第37話 留学準備でバタバタ

 ハッサンが十五歳になり独立すると、十四歳のナッシュと十三歳のラジックと十歳のショウだけが離宮に残った。


 ナッシュは、従姉のサリーがカリンに嫁いでいるので、他の人からはカリン派と見なされていたが、さほど熱心に跡取りに推している訳でも無い。ラジックも、ハッサンの祖父アリが失脚してからは誰の派閥ともいえない状態で、離宮はのんびりとした雰囲気だ。


「ショウ? お前は、もう、その本を習っているのか」


 ナッシュは、ショウがラジックや自分と同じ本を読んでいるのに驚いた。


「ナッシュ兄上やラジック兄上の方が、船に乗られている時間が多いからですよ。僕も船に乗りたいのに、ミヤが勉強もしなければ駄目だと許してくれないのです」


 ショウが船に乗りたいなぁと愚痴るのを兄達は笑ったが、ここまで厳しく勉強をさせているのは何故だろうと思う。


 暫くすると、理由がわかった。


「ショウは、パロマ大学に行きなさい。貴方は新航路を見つけたいと言っていたけど、キチンと地球の大きさの計算ができているのか、パロマ大学で勉強して来なさい。それと、レイテ港の埋め立て埠頭の件も実現可能か、土木技術の基礎を習って、教授や技術者と話し合った方がいいわ」


 ミヤに呼び出されて、カザリア王国への留学を告げられたショウは驚く。


「でも、僕は未だ十歳だし、大学に入学だなんて無理じゃないの?」


 ショウもパロマ大学の名前は知っていたし、外国への留学には心が弾んだが、自分の年と学力不足ではと躊躇する。


「パロマ大学に正式に入学するには、年が足りないでしょうが、聴講生としてなら受け入れて貰えるでしょう。それに、数学は若いうちの方が身に付きやすいと、聞きましたよ」


 ショウは、ミヤの部屋から離宮へかえりながら、この世界では十五歳で大人として扱われるのだから、十歳は前の世界の高校生ぐらいなのかなと、首を捻る。


 ショウがパロマ大学に留学すると聞いて、ナッシュとラジックは、もしかして父上は跡取りに考えているのではと感じた。


「パロマ大学へ留学とはいっても、聴講生なんだそうです。でも、勉強についていけるか少し不安だなぁ」


 末っ子の頭の良さは知っていたので、兄達はその事は心配しなかったが、旧帝国三国は東南諸島の結婚制度に偏見を持っているので不快な目に遭うのではと案じる。


「ショウは、旧帝国三国の変わったマナーとかも覚えて行った方が良いぞ。彼方では女がやたら外を彷徨いているから、変な女に引っかかるなよ」


「テーブルマナーも変わっていたが、レディファーストとかも変だし、お前も苦労するなぁ。だが、未だ年が幼くて正解だな。彼方では十五歳になると社交界とかで、男と女が衆人環視の中で抱き合って踊ったりするそうだ。そんな恥知らずな事をしている癖に、一夫多妻制度を野蛮だと非難するのだから、気をつけろよ」


 ナッシュもラジックも、何度も旧帝国三国に交易で訪れていたので、不快な経験も一度や二度味わっていた。男達はハーレムに興味津々だったし、外を彷徨いている女から侮蔑の言葉を投げつけられた事もあった。


「一夫多妻制度は、誤解されやすいでしょうね。僕もよく理解できてないし……」


 自国の結婚制度が理解出来ないとは何事だと、ナッシュとラジックから懇々と説教される。


「だって、許嫁とか親が決めるし……女の子だって、親が決めた相手と結婚なんて、嫌じゃないのかな?」


「お前は、賢いのに馬鹿だな。そんなの旧帝国三国だって、同じじゃないか。そりゃ、恋愛結婚とかもあるとは聞くが、こちらだって好きな女と結婚する事もあるだろ。王族なんか殆ど政略結婚だし、恋愛結婚と呼んでも身分や持参金の条件の合う女の中から、選ぶだけじゃないか。彼方も此方も同じ事さ」


「その上、離婚や再婚もなかなか許されないし、女は次々と子供を産まされて、年も取りやすいそうだ。一人しか妻を養えないくせに、他の男の妻と浮気したり、道徳も腐りきっている」


