ボッチとびっち
文目みち
ボッチ
かほりさんは、とても良い香りがする。
ん? これはつまらない
たった一度だけ、かほりさんが ボク の目の前に来たことがあった。それがきっかけ。 ボク が入った大学のサークル文芸部。最初の自己紹介がことの発端だった。
――
新入部員の一年生が順番に自己紹介をする。乾いた拍手の間、ボクの鼓動だけはいつまで経っても鳴り止まない。
同学年の誰かがウケを狙った挨拶をしたようだ。先輩の誰かがわざとらしく笑う。その笑いが
ただ、その時は何も思わなかった。 ボクの頭の中は、輪の中に入れなかった後悔だけが渦を巻いていたから。
同じ一年生なのに、すでに仲良しグループが作られていた。お互いにまだ出会って数日。それなのにもう何年も前から一緒だったかのように楽しくお喋りをしている。前に本で読んだことがある。すでに築かれたグループの輪の中に入ることはとても難しい。だからこそ、まずは独りになっている者に声をかけること。声をかけ、二人以上の輪を作れることができれば、あとは簡単。グループ同士が交わることは容易いもの、と。
考えが甘かった。甘々だよ、ほんと。大学生になってサークル活動に参加すれば、自ずと友人関係を築いていけるものだとたかを
このままじゃいけない。そう思っていても行動に移せないのがボク。簡単にできるなら、悩みやしないさ。
あっという間に最初の文芸部との活動は終わった。
すでに視界には先輩たちと絡む同学年のグループ。「大学は変わった人が多いって話だから、お前も波長が合うやつ一人ぐらいいるだろ」って高校の唯一の友人が言ってた言葉が脳裏をよぎる。嘘つき。これじゃ友人どころか恋人なんて夢のまた夢。この先の四年間は、ボクの人生の中で最も儚い時間となってしまうのだろうか。
そんな空想をしていた時、誰かがボクのことを呼ぶ。顔を上げると、かほりさんが目の前で立っていた。
――君、星新一が好きなんだって。
声は出ず、首だけを縦に動かすのが精いっぱい。視線なんて合わせられる訳がない。
ゆっくりとかほりさんの顔が近づいてくるのが、彼女から放たれる香りでわかった。金縛り状態のボクは、ただただ時が過ぎるのを待つ。すると今度はこう言った。
――わたしも好きなの。仲良くしましょ。
仲良く……?
いやいやいや。人違いではないかと思ったが、かほりさんと一瞬だけ交えた視線は真っ直ぐボクのことを捉えていた。
――よろ……お願いします。
確かにそう言った気がする。
ボクは逃げるようにして、部屋から飛び出した。
その日以来、ボクはかほりさんの香りの虜だ。また近くで感じたい。あの甘く鼻孔を優しく刺激する香りは、何かに喩えることも難しいもの。ただなんとなく、心がとろけるような気分になり、中毒性の強い欲求を押さえることができないのだ。
とはいえ部活動は週に1回きり。だからかほりさんと接触する機会は限られていた。毎週チャンスはあるはずなのに、活かしきれないのはいつものこと。
入学してから1ヶ月ほど経ったころ、新歓で二年生の先輩と話す機会があった。そのほとんどは先輩の恋煩いの雑談。ただその際、かほりさんの名前がでた時にちょっとだけさり気なくどんな人物なのか聞くことができた。
――彼女は、やめといた方がいいよ。
その理由を聞いた時は、とても驚いた。
――現在三股中。しかもセフレがいるって噂。
かほりさん――そんなはずがない。だってその容姿は、一度も色彩を汚したことがないような
とはいえ、人は見かけによらないのも事実。清楚系なのに、ということもあり得る。火のない所に煙は立たない。美人には裏の顔があるとも言う。
なんにせよ、こうした迷いが生じて、根拠のない噂に惑わされて真実を見誤ってはいけないのだ。そう自分に言い聞かせつつも、心と体が以心伝心していないボクでは、かほりさんを遠くから見つめることしかできなかった。
そんなある日、ボクは偶然、学生食堂でかほりさんを見つけた。
その日は土曜日。講義はほとんど行われていないのだが、一部のゼミや部活動などで大学を訪れる人もいる。ボクは食費を少しでも安く済ませようと、講義がなくても大学の学食を利用していた。もちろん、十二時頃は多くの学生で芋を洗うような状態のため、人混みが苦手なボクはその時間帯は避ける。多少の空腹を我慢して、席が空きだした頃に食券を買う。
食堂の広さは体育館が二つ分のスペースに一階と二階にセパレートしている。その二階部分のカウンター席、ちょうど一階部分を見渡せる場所。そこがボクの定位置だ。落ち着く。自分だけの世界で、空腹を満たせる。食堂内の喧噪も気にならない。のんきにはしゃいでいる学生を高みから眺めているだけでも気分がいい。そんな空虚な高尚気分に浸っている時、ふと視界を横切る人物――かほりさん。
すぐにわかった。かおりさんは独り。まっすぐ食堂に入ってきて食券を購入する。どうやら
時間はあっという間に過ぎ、食事を終えたかほりさんは食堂を後にする。その日から、毎週土曜日がボクにとって新たな楽しみになった。それと同時にチャンスが増えたことになる。もう一度。もう一度近くで感じたい。あの香りを。
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