第10話 最弱勇者と訓練

 今俺とマナーがいるアルティカーナ要塞は《自由な世界》の中にいくつもある軍事施設の中でも特に強力な力を持った超弩級の要塞だ。


 何キロにも及ぶ巨大な壁のように展開される要塞は隣国である大国アダラクトスの攻撃に対抗するために作られた。その戦力は小国にも及ぶという。


 何万といる兵士を鍛え上げる演習場が要塞内に作られておりその広大さが伺え、また、他にも補給基地から新しい兵器を製造する魔術研究所もあり、魔力兵器や魔導兵なども完備されている、もはやぼくのかんがえた最強の要塞である。


 そして今俺とマナーはアルティカーナ要塞の演習場にいる。

 射撃訓練をする音や格闘訓練をする男たちの生々しい声が響き渡る。


 その中で一人の男が声を掛けて来た。


 濃い髭を生やした強そうなおっさんだ。


「やや!お嬢!久しぶりですね!今回はまたどんな御用で?」


「あ、サジスおじさん!いやぁ、またお父さんの用事でして」


「スルトさんが直々に?本部にも滅多に顔出さないのに珍しい」


「お父さんは自分から働こうとはしませんからねぇ。自分の興味のあることしかしないので」


「んー、まぁそのことはとりあえずおいておきましょう。それで?そこのお二人は?」


 サジスと呼ばれたおっさんは俺たちの方を指差す。


 どうやら俺たちのことを言っているようだ。


「あぁ、この二人ですか。実は私がお父さんとはぐれて探していた時に偶然会ったんですよ。そこの女の子の方が変態に襲われていたので私が助けたんです。そしてその保護者さんです」


