第17話

 翼の部族の集落に入るなり、長の娘フュレンによって拘束されてしまったロンとクオリス。

 ロンは、不安で押し潰されそうな気持ちを隠すように、声を上げた。

「クオリス、大丈夫だよね?」

「心配するな。お前は私が守る」

 クオリスがまっすぐにロンを見て言い放つ。ロンは、彼女の、どこかの騎士が姫君に言うような発言にわずかに頬に差した朱を隠すように「私もクオリスを守る」と蚊の鳴くような声を出すのがやっとだった。クオリスは、ロンのか細い呟きをどう取ったのか、安心させるように微笑んだ。

 ロンとクオリスは、一人の翼の民が入口の垂れ布をめくって入ってくるまで、互いに手を握って座っていた。


 かさり、と住居の入口の方で音がした。ロンはびくりと肩を震わせ、そんな彼女を庇うように、クオリスが前に進み出る。どうやら、入り口の垂れ布の向こうに人がいるようだ。

「誰だ」クオリスが威圧的な声を出せば、ようやくその人は垂れ布をめくって室内に顔をのぞかせた。

 草原を思わせる緑の長い髪に、髪と同じ色の双眸が人懐こそうな輝きを帯びている。翼馬のジンの主人・ハルエナであった。

 彼女の邪気のない笑顔に安心したロンは立ち上がり、駆け寄った。クオリスは警戒した表情でしばらく様子を窺っていたが、諦めたのかロンとハルエナの方へ歩み寄った。

「さっきはごめんよ。あんなことになるとは思ってなくて」

 ハルエナは、笑顔からすぐに申し訳なさそうな表情になり、二人を見る。

「いいよ。長が帰ってくるまでの辛抱なんだから」

 ロンの言葉に安心したらしいハルエナは、またすぐに笑顔になる。そして、何かを思い出したように手を叩いた。

「ここにいたって暇でしょ?あたしが集落案内したげるよ!」


 ここのことは何でも聞いてね、あたしなんでも知ってるから!どんと胸を叩きそう豪語するハルエナの後を、ロンとクオリスはついて行く。時々外で何かの作業をしている翼の民に会ったが、彼らは皆人のよさそうな感じであった。

「あんたらが、オルシャン島へ行きたがってる人かね?うわあ、竜族ってこんな長いひれが頭についてんだなぁ」などと、積極的に話しかけてくる。ロンとクオリスが財宝目当てにやってきたと疑い警戒している様子の者もいないではなかったが、警戒している者たちは自ら話しかけてはこない。遠巻きに様子を窺うだけである。


 ハルエナら三人は、集落をぐるりと一周するようにして回った。


 翼の民は主に、狩りや採集で採れた獣の皮、木の実などを使って、ギールゥ王国の王都アンバで販売する商品を作っていた。それは、獣の肉を塩漬けにしたものを乾燥台に乗せる女や樹木の蔦で籠を編む老人など、実に様々であった。

 全ての光景が珍しく、きょろきょろと辺りを見回していたロンは、集落の北に大きな石造りの祭壇があるのを見つけた。

「あれは何?あの、大きな祭壇みたいなの」素直に疑問を口にする。

 ロンに倣って祭壇を見たハルエナは、ああ、と小さく言った。

「あれは翼の祭壇。昔、初代の【翼の皇子みこ】が降臨した場所なんだって」

「【翼の皇子】?」

「この地を救った英雄なんだよ」ハルエナは、急に神妙な顔になって語り出した。


 遥か昔、この大陸と、ロンたちの住む向こうの大陸が創造神シオンと魔神クレアによって生み出されてしばらく経った頃。神によって文明を与えられ繁栄を極めていた人間たちは、いくつかの国家を作り、生活していた。創造神シオンの力が宿るロンたちの大陸は、平和であることをよしとする創造神の教えもあり、時々国家同士や国内での小競り合いがありながらも、平穏な時を過ごしていた。

 魔神クレアの力が強いハルエナらの住む大陸は、血肉を欲し争いを愉しむ魔神の影響を受けていたため、常に人々は戦火の中にあった。

 隣の大陸の惨状を見かねた創造神は、泥人形に自分の血液を与え、一人の少年を創った。それが初代【翼の皇子】で、創造神によって隣大陸に遣わされた彼が最初に心を通わせた地上の生き物がリュッコだったのだ。

 【翼の皇子】は、リュッコと共に創造神の力で人々の過剰な怒りや憎しみ、野心などを浄化していった。そして最後は地下に眠る魔神を倒し、大陸に住むとある女性との間に子をもうけると、どこかへ去って行ったという。

 その【翼の皇子】が残した子どもがやがて人を集め、皇子を助けたリュッコを神獣として崇拝する翼の部族が成り立ったのである。部族の長は、皇子の子孫なのだ。


「……ってわけ!さ、フュレンがご飯用意してくれてるから!」

 全て話し終え、神妙な表情からまた元の笑顔に戻ったハルエナは、祭壇を見上げているロンとクオリスの手を掴んで走り出す。

 夕飯時なのだろう、あちこちから空腹の胃袋を刺激する匂いが漂ってきていた。

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