 兄上達から、旧帝国三国の悪口を散々聞かされてウンザリしたショウだった。


「あっ、母上の所に留学の件を話して来なくては……」


 これ以上悪口を聞いていたら、テンション下がってしまうと、ショウは逃げ出した。



 母親のルビィは、ショウが外国の大学へ行くと聞いて驚いたが、王宮に置いて嫁に出た時点でミヤに任せていたので反対はしなかった。 


「カザリア王国は、東南諸島と違い寒いと聞いています。風邪をひかないように、気をつけるのですよ」


 ルビィは内心では、未だ幼いショウを外国に留学させるのを心配していたが、竜心石を手に入れた時から、この子の将来は自分とはかけ離れた物になるのではと感じていた。


 その夜はラシンドの屋敷でショウの留学のお祝いをしたが、弟のマルシェと妹のマリリンは大好きなショウが一、二年も帰って来ないかもと聞かされて泣き出してしまう。


「泣かないで、多分、夏休みには帰国できるよ。それに帰国できなくても、マルシェとマリリンには手紙を書くからね。マルシェは返事を書いてくれるかな? マリリンは字は未だ習って無いだろうから、絵を書いて送ってくれるだろ?」


 二人は泣くのを止めて、ショウに抱きついて手紙を書くと約束した。弟や妹との別れは無事に済ませたが、ショウにはもう一人留学の報告をしなくてはいけない人がいた。



「ショウ様が羨ましいわ。パロマ大学には、東南諸島では手には入らない本が山ほどあるのに……」


 ショウは女の子だって勉強したい子もいるのにと、少しララに同情した。


「ララも一緒に行けたら、良いのにね」


 ララは父上がそんなの許してくれないとわかっていたが、ショウが頭ごなしに女の子は家にいるものだと言わなかったのが嬉しかった。


「ショウ様は、優しいのね。第一夫人が勉強したり、外へ出るのは許されるけど、普通は女には勉強は教養程度で良いと考えている男の人が多いのに。私は、お祖母様のような生き方は出来ないの。母上は勉強したいなら第一夫人を目指せば良いのにと笑われるけど、その母上だってパートナーになる夫を見つけられないから、父上の元に留まっているのよ。私はショウ様とずっと一緒に暮らしたいわ」


 ショウは結婚したら、ずっと一緒に暮らすものだと思っていたので、ララの言葉の意味が理解できなかった。

 

「結婚したら、ずっと一緒に暮らすのではないの? あっ、そうか、僕の母上みたいに他の所へ嫁ぐ場合もあるんだ……そうか、男の方も、女の方も、親が決めて結婚するのだから、お互いに合わない場合もあるんだ」


 ララは、ショウが自分のアプローチに、変な納得しているのに呆れる。でも、そこも可愛いとララは胸がキュンとする。


「ショウ様は、私と一緒に暮らしたいとは思われませんの?」


 拗ねた様子で俯くララにショウは慌てて、自分の考えを言った。


「僕は結婚したら、ずっと一緒に暮らすものだと思っていたんだ。ララが僕と一緒に暮らしたいなら、そうしようよ。できたら、奥さんはララだけで良いと思っているんだ」


 カリンのようなトラブルは御免だとショウは思う。


「まぁ、とてもできそうに無いけど、ショウ様のお気持ちは嬉しいわ」


「できそうに無い? だって、僕にはララしか許嫁はいないから、このまま他の許嫁を持たなければ大丈夫でしょ?」


 ララは、ショウが自分の立場がわかって無いのに呆れる。


「貴方がパロマ大学に留学するほど賢いと知ったら、他の王族や、大商人達は黙ってないわ。きっと今頃は、お祖母様のもとには山ほどの縁談が持ち込まれている筈よ。それにショウ様は風の魔力持ちだから、狙われているわ」


 ショウがそんなの困るよと動揺するのを、ララは抱き寄せてヨシヨシする。


「アスラン王の王子なのだから、他の許嫁ができるのは仕方が無いわ。でも、私を忘れては嫌よ」


 ショウは抱き寄せられて優しく諭されたが、ララは他の許嫁ができても平気なんだと妙に落ち込む。


「ショウ様?」


「ララに手紙を書くよ。返事を書いてね」


 もちろん返事を書くわと約束しながら、ララはショウと離れるのが寂しくなった。




 ショウを息子のように扱っているカジムに、留学のお祝いの宴会を催して貰いながら、ショウはララの気持ちをつかみかねていた。


 自分がが女の子なら、許婚に他の許嫁ができるなんて嫌だと思ったショウは、ララ以外の許嫁は拒否しようと決意した。


 ショウは女の子の気持ちがよくわからないし、ララ一人でも振り回されている。カリンのように何人もの奥さんなんて無理だと、ゾッとした。


 ショウは二度目のキスを思い出して、ポッと頬を染めながらも、完全にララにリードされているなと溜め息をついた。




 ショウの留学の報告は終わったが、ララの考えていた通り、ミヤの元には山ほどの縁談が持ち込まれていた。


「私の孫娘だけを許嫁にしたまま留学させるのは依怙贔屓に思われるから、二、三人増やしましょう。誰にしようかしら……」


 ショウは宴会の途中、何故か背中がゾクゾクとした。

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