第2話 平穏

 雲1つ無い空。


 今日ローリエとブラッキオは大熊狩りに出ることが決定した。

 城内の馬屋で俺が2人に馬を用意した頃には、太陽が西に傾き始めていた。


 ローリエには、彼の馬アルブスを。

 そしてブラッキオは何でも乗るので大きめのやつを適当に1頭用意した。


 アルブスは美しい白銀色の毛並みを持ち、馬場のどの馬よりも早く走る馬だ。

 そして何よりこいつはローリエ以外の言う事をまるで聞かない。

 馬屋から引っ張り出すのも一苦労だった。あとこいつは人参の味にうるさい。


 逃げようとするアルブスを引き止めようとしていると、ローリエがやってきた。


 アルブスは主人の姿を目にすると態度が一変した。

 この時だけは他の馬と同じように言う事を聞いてくれる。いつもそうだ。


「会いたかったぞ、アルブス」

 ローリエがアルブスの首を撫でてやると、気持ちよさそうに鼻を伸ばした。


 ブラッキオも新しい装備に身を整えて馬を取りに来た。

 彼はとても疲れた様子で騎乗し、腰に下げた短剣、そして弓を確認する。


 ローリエもアルブスにまたがり、出発の準備が整った。


「ブラン、私の弓矢はあるか?」

「城門までお持ちします」


 俺は城門まで、2頭の馬のケツを拝みながら2人の後をついていくことになった。


 ブラッキオは馬に揺られながら半分眠っているようだったが、よく考えれば無理もない。

 彼は今日まさに大熊を狩ってきたばかりで、またすぐに大熊を狩りに行かねばならないのだから。


 まあ、この人なら大丈夫なんだろうが……


 そんな様子のブラッキオを、王子はポンと叩いた。


「ブラッキオ、そんな調子で大丈夫なのか?」

「ん……? あ……少し眠いだけですよ。大したことはありませぬ。しかし、わざわざ今日無理に行かずとも良かったのでは?」

「何を言っているのだ。お前も知っての通り、父上の闘技会は明後日なのだぞ。今日出なくては間に合わぬではないか」


 ローリエは、彼の父のためになんとしても熊を狩ってくるつもりだ。


「危険そうなら、すぐに帰りますぞ。この時間に出発することがまず普通じゃないんですから」

「分かっている。無理はしない。それに、お前がいれば大丈夫なんだろう?」

 ローリエは白い歯を見せてブラッキオの方を見た。


 ブラッキオは空を見上げたまましばらく何も言わなかったが、そのとき彼の口元は緩んでいるような気がした。


「大丈夫でしょうな、きっと……」


 俺は城門でローリエに弓矢を渡し、彼らの背中を見送った。


 ここから見える外の町は今日も賑やかだった。



  ▲

 ▲ ▲



 夜になると青白い月明かりが窓から入ってきた。


 この部屋には3段のベッドが2つあり、俺を含めて6人の奴隷達の寝床になっている。

 この時間になると他の奴隷のうるさいいびきが聞こえてくるが、もう慣れたものだ。


 むしろ、毎晩同じ奴のいびきを聞くと、少しホッとできる。

 ここで寝ている俺以外の5人は、数年前は全く別の連中だった。

 みんな何かしらの理由でいなくなり、その代わりの誰かがすぐに入ってくる。


 何年間も変わらずここで寝ることができているのは俺1人だけだった。


 他の奴らがなんでいなくなったかは知らないし、考えたくない。

 何かがあったということだけ分かっていればいい。


 俺は変わりなく今まで生きてこられた。

 やはり、王子に仕える俺は奴隷ながらにして特別なのかもしれない……

 王子の機嫌が良い時は、他の奴隷がさせてもらえないようなことも色々やらせてもらえた。


 俺は本当に幸運な男だと思う。


 このままローリエが国王になれば、きっと今より多くのものを与えてくださるだろう。


 今日のブラッキオのように、俺もいつかローリエと馬を並べて外の世界へ行ってみてぇ……


 俺は窓から見える美しい月を見ながら、将来のことを妄想した。

 自由民になれば夢の世界が現実になるのだろうか。

 王子と熊を狩りたい……

 船に乗って水の世界を旅をしたい……

 闘技会をずっと観戦していたい……

 結婚する女性を見つけたい……


 俺は自分で口元が勝手に緩んでいることに気が付いた。そして勝手に妄想して眠れなくなっている自分がちょっと恥ずかしくなった。

 でもなんというか、今ならなんでもできる気がした。


 上の段の男が相変わらずをいびきをガァガァと鳴らしているので、俺は思わず上の段を蹴り上げた。


「……」


 やっと止まったか。


「……やめて」


 なんだ?


「……やめてください……ご主人様……」



 再び部屋に大きないびきが鳴り始めた。


 今日はいびきのせいでよく眠れなかった。

 


  ▲

 ▲ ▲



「おい起きろ」


 俺は誰かに起こされたようだった。


 ……なんだ、もう朝か。


 いや違う、外はまだ薄暗い。

 それに俺は朝になれば自分で起きる。


 外がやけに騒がしかった。

 部屋の外に出ると、皆が何かぶつぶつ言いながら大広間の方へ歩いていた。


 これは城内で重大な何かがあったに違いない。



 嫌な予感がした……



 大広間に着くと、そこには城の人間達のざわめきが広がっていた。


 そして、国王の前には、ローリエを抱きかかえたブラッキオが呆然と立ち尽くしていた。


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