。身体を侍従が拭いてはくれるんだけど、やはりさっぱりしたいからね」


「そうですね! こんなシーツで寝る気にはなりません。お風呂かシャワーを浴びてパドマ号に戻りましょう」


「風呂の支度をさせてくれ!」そうショウは護衛に命じる。


 これで久しぶりに風呂に入って、汚れが落とせると二人は用意が出来るまで、汚いシーツが敷いてあるベッドではなく、籐の椅子に腰掛けて海を見ながら過ごす。


 宿の主人は、護衛が払った金貨に目が眩んで、過剰なサービスをする。


「ご用意ができました」


 揉み手をしている主人に、ショウは嫌な感じがしたが、こんな未開の地では客はそうそう来ないのだろうと解釈して、風呂場に案内される。


「へぇ、意外と良い感じじゃないか!」


 汚いシーツで幻滅していたショウは、椰子の葉の屋根、籐の編み込み塀の風呂場の開放感に喜ぶ。


 それに、小さな木彫りのバスタブには、花が浮いたお湯がたっぷりある。


「こちら様は、彼方へ」


 シーガルもこれなら楽しみだと、主人に付いて行く。


「あっ、お前は良いよ。こんな所まで護衛して貰わなくても大丈夫」


 側にいた護衛に、休憩するようにと命じたショウは、後悔する目にあう。扉の外で警備させていたら良かったのだ。


 離宮やニューパロマの大使館では、侍従が入浴の世話もするが、ショウは本当は一人で入る方が気楽で好きだ。


 護衛を追い払ったショウは、お湯に浸かって寛いでいた。


「お背中を流しに参りました」


 突然、布切れを胸と腰にだけ巻いた、かなり年配の小太りの女が現れた。


「いや、自分で洗えます! 出て行って下さい!」


 厳しい口調で命じたが、女は訳知り顔で笑うと、スポンジに泡をつけるとショウに迫ってくる。


「恥ずかしがらなくても良いんですよ。気持ちよくしてあげます」


 あろうかとか、女は布切れを剥ぎ取り、全裸になる。


「ぎゃ~! やめろ!」


 休憩していた護衛は、ショウの悲鳴で風呂場に走る。


「何事ですか!」


 半裸で風呂場から逃げ出したショウは、真っ赤になる。風呂場から裸の女が手招きしているのを見て、護衛は事情を察した。


「やめて下さい!」


 少し離れた風呂場からシーガルの叫び声がする。ショウは、彼方にも女が乱入したのだと、ズボンを履きながら護衛に「女を追い払ってやれ!」と命じた。


「助かりました……」


 服を急いで着たシーガルとショウは顔を見合わせて爆笑する。


「二度とご免だ! あっ、レッサ艦長にこの件を報告しなくても良いからね!」


 護衛に口止めして、ショウ達はサンズとパドマ号に帰った。


「ショウ王子、泊まらなかったのですか?」


 不思議がるレッサ艦長に、風呂だけ入ってきたと簡単に告げるショウだった。


「そろそろ、北部に行って乗組員達も休憩させないといけません」


 ショウは、少しでも早くゴルチェ大陸の西海岸の測量を終えたいと思っていたが、先ほどの経験もあり、乗組員達も休憩が必要だと同意する。


「あれ、測量師はここにのこるのですか?」


 北に反転したパドマ号から、測量師の半分と護衛の一個中隊が陸に向かうのを見て驚く。


「ええ、我々が北部で休養する間も、彼らは測量を続けます」


「なら、僕も残ります。サンズがいたら、現地の人も襲ってきませんよ」


「絶対に駄目です。ショウ王子をここに残してなんか行けません」


 北部にパドマ号が行く間も、測量師は現場に残り測量を続けてるのだから、ショウは残って手伝いたいと申し出たが、レッサ艦長は許可しなかった。


 北部の町で交代で上陸休暇ができると、浮き浮きしている乗組員達を眺めてながら、ショウはレッサ艦長の判断が正しかったのだと評価する。レイテからカザリア王国まで航行してきた乗組員達は、そろそろ休暇が必要だったのだ。


「もう、半年も過ぎたんだね。一回、カザリア王国に帰らないと、パシャム大使が心配しているだろうなぁ」


 ショウはまだまだ西海岸の測量には時間がかかりそうだと溜め息をつく。


「ショウ王子が飽きられたなら、私達だけでも良いのですよ」

 

 レッサ艦長は、幼い王子には過酷な仕事だと思っていたので、つい口にした。


「今の地図とはやはり誤差があるので、測量は続けたいです。それを元に新航路の方が早いかどうか判断しなきゃいけないから、自分で測量を見守りたいです」


 レッサ艦長は、ショウの覚悟を聞き、満足そうに頷く。


「でも、一気には無理ですよ。根気よく測量しなくてはいけませんから、測量師や、乗組員達も休息が必要です。勿論、ショウ王子もです。ずっと風の魔力を使ったり、竜で陸と往復したりでお疲れでしょう」

 

 レッサ艦長は、ショウに無理をさせないようにアスラン王から厳命を受けていたので、そろそろ休息を取る時期だと判断する。


「一旦、カザリア王国に帰るのかぁ」


 ショウも測量してみて、一日にそうそう進まないのに気づいていたので、一気に西海岸を全部できるとは考えてなかったが、カザリア王国に引き返すとなると、未練たらしくゴルチェ大陸を眺めるのだった。


「パドマ号は、東南諸島に帰国するのですか?」


「そうなるだろうね、父上から帰国命令が出ている筈だ。レキシントン港で乗組員達を休養させて、水や食糧を積み込んだら帰国だろう」


 ワンダーは慣れ親しんだパドマ号と離れるのを心配したが、乗組員達はゴルチェ大陸の測量前から乗り組んでいるので、帰国も仕方が無いと諦めた。


 レッサ艦長もやりかけた西海岸の測量をやり遂げたいと思っていたので、帰国したら乗組員達を休息させるか入れ替えて続行したかったが、こればかりは自分で決定できる事では無い。


 パドマ号はゴルチェ大陸の南下を一旦止めて、北に進路をとった。ショウは帆に風を送りながら、ゴルチェ大陸は広いと実感した。

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