第4話 パロマ大学のサンドイッチは最悪
「ショウ王子、大丈夫ですか? 長旅で、お疲れなのでしょう。お風呂にされますか、それとも船ではロクな物を食べられなかったでしょうから、お食事でも」
レキシントン港ではスチュワートが出迎えていたので簡単にしか挨拶出来なかったパシャム大使は、大使館に帰ると張り切りだした。
「このパターンは何処かで……タジン領事だぁ……」
東南諸島の官僚達は、アスラン王を畏怖していたので、ショウにも最大級のお世話をしようと張り切り過ぎて疲れさせるのだ。
「パシャム大使、サンズは無事に着きましたか? サンズを誘導してくれた竜騎士にも、お礼を言いたいのです」
パシャム大使は竜騎士は自分の仕事をしただけですと言ったが、アスラン王といい、ショウといい、竜が好きだとは変わっていると内心で愚痴りながらも紹介する。
「レグナム大尉と申します」
竜騎士独特の細身のレグナム大尉に、ショウはサンズを大使館まで連れて来てくれてありがとうと礼を言い、竜舎へと案内して貰った。
『サンズ~!』
竜への愛情を素直に表すショウに、レグナムは驚いた。レグナムもパートナーのリトスを愛していたが、船の操縦や、剣の腕が重要視される東南諸島では竜はあまり高く評価されていなかったので、自然と人前では愛情表現を控え目にするのが習慣になっていた。
『ショウ~、レグナムのパートナーのリトスに、山羊を譲って貰ったんだ。リトスは凄く優しいよ』
ショウは竜舎にいるリトスにも抱きついてお礼を言った。
「レグナム大尉、リトスにサンズを甘やかし過ぎないように注意して下さいね。竜は年下の竜に甘いのです。サンズは未だ九歳だから、きっとリトスに我が儘を言うと思いますが、僕が気が付かない時とか、留守の時はビシッと叱って下さい」
レグナム大尉は自分も竜に甘いので自信が無かったが、ショウ王子の命令を慎んで受けた。
その夜は東南諸島の慣例で、レッサ艦長や、他のパドマ号の士官達と、付いて来た商船隊の船長達も招待されて、大宴会になった。
「やはり、パシャム大使は、タジン領事と思考回路が似ている……」
パシャム大使に煩いほど世話を焼かれてウンザリしていたショウは、末席近くにいるカインズ船長達と一緒なら、山ほどのご馳走が倍美味しく感じるだろうにと溜め息をつく。
「ショウ王子、おはようございます。お目覚めの、ご機嫌は如何ですか」
ショウは朝食からテンションの高いパシャム大使にウッときたが、礼儀正しく挨拶を返した。
「パシャム大使、おはようございます。昨夜は歓迎の宴会を開いて頂き、ありがとうございます。今日の予定は、どうなってますか? 一度、パロマ大学に行ってみたいのですが」
用事を言いつけられて、尻尾があったら振り切れそうな状態になったパシャム大使は、一等書記官を呼び出してショウのスケジュールを述べさせる。
「今日はスチュワート王子が、ショウ王子をパロマ大学に案内して下さる予定になっています。パシャム大使、大学への護衛は一人までと申し出が有りましたが、如何いたしましょう」
パシャム大使は苦虫を噛み潰した様な顔になったが、独立性を重んじるパロマ大学にショウを預ける以上、不要の波風を立てたく無かった。
「それは大学内の話だろう。馬車に護衛を何人待機させようと、文句の言われる筋合いは無い。側でお守りする者は厳つい顔を選び、辺りを威嚇しろ。パロマ大学生の中には、男に欲情する変態がいるそうだからな」
ショウはそんな厳つい護衛など連れて歩くのは真っ平だと抗議したが、パシャム大使は聞く耳を持たなかった。
気の毒なほど、厳つい顔の護衛だ。スチュワートとジェームズは、ショウの後ろから付いて来る護衛の顔の厳つさに吹き出しそうになる。
「ショウ王子の可愛さを引き立てる為に、わざとあの護衛を選んだのかな?」とスチュアートは、ジェームズの耳に囁く。
