第9話 聴講生も楽じゃない

「パドマ号もユーカ号も、アルジエ海に入ったかなぁ」


 ショウの呟きに、ワンダーは溜め息をついた。


「パドマ号で軍艦乗務をして、士官になりたかった」

                

 王子をカザリア王国に送り届ける任務をアスラン王から受けるだけあって、レッサ艦長は優れた軍艦乗りだったので、尊敬できる上官の軍艦に当たる幸運を逃したのをワンダーは残念に思った。


 自分の持ち船のユーカ号に思いを馳せるショウと、パドマ号に未練たらたらのワンダーを、シーガルは呆れて見ていた。シーガルも東南諸島の男なので船は好きだったが、パロマ大学に留学できた事を三人の中で一番喜んでいる。


「出来れば聴講生としてではなく、正式なパロマ大学生になって思う存分に勉強したいな。でも、数学は少し苦手だなぁ」


 ショウとワンダーは理系だったが、シーガルはどちらかというと文系が得意だったので、週三回のバギンズ教授の授業が苦行になっていた。


 元々、パロマ大学は旧帝国の大学がそのまま存続した大学だったので、歴史、政治、法律とかが花形学科だ。ただし、議論好きなカザリア王国の国民性もあり、歴史科や、政治科の生徒達は議論が高じて決闘騒ぎをおこしたりするほどで、ショウの付き添いとしては歴史や政治の受講をするわけにはいかなかったのだ。


「ねぇ、シーガルもワンダーも、僕と違う講義を受けても良いんだよ」


 女性学の講義が行われる教室に向かう足取りの重い二人にショウは言ったが、直ぐに拒否された。


「ショウ様お一人で女性人権主義者達の巣窟に行かせるわけにはいけません」


「教室ナンバーからいうと此処ですね」


 ワンダーが先頭に立って、敵陣へと潜入した。


「ワンダー? 何故、立ち止まっているの?」


 ドアを開けた途端、入り口で固まったワンダーの背中にぶつかった鼻を撫でながら、ショウは不思議に思って、くるりとワンダーを避けて教室に入った。


「わぁ~、女の子だぁ!」


 大教室には、半分位の割合で女学生が座っていた。


「ショウ様、この講義は止めましょう」


 真っ赤になってワンダーは引き止めたが、ショウは可愛い女学生に目を輝かせた。


「わぁ! 金髪に栗色に赤毛! 旧帝国三国は大人になると髪を結ってしまうから、僕としては少し残念だけど、学生は束ねたりしてるけど長くて良いよね! 東南諸島の女の子とは余り話せないけど、学生同士なら気楽に話せるかな」


 いそいそと席に向かうショウに、渋々と従う二人だった。大教室の視線を受けて居心地の悪い二人は、ショウが王子様だとつくづく身に染みて感じる。赤ちゃんの頃から、女官や、侍従達に囲まれて、常に視線を浴びて成長してきたショウは、多少の視線にたじろがなかったし、可愛い女学生の髪に夢中だ。


「えっ、なんで短髪の子が! せっかく綺麗な髪を切るだなんて……」


 ショウは数人の女学生が、おかっぱに髪を切りそろえているのを発見してショックを受けた。この世界で一番気に入っているのは、女の人が全員髪の毛を伸ばしている事だったのだ。



「あら、新顔ね! はじめまして、ようこそ女性学へ」


 小柄な綺麗な白髪を耳の下で切りそろえたアン・グレンジャー教授の年齢を感じさせないエネルギッシュな声に、女の子の髪を眺めていたショウは驚いて教壇に目をやった。


「グレンジャー教授、聴講生のショウです。未だ、パロマ大学に通い始めたばかりで、どの講義を取ればわからないので、一度聴講させて下さい」


 グレンジャー教授は、東南諸島連合王国の王子が、女性学の講義に顔を出すとは勇気があると驚き、喜んだ。


「喜んでお迎えしますわ。ところでショウ、女性学とは何か知ってますか?」


「女性の人権を擁護して、女性の地位の向上や、社会進出をはかるのではないですか?」


「殆ど正解ですが、それだけでなく歴史や政治、文学を女性の視点から考え直す学問なのです。此処には何人もの女学生が聴講生としていますが、パロマ大学でも女性の学生は少ないのです。こういった現状を、どう思いますか?」


「さぁ、僕にはカザリア王国の女の子の現状はわかりませんから、何もコメントはできません。でも、聴講生と大学生を区別するのはどうでしょうか?」


 クスッと笑ってグレンジャー教授は、面白い王子様だわと内心で呟いた。


「そうですね、聴講生と大学生を区別したのではありませんが、誤解を招く言い方でしたわ。ただ、此処の女学生達の親の頭が古くて、女の子には大学など不相応だと考えているのをどう思うか聞きたかったのです」


「カザリア王国では、女の子が大学に通えると聞いたのも初耳です。ただ、親に経済的に養われている以上は、親に従うしか無いのではありませんか。親の頭の古さを愚痴っても、仕方無いでしよう。自分でお金を稼いで自立したら、好きに生きられるのでは?」


 至極当然の意見をショウは言ったつもりだったが、女学生達からはブーイングに合った。


「ショウ様、拙いですよ。そんな正論が通じる相手ではありません」


 シーガルはブーイングにショウが傷付くのではと心配したし、ワンダーは言わんこっちゃ無いと頭を抱えた。しかし、ショウの驚いた事にグレンジャー教授は、クスクス笑った。


「皆、痛い所を突かれたわね。そうですね、親から経済的に独立しないと、何を言われても仕方ありません。でも、女性の働く場所が制限されている現状では、大学に通うお金を得られないのも事実なのです。今日は、女性の社会進出について、講義をしましょう」


 グレンジャー教授は学生同士の揉め事に慣れていたので、上手く不満を抑えて講義を開始した。


 ショウは、グレンジャー教授が素敵な女性だと感じた。だから女学生達はグレンジャー教授に憧れて、同じ髪型にしたのだと肩を竦める。グレンジャー教授は素敵だし似合っているけど、真似はいただけない。


 元々ショウはショートが嫌いで、短髪の女学生にショックを受けていたが、ブーイングも彼女達が率先してやっていたのでげんなりした。


「グレンジャー教授の講義は面白いけど、短髪集団は御免だなぁ。どうしようかなぁ」


 ショウはこの講義を受講するか悩む。ショウにとっては、女性が男性と平等だと教えて貰らわなくても知ってたし、意識改革をはかる必要も無かったが、嫌そうに聞いているワンダーを見て受講しようと決めた。


「よし、受講しよう!」


「えっ、受講されるのですか」


 ワンダーとシーガルは、ショウが一度で懲りただろうと思っていたので、これからも受講すると聞いて唖然とする。


「女学生目当てですか!」


 ワンダーは失礼を顧みずに抗議した。


「う~ん、ワンダーにはこの講義が必要だよね。少し世界を見てみようよ。確かに女学生達は可愛いけど、短髪集団に髪の毛を伸ばさせられないかな」


 ワンダーは、この髪フェチめ! と、内心で毒づいた。ショウと過ごして、ワンダーもシーガルもショウの重度の髪フェチに気づいていたのだ。


 こうして、シーガルは苦手な数学、ワンダーは大嫌いな女性学を学ぶ羽目になった。


「王子の付き添いの聴講生は、楽じゃないなぁ」二人はお互いに口には出さず、溜め息を付いた。

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