第ニ章 カザリア王国の日々

第1話 パロマ大学へ

「ショウ様、そろそろ旗艦に帰りましょう」


 ユーカ号のデッキでサンズに寄っ掛かって、のんびりと帆に風を送っていたショウは、シーガルの言葉に立ち上がる。


「カインズ船長、旗艦に帰るよ」


 サンズに乗って旗艦パドマ号に帰るショウとシーガルを見送りながら、カインズ船長はチェッと舌打ちした。風の魔力持ちのショウが居なくなった帆が萎んでいくのを見て、帆の角度を調整する命令を怒鳴り散らしているカインズ船長に、乗組員達はマストを登りながら首を竦めた。


「何も他の船に乗らなくても、ショウ様には自分の船があるのによぉ」


 カインズ船長のぼやきに、インガス甲板長も同感だったが、お供の御学友まで寝させる個室が無いユーカ号では、王子様ご一行を乗船させられないのは仕方ないと宥める。


「だから、偉いさんの息子は旗艦に乗せて、チビ助だけユーカ号に乗れば良いんだよ」


 自分で口に出した瞬間に、アスラン王の王子ほど偉いさんの息子はいないと気づいていたが、一緒に海に出ながら他の船にショウが乗っているのが我慢出来ないのだ。


「ユーカ号は愛しているが、そろそろ中型船を買わなきゃな……」


 アスラン王は、ショウがユーカ号でカザリア王国のニューパロマに行きたいと申し出たのを、あっさり却下した。


「お前には付き添いとして、シーガルと、ワンダーが同行するのだぞ。ユーカ号には、個室は一室しか無いだろう。私は三人で一部屋使おうと、床でも、ハンモックで寝さそうと構わないが、彼奴等の爺さん共が文句言いそうだ。そんなの面倒くさいので駄目だ。どうせ護衛艦が同行するのだから、其方に乗れ」


 ショウのパロマ大学留学には、フラナガン宰相の孫の十三歳のシーガルと、ザハーン軍務大臣の孫の十四歳のワンダーが同行することになり、お目付役やら、護衛とかも、選定されていた。


「ねぇ、ミヤ、少し人数が多すぎない? ニューパロマには、大使館もあるんだろ。護衛とかは、要らないのではないかなぁ」


 ミヤは外国で誘拐でもされたらと、ショウに懇々と説教する。


「大使館にも護衛はいますが、ショウを大学に護衛しなくてはいけないのですから、増員が必要です。それに、ニューパロマにはローラン王国の餓えた難民が流れ込んでいますから、大使館も厳重に警備しなくてはいけません。東南諸島連合王国は貿易を仕切っていますから、金持ちだと思われています。そこの王子を誘拐して、身の代金をとろうする輩がいないとは言えませんもの」


 ショウは旗艦パドマ号に帰りながら、護衛艦が出るならと同行した中小の商船を眺める。


「ショウ様、他の商船も順調に航海しているみたいですね」


 ショウはそうだねと頷きながら、シーガルと、ワンダーがショウ王子様と呼ぶのに苦労したのを思い出して苦笑する。十三歳のシーガルはスラッとした長身の落ち着いた少年で、ショウの学友に相応しい賢さと、物腰の柔らかさを身につけていた。


「シーガル、ショウ王子のパロマ大学留学に、付き添いとして同行しなさい。カザリア王国で、ショウ王子がトラブルに巻き込まれないように気をつけて差し上げるのだぞ。カザリア王国の国民性は議論好きだから、東南諸島の結婚制度にも議論をふっかけてくるだろうが、お前はショウ王子を御守りする立場だという事を忘れてはいけないぞ」


 宰相の祖父に細々注意されたのはウンザリだったが、パロマ大学に留学できるのは嬉しかった。引き合わされたショウ王子と話してみて、十歳と思えない程の教養を身につけていたのに驚いて、流石にアスラン王の王子だと思ったが、ショウと呼ぶようにといわれたのには閉口してしまった。


「ショウ王子、私は身分の高い方を呼び捨てにはできません」


 同じくショウ王子の同行者に選出されたザハーン軍務大臣の孫のワンダーは、軍人の家系に育ったらしい四角四面の返事を返したが、第六王子は可愛い顔をしているのに言い出すと聞かなかった。


「だって、二人は僕と一緒に大学に通うのでしょ? ずっとショウ王子なんて呼ばれたら、周りの人達も僕の扱いに困るよ。それに王子ったって第六なんだから、貴方達の方が将来重臣とかなるかも知れないじゃないか」


 シーガルは重臣になろうと、王子とは身分が違いますと説明したが、全く聞く耳を持たないショウに根負けした。ワンダーは頑固に拒否していたが、なら命令すると言い出されて降参した。


「では、ショウ様と呼ばせて貰います」


「ショウで良いのに……」


 名前の呼び方を決めるだけで、大変だった顔合わせを思い出して、シーガルは苦笑したが、一緒に過ごすうちにショウの事が大好きになっていた。


「未だ、ショウ様は帰艦されないのか。シーガルが付いているのに」


 ワンダーは軍艦に乗っているのに、お客様扱いなのに苛ついていた。


「本当なら士官候補生として、パドマ号に乗船したかったなぁ……」


 王子の旗艦なのだから当然だが、パドマ号は最新型の中型軍艦で、ワンダーはきびきびと働く士官や士官候補生に羨望の目を向ける。


「ワンダー、ショウ王子は未だユーカ号か?」


 パドマ号のレッサ艦長は、ショウ王子の気紛れにはかなわないと溜め息をつく。


「レッサ艦長、ニューパロマまで私を士官候補生として扱って頂けませんか」


 レッサ艦長は軍務大臣の孫のワンダーを、何故アスラン王はショウの留学の御学友に選定したのだろうかと首を傾げた。


 フラナガン宰相の孫のシーガルは、御学友に相応しいと思うが、ワンダーは根っからの軍艦乗りだ。パロマ大学に留学するより、士官候補生として軍務のスキルをあげて、士官に早くなりたいだろうと同情していたのだ。


 レッサ艦長は知らなかったが、アスランは息子を商船で新行路発見の冒険に出すつもりは無く、若い士官候補生のワンダーに一緒にパロマ大学で地球の大きさを勉強させたいと考えたのだ。



 いきなり孫をショウ王子の留学の御学友に選出されて、有り難く引き受けたザハーン軍務大臣だったが、相変わらずアスラン王の考えはわからないと首を傾げた。


「カリン王子、アスラン王は何を考えておられるのでしょう」


 今頃、ショウはプリウス運河を通っている頃かなと想像していたカリンは、祖父の言葉に苦笑した。


「父上の考えなど、誰にもわかりません。でも、ワンダーはショウと一緒にいたら、成長すると思いますよ。彼奴は少しボンヤリしてますが、父上の才能を一番受け継いでいますから」


 プライドの高い孫のカリンの言葉に、ザハーン軍務大臣は驚いたが、少し考え込んだ。


「もしかしたら、アスラン王は……」


 ぶるぶると頭を振って、王位後継者問題に口出ししようとして、財産を一部没収された上に故郷の島に引退させられたアリを思い出した。


「触らぬ神に、祟り無しだ」


 海賊船を討伐するより、商船隊の護衛をして金儲けしていたのを見抜かれた時の、アスラン王の心を射抜くような眼光を思い出したザハーン軍務大臣だった。

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