第45話 もはや積本になっている。(マノン目線)

「何か探しもの?」

「ああ、スプシア」

「こんにちわ、マノン」


 出入りの少ない司書室で、山盛りの本と格闘していれば、穏やかな声が、背中からかかる。


「いや、ほら、派遣が決まったからさ。地域のこと、調べておこうと思って」

「マノン1人で?」

「ラグスと交替で、だね。今、執務室にどっちかは居なきゃいけないから、とりあえず、資料を探しては持っていって、終わったら戻してー、を繰り返