樹々

紀ノ川 つかさ

プロローグ

プロローグ

 自分の命がもう長くないことは、この子を胎内に宿す前に分かっていた。

 施設での長い生活を終えて、心の病は治ったように思えた。再び自由を獲得したつもりが、今度は体が病に冒されていた。

 それは、人を殺傷しても罪には問われなかったことを知った神様が、当然の罰として自分に与えたもののようだった。

 自分の人生は終わったと思った時、この子が宿っていた。信じられなかった。父親が誰かすら分からない。そもそも、子供ができるような行為をした覚えもない。でも、自分の記憶は当てにならない。普通の生活なんて、今までできたことはなかったから。

 産まないということは、考えられなかった。自分がこの先短くても、父親がいなくても、育てるあてがなくても、本能のようなものが産むことを選ばせていた。自分の残った命は、すべてこの子のためにあるのだと。

 ベビーカーに子供を乗せて、公園をゆっくりと歩いている。きれいに並んでいるポプラ並木の下を通る。その光景は、どこか懐かしい。あれは一枚の大きな絵画だった。自分はあの絵の描き手との絆を引きちぎった。でも、自分は守られている。この樹々に守られていると感じている。

 あの絵が表したのは世界の全てだったし、この子はあの、樹々の世界から来たのだ。

 それは遠い遠い、宇宙の果てだ。

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