第2話 瞼の母 


 三歳までにショウは少しづつ言葉を学習して、完璧に理解出来るようになった。どうやら傲慢なアスランが自分の父親であることと、東南諸島連合王国の国王だということも知った。

「僕って、王子様じゃん」

 責任とか大嫌いな翔は一瞬焦ったが、第六王子と知ってホッとする。

「第六王子なら、国王とか関係無さそうだものね」

 呑気に綺麗な女の人の髪の毛を触り放題だったショウだが、四歳の時に、ミヤが自分の母親じゃないと知ってショックを受ける。

「ショウに、弟が産まれましたわよ」

 父王の後宮には沢山の夫人がいるから、王子や王女が産まれても不思議では無いだろうと、ショウは関心を持たなかった。

「誰が産んだの?」

 一応は聞いておこうと、ミヤに尋ねる。ミヤがわざわざ口にしたのだから、何か自分が知っておくべき情報なのだろうとショウは察したのだ。

 ミヤは後宮だけでなく、父王の個人の財産も管理運用していたので、何時も忙しそうにしている。

 前世も、両親は仕事で忙しそうにしていたなと、ショウは少し寂しくなる。翔だった時も両親共に医者の家庭は、お手伝いさん任せだったと悲しくなる。

「ショウの母上のルビィ様がラシンド様の息子をお産みになったのですよ」

「母上のルビィ? ミヤが母上では無かったんだ」

「まぁ、ショウの母上はルビィ様ですよ」

 何とはなしに、そうかなと感じてはいたが、はっきり聞かされるとショックだった。

「ミヤが母上で無くても、大好きだけど……僕の母上は、どこにいるの?」

 ショウの疑問は、すぐにミヤによって答えらる。

「もう少し大きくなられたら、ラシンド様のところに母上や、弟君に会いにいけますよ、楽しみですね」

「へぇ、ラシンドという男の所に母上は居るんだ」

 ショウは後宮に次々と新しい女の人が来ては、いつの間にか居なくなるのは、こうして余所に追い出してるからだと思った。めったに会うことの無い父上が、母上を追い出したのだと誤解した。

 何故なら、ルビィが母上だと知ってから、あれこれとショウに甘い女の人に質問してみたが、小さな島主の娘で綺麗な人だったという漠然とした情報しか手に入らなかったからだ。

 後宮に置いておく価値が無かったのだろうと思った。

 後宮に残っている側室は、美貌は勿論だが、賢いとか、実家の後ろ盾が凄い人が多かったのでショウは誤解した。気の毒な母上は、自分を泣く泣く手放して、ラシンドとかいう商人の元へ払い下げられたのだと思った。

「ショウ様、海へ参りましょう」

 母上の事で落ち込んでいる様子を心配して、女官達は海水浴に誘った。綺麗な女官達との海水浴はショウのお気に入りで、誘われると断れなかったが、何時もよりは楽しめない。

 ファミニーナ島にある首都レイテを見下ろす丘にある王宮の裏手は海に面していて、ショウは後宮の女官達と海水浴によく行っていた。

 海でパチャパチャ遊んでいると、崖の上から海にダイブする人影が見えた。

「あれは第一王子様かしら?」

 若い女官達は遠目に見える人影をあれこれ推測していたが、ショウは出来の良い兄上達にウンザリする。

 前世でも三男で、上に二人の出来の良い兄がいて、医者の家系なのに美容師になりたいと口にするショウは味噌っかす扱いだった。

「でも、今度は5人も兄上がいるのは、ラッキーだったな。国王とか間違っても御免だもの」

 第一王子が確か十三歳で、第二王子が十二歳、後は十歳、九歳、八歳と年子だった筈だと、ショウは遠目に見た人影は誰かなと水際でパチャパチャしながら、ぶつぶつ呟く。

「ショウ様とこうして居られるのも、あと少しね」

「私達を、忘れないで下さいよ」

 綺麗な髪の女官達に抱きしめられて、ショウは訳がわからなかった。

「何故、そんな事を言うの?」

 波打ち際でパチャパチャしている可愛いショウに、黒眼勝ちの瞳で見上げられて、胸がキュンとした女官は抱き上げて説明する。

「ショウ様は男の子だから、王子様方がお暮らしの離宮に五歳になったら移られますわ。女の子だったら、ずっと一緒に居られたのにね」

「離宮で他の王子様方と勉強したり、武術を習ったりするのですよ。きっと楽しいですよ」

「え~、せっかく綺麗な女の人に囲まれているのに……」

 たまに会う兄上達もショウのことを可愛がってくれるが、綺麗な女の人との暮らしの方が望ましいのは明らかだ。








 何となく元気の無いショウの様子に、ミヤは気づく。




「海水浴でお疲れですか?」




 ショウはミヤに抱きついて、綺麗な黒髪を撫でながら、女官達に聞いた話が本当なのかと尋ねた。




「ミヤ、僕は兄上達の離宮に行くの?」




 ミヤもルビィが赤ちゃんのショウを置いて嫁いでから、ずっと世話をしていたので手放し難く感じる。しかし、東南諸島では、男の子は経済的に自立しなければ価値がないので、五歳から厳しく教育を受けるのが一般的なのだ。




「ええ、五歳になったら離宮で兄上達と勉強をしなくてはね。そうですわね、母上にも会いにいけますよ。後宮では無いので、街にも出れますしね」




 母上には会ってはみたいけど、大好きなミヤと別れるのがつらかった。




「ミヤには会えないの?」




 寂しそうに見上げられて、ミヤは胸が締め付けられるような気持ちになる。




「まぁ、会えますよ。王子様方の教育も、第一夫人の仕事ですもの」




「なら、平気だよ」




 ミヤは少し甘やかし過ぎたかしらと少し不安を感じたが、抱き付いてきたショウをヨシヨシするのだった。 

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