ショウは大学の大きさに驚いてキョロキョロ見回しながら、スチュワートの後をトコトコと歩いていたが、シーガルやワンダーは学生達の好奇の視線に神経を使っていた。
ザッと大学の施設を案内したスチュワートは、学生食堂へと一行を連れて行った。
「少しお昼には早いですが、正午になると殺人的に混みますからね」
学生食堂は大きくて、数人の学生があちらこちらで早昼を食べていた。
「ショウ様、パロマ大学の伝統のサンドイッチを食べてみますか?」
スチュワートの言葉に、ショウは頷いた。ジェームズは良いのかなぁと思いながらも、聴講生とはいえパロマ大学に通い始めたら、このサンドイッチの洗礼は避けられないだろうと考えて、五人分のサンドイッチとお茶を買った。
「お手伝いします」
シーガルとワンダーはジェームズを手伝って、学食のカウンターからサンドイッチとお茶を、スチュワートとショウが座っているテーブルに運ぶ。
「ゼナはお昼は要らないの?」
ショウは自分の後ろを離れない護衛のゼナに聞いたが、う~うと言う唸り声の返事だけだったが、要らないと言ったのだろうと察した。
「学食では彼方の窓口で食券を買って、カウンターで受け取るのですよ」
スチュワートの説明に、ショウは少し恥ずかしそうに、値段は幾らですかと質問した。
「パロマ大学の学食は経済的に恵まれない学生の為に、かなり安く設定されています。サンドイッチで十クローネぐらいかな? もしかして、ショウ様はお金を使った事が無いとか?」
おっとりとしたショウの雰囲気に、スチュワートは王宮の奥で大事に育てられたのかと勘違いした。
「まさか! そんな温室育ちでは有りませんよ。一応、小型船のオーナーですし」
「ヘェ、船を持っているだなんて、やはり東南諸島は海洋国家なんですね」
ショウは離宮の備品を売り飛ばして小型船を手に入れたなんて、スチュワートは考えても無いだろうと苦笑する。
「さぁ、食べてみて下さい」
目の前のサンドイッチはごく普通に見えたので、どこがパロマ大学の伝統なのかわからなかったが、スチュワートの勧めで一切れ口にしたショウは吐き気に襲われた。
そのサンドウィッチは、ゲキマズだった。
口に入れた一口を目を白黒しながら、どうにか飲み込んだショウは、お茶で何とも言えない後口の悪さを取ろうとした。
「どうですか? パロマ大学の伝統的に不味いサンドイッチは?」
スチュワートも久し振りに食べたサンドイッチの不味さに顔をしかめて、ショウに笑いながら聞く。
「これは、ちょっと僕には大人の味過ぎて無理みたいです」
二切れ目に手を伸ばす勇気が持てないショウを見かねて、シーガルとワンダーが代わりに食べてくれた。ジェームズは全員にごく普通の鶏のフライや、ポテトフライを口直しに買って来て勧めた。
「あのサンドイッチの殺人的な不味さは、パロマ大学の伝統なのです」
恐る恐るポテトフライを口にしたショウは、普通の味にホッとする。
「ジェームズさん、ありがとう。でも、何故あんなサンドイッチが、伝統なのですか?」
スチュワートとジェームズも首を傾げて、何故だろうと話し合った。
「確か、あのサンドイッチは栄養学的には完璧だと聞いたことがあります。青魚と、玉ねぎ、キャベツ、ヨーグルトを発酵させてあるので、一日に必要な栄養素が含まれているとか? でも、あの不味さが懐かしいと言う卒業生もいるみたいですよ、まぁ、青春時代を美化しているだけでしょうけどね。実際に食べたら、当分はパロマ大学に足を向けないという噂もあります」
ジェームズはショウ達にお昼休みに出遅れると、このサンドイッチしか残って無いと忠告した。シーガルとワンダーは、このサンドイッチをショウには食べさせられないと、どちらかが先に学食に来て食券と席を確保しようと決めた。
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