1話 メルクリア・リリーの旅行記/異世界ファンタジー
<あらすじ>
メルクリア・リリーを自称する「私」によるオーゼルシア大陸の地方都市を巡る旅行記。
<レビュー>
いわゆる旅行記風小説であり、メルクリア・リリーこと「私」による緻密な描写が売りになっている。
オーゼルシアの東側から西側へと旅する彼女の旅行記には、ある特徴が存在する。
このオーゼルシア大陸の存在する世界には、現代でいう産業革命が存在した。二十年ほどまえに起きた電光石の発明によって起きた大革命は、現代と違う道筋を辿っている。
空には船の形をした飛空挺の出港式が行われ、人間の代わりに電光石を搭載した機械人形が生まれつつある。
その一点において異世界ファンタジーとして機能しているのだ。
メルクリアの旅行記はそんな地方を旅する形式で語られる。
実際にオーゼルシア大陸の地方菓子や祭りといった特徴だけでなく、町の様子や石畳の色合い、建物の色、そこで出会った人々など、彼女の思い出話は秀逸なエッセイといってよい。
電光列車の中で売られている「ぼろぼろとこぼれるバター風味のクッキー」など、味まで再現されそうなほどである。
また、かつて産業革命当時に姿を現わした大怪盗「夜の紳士」が存在し、メルクリアは時折その足跡を辿るのだ。「夜の紳士」は今でも人気があり、メルクリアも結構なファンの一人のようで、当時の資料をもとに饒舌に語ってくれる。
これらの細かいことまで加えてあまりに当然のように語るので、オーゼルシア大陸が実在しているのではないかとすら思えてくる。
作者によると実際の仮想地図を描き、その足跡が正確になるように作ったというので驚きだ。そこまでするのかと思ったが、もともとはイラストつきの同人誌用だったのを流用したらしいので納得である。
また、メルクリア自身に対する描写も旅で出会った人々の発言などから推測できるようになっていて、二章「アドア地方」の途中でようやく十七歳の可憐な少女であることがわかる。
さて、このメルクリアの旅路だが、実はもう一つの主題が隠されている。
メルクリアが旅に出たきっかけは、父親から渡された本に挟まれていた手紙だというのだ。その手紙の詳しい内容は明かされていないが、もう一つの手紙を父親の知人に届けることだけは書かれている。だが手紙の内容は確実にメルクリアの興味を引き、旅路の過程で次々とその謎を解き明かす方法がとられている。
伏せられた内容もなんとなく推察できるようになっているが、それは各地の産業革命当時の建物(あるいは今は歴史資料館などになっている)などに存在しているらしく、彼女の知識の広さと推理力、洞察力の高さが窺える。
たかだか女性一人の珍道中と侮るなかれ、その道や当時の研究者には垂涎モノの一作となっているのである。
……うーん、まるでメルクリアが実際にいるかのような感覚になってくる。
さて、ネタバレありとしたからには、これから先はこの物語の最後を語っていきたいと思う。
これ以上読みたくないという人は、お手数だがブラウザバックで次の話に向かってもらいたい。
では、よろしいだろうか。
この話のネタバレといこう。
<ネタバレ>
旅行記は彼に資料を渡すところで終わっている。
その真相に触れているのが最後の章である。
ここまで読むと、前書きの部分において語られたことが理解できる。
「この物語は編集部のポストに入れられていた」とのことだが、この時、編集部は世界を巻き込む大騒動の記事にかかりきりであり、あまり重要視していなかった。
それは電光石発明者として名高いベル博士に対する告発だ。主に殺人と研究の横領、そして詐欺の容疑であり、これほどセンセーショナルな事件はなかった。
その告発を行ったのが、最後に出てくる父親の知人であるグレース警部である。
そしてこの旅路が、告発の証拠集めであったと思い知らされるのだ。
また、グレース警部に行われたインタビューによると、メルクリアと思われる少女は、「紳士の忘れ形見」を名乗ったというのだ。グレース警部は資料を受け取って更に驚愕し、前を向いた時には少女の姿は消えていた。
そこには一輪の花と、「紳士」の予告カードが残されるばかりだったという。
そんな裏側の構造があきらかにされて終わる本作だが、それでなくとも異世界エッセイ風旅行記としても充分楽しめる。
二作目が無いかを探してみたのだが、作者によるとこれで終わりとのことで、残念極まりない。
怪盗の忘れ形見メルクリアのエッセイ第二弾。単純にまた読んでみたいものである。
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