第3話1部 覇王の如く

 ある晴れた昼下がり。

 峠に続く道。


――あの坂を登れば、海が見えるんだ。


 荷馬車は朝からトコトコ歩いていた。

 だって空はこんなに青いんだから。

 坂の上の空には、カモメが翼を広げているんだ。


 あの大空へ、翼を広げ、飛んでいきたいなぁ……。


「新市長がまた壊れた」

「……現実逃避、しない」


 荷馬車を引いて、俺といつぞやの列車の売り子二人組が歩いていた。

 新市長就任に伴い、急遽雇用したスタッフだ。

 愛想がいい方がシータ。無口な方がサーティと言う。

 ちなみにこの二人、親子だそうだ。


「大人なんだから、お仕事頑張りましょう。ね~市長さん」

「……がんばれ」

「まあ、乗りかかった船ですからねえ」


 峠の先にあるのは海じゃあない。

 海はもっと遠くにある。

 あるのは、山賊の砦だ。


 そう、山賊だ。

 裸に毛皮のチョッキを着て、斧を片手に山から出てきて強盗を働くあれだ。

 臭くて汚くてボサボサ頭で泥棒ヒゲのあれだ。

 あれを今から退治しに行くのだ。


 誰が?

 俺が。


「どなどなどーなどーなー」


 心が折れそうになる。

 どうしてこんな事になったのだろうか。


「だからー。もう一回説明してあげてよ。ママ」

「……人が足りない」


 ちなみに、サーティの方が母親だ。

 逆かと思っていた。

 少し小さいし。

 ゴブリンは年齢が分からない。


「税金、とりたい。制度、変えたい」


 前市長の市政はとんでもないどんぶり勘定だった。

 市長は自分で商売をして、その金が市の財産の大半だった。

 後は、市民の有志で集めた金や人員が全てだ。

 税金とか無い。

 治安は市長のポケットマネーから流れ者を雇って、細々とした事件を調べさせる。

 大きな事件になると、市長自らが解決をしていたらしい。


 代表者兼出資者兼保安官が市長の仕事だったらしい。

 無理だ。

 俺には絶対無理だ。


 前市長自身も、街の発展に伴って限界を感じていたところ。

 渡りに船の政権交代である。


 そこで、『どさくさ紛れに法律を定めよう』


 という事になった。


「そのための、支持率稼ぎ」


 前市長は専守防衛が基本だった。。

 周辺を平定したりとかする余裕が無かったのが本当の所だ。


 で、新市長としては、前市長とは違う所を見せねばならない。

 それで、山賊を潰して安全を確保。ついでにその山賊を労働力として取り込む。

 そうやって支持率を上げつつ、税金なんかの制度を通す。


「なんだか物凄い綱渡りな気がしてきたぞ」

「大丈夫! 失敗したら一緒に夜逃げしてあげます!」

「……あげます」


 大丈夫かなぁ。

 能天気にきゃいきゃいと騒いでいる二人を見ると、余計に不安になる。

 なお、山賊討伐の発案者はヘリアディスとサーティの二人。

 心配だ。

 この二人の考えで本当に大丈夫なんだろうか。


「魔法使いを信じなさいって。ねー、ママ」

「……ねー……」


 サーティは魔法使いである。

 サーティの出来る事は算数である。

 少なくとも、四則計算とそろばんは出来る。

 そしてここでは、数学は何故か魔法カテゴリだ。


「どうして、数学は魔法なんですかね?」

「同じものを大きくしたり小さくしたり出来る。だから、魔法」


 赤字決済を数字のマジックで黒字に変えたりできるからなんだろうか。

 事務所を開いていた時は、会計士の先生には非常にお世話になりました。

 奥が深い話である。

 業が深い話でもある。


「ああ、到着してしまった……」


 そんな話をしている間に、荷馬車は峠を超えていた。

 そこから見える位置に、木製の小屋がある。

 小屋の周りには堀とか木の壁が設けられ、見張り台やねずみ返しや銃眼らしいものも見える。

 手作り感満載。

 秘密基地感満載。

 ちょっと、ここ住みたい。


「えー。山賊の皆さん! 新市長がご挨拶に来ました~!」


 シータがメガホン片手に大声を出す。

 サーティお手製のメガホンである。

 特に機械的な拡声機構はついていないが、シータの地声が大きい事もあって、声は峠に朗々と響く。

 ちなみにこれも魔法らしい。

 魔法の基準とは一体……。


「新市長からは一つです~! 今すぐ武装解除して真面目に働きましょう! 仕事もご飯も沢山ありますよ!」


 シータの声に合わせて、荷馬車の覆いを開く。

 並んでいるのは寸胴鍋。それに簡易の窯と焚き火用の薪。


「じゃあ、始めますか」


 さっと窯を用意して、寸胴鍋を火にかける。

 すぐに、くつくつと煮え立つ音がしはじめる。

 蓋を開けると、薫り高いスパイスの匂いが周囲に広がった。


「……おい。なんだあれ」

「美味そうな匂いだぞ」

「降伏すれば食わせてくれるって事か?」


「皆様のためにぃ。本日はカレーを用意しました! 市で働いてくれるなら、毎日でも用意しますよ~!」


 カレーは覇王だ。

 どんな料理も、カレー粉を入れた瞬間にカレーに変わる。

 パンもドリアもうどんもそばも、おでんですら。

 カレー粉を入れればそれはカレーだ。


 疾きこと風の如く。

 静かなることハヤシの如く。

 侵略すること火の如く。

 動かざること山の如く。


 カレーはまたたく間に食物をカレーに変える。

 まさに風林火山。

 食卓に現れた孫子の兵法だ。

 武田信玄だ。


 カレー武田の騎馬隊が、匂いの一番槍で砦を攻める。


「……うまい食い物が出るなら、仕事しようかな……」


 効果は絶大だ。


「山賊……食い詰めてやってるの。ほとんど」


 ぼーっとしてるように見えて、ちゃんと考えてるんだな。サーティは。


「それほどでもある」


 あるのか。


「それより。そろそろ親玉」


 さすがに親玉は真面目に働く選択肢は無いか。

 そうであってくれると、とても助かるんだが。


「てめえら! 下らねえ事言ってるんじゃねえ! 俺様の言う事が聞けねえのか!」


 親玉は斧を持っていた。

 毛皮のチョッキを着ていた。

 ヒゲも生えていた。


「頭は牛かぁ」


 ミノタウロスだった。


「なんだぁ! てめえ、なんだコラァ! やんのかコラァ?」


 しかも言葉通じない系の奴だ。


「……【暴食フードファイト】。しよう」

「了解です」


 親玉はのこのこと砦の外に出てくる。

 向かい合って、角をぶつけんばかりにメンチを切ってくる。

 こういうメンチはいらないんだよ。


 俺が欲しいのは、肉汁たっぷりのメンチカツだ。

 サクサクとした衣を噛み切ると、熱と旨味を凝縮した肉汁が襲ってくる。

 そして、合挽き肉の柔らかい歯ごたえ。

 ソースをじゅわっ、とかけるとその匂いだけでご飯一杯はいける。


 考えてみれば、カツとハンバーグの合わせ技だ。

 美味いに決っている。

 そこに、甘じょっぱいソースが絡みつく。

 美味い。美味すぎる。


 ああ、美味いメンチの味を思い出すだけで……。


「腹が……減った」


 ほどなく、山賊の砦が一つ消滅した。

 残った掘っ立て小屋は、街がそこに広がるまでは、隠れ家代わりに使う事にした。

 いいよね?

 市長権限でそれくらいできるよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る