「へぇ、そんなことがあったんですか」


「えぇ、それでこの二人冒険者らしくて、今日泊まる宿が無いらしいのでここに連れて来たんですよ」


「なるほど」


「では私はこれから少し用があるので話はそれが終わったあとにしましょう」


「そうですね。それではお嬢、また後で」


「はい」


 それからシェイミーは色んな人に話しかけられては中が良さそうに喋っていた。


 恐らくこの場にいる兵士ほとんどと面識があるのだろう。 


 これも彼女が持つ人望か。


 俺達はそんなシェイミーに感嘆としながら後をついて行った。


 不測の事態に対応するためか様々な地形の演習場が設備されており、俺たちの来たところは、周りがコンクリートの壁で阻まれた少し狭い演習場だった。


 一対一で訓練できるようになっており、決闘などにも使われるらしい。


 シェイミーは洋服の裏側から刀のような形状の武器を取り出した。


 と言うよりどう見ても刀だ。


 俺が剣を見ているとシェイミーは少し頬を染めた。


「この武器、珍しいでしょう?東の小国の武器で、カタナって言うんです。私が15歳になってやっとまともに剣が使えるようになった時にお父さんが買ってくれたんです」


 まぁ戦争で外国に行った時に買ったのでお土産みたいなもんですけどね、とシェイミーは付け加える。


 シェイミーは嬉しそうに自分の父親の自慢をしながらカタナを見つめていた。


 きっとこの家族は幸せなのだろう。誰もがそう思うに違いない。


 これもかの最強の人間が作り上げた成果なのだ。


「良いお父さんですね」


「はい!私はお父さんの娘でとても幸せです」


 シェイミーは太陽のような笑みを浮かべた。


 うん。こいつは美少女だ。お父さんもさぞ幸せだろう。


 まぁ俺にとってはマナーが一番だけどな。もう娘みたいなもんだ。まだ出会って3日も立ってないけど。


「さて、そろそろ訓練始めますよ。準備は良いですか?」


「はい!」


 シェイミーの目が鋭くなる。


 こんな小さな少女に気圧されるのか……流石にスルト・アルバレアの娘か。


 俺は小さなナイフを持って構える。構えると言っても前に出すだけだ。


「貴方の得物はナイフですか、まぁ何だって良いです。さぁ!訓練開始です!」


 俺とシェイミーの訓練が始まった。








 とでも思ったか。




 全ステータス5の俺がレベル60相手に訓練になるわけないだろ。避ける前提でゆっくり振られたカタナに掠っただけでラッキーエンジェルぶっ壊れたわ。


 ちなみにラッキーエンジェルとは体力が1になる攻撃を受けてもその時の体力が2以上あったら1残して必ず生き残るというアイテムであり、序盤は貴重だが強くなってくるとそれほど入手に苦労しないレアアイテムだ。俺はこいつを昔イベント前に大量に買い込んだことがあった。あの時は結局あんまり活躍しなかったが、今はそれに感謝している。


「避けてくれる前提で振ったつもりだったんですが、申し訳ありません」


 避ける前提のカタナの動きが見えなかった。これいかに。


 しかし、今日だけで何度命の危険にさらされたことか。


 俺は演習場の端っこで寝込んでいた。

 シェイミーは今、マナーを鍛えている。


俺を強くするのは諦めたのだろう、そもそもレベル283レベである俺がレベルアップするのは至難の技で、爆弾使ってスライム倒してっても1レベルアップするのに途方もない時間がかかることは簡単に想像できた。



 くうぅ……ベリーシット!!!



 ◇



 ……カグラさんは本当にスライムより弱いようだ。


 私でさえ刃の当たった感覚など無かったのにどうやら少し掠っていたようでカグラさんはその場にバタリと倒れてしまった。


 これには流石に驚いた。


 今までの人生でこんな弱い人初めて会った。


 と言うかもう弱いなんてもんじゃない。


 私のお父さんが最強の人間ならさながらカグラさんは最弱の人間と言ったところか。


 失礼だと思っていてもついついそう思ってしまう。


 それほどまでに弱いのだ。


 とりあえずカグラさんを助けようか。


「カグラさん、大丈…」


「カグラッ!?大丈夫!?」


 …が、私より先にマナーちゃんが動いたようだ。


 マナーちゃんが涙目になりながらカグラさんに呼びかけている。


 胸にふつふつと罪悪感が走る。


「マ、マナーちゃん…ごめ…」


「シェイミーのバカ!!」


「……ぐすっ」


 あまり感情を見せないマナーちゃんがとても恐ろしい形相で私を睨んだ。


 またマナーちゃんに嫌われてしまった。ぐすぐすと涙が出てくる。


 あぁ恥ずかしい。人の前で泣いてしまうなんて。


 私は昔から人より弱虫で泣き虫だった。周りの子供たちは皆して私をからかった。


 でもそんな私をいつもお父さんが助けてくれていた。


 最近は強くなって、心も成長したと思ってたのに。


 すると気絶したカグラさんを部屋の端っこに持って行っていたマナーちゃんが心配そうにこちらを見てやって来た。


 しゃがんでシクシク泣いている私に腰を合わせて顔を見つめた。


「シェイミー……言いすぎたごめん」


「……こっちこそごめんなさい」


「大丈夫、カグラはああ見えて結構丈夫………じゃないけど大丈夫」


「マナーちゃん、言ってる意味がわからないよ」


 私はつい面白くなって吹き出してしまった。


 それを見てマナーちゃんは不機嫌そうに睨んだがすぐいつもの無表情に戻った。


 しかし無表情のマナーちゃんは何か決意を込めた表情に見えた。


 微かに決意を感じる表情でマナーちゃんは言った。


「シェイミー、私を強くして」


「へ?マナーちゃんをですか?」


「うん。カグラを守らなきゃ」


「女の子なのに…」


「良いの。私はカグラを守りたい」


「……そうですか」


 はぁ、と私はため息を吐き出す。


 しょうがないですね、じゃあ、マナーちゃんを鍛えてあげますか!


「わかりました!では動けないカグラさんのかわりにマナーちゃんを鍛えてあげましょう!準備は良いですか!」


「うん!」


 私とマナーちゃんの訓練が始まった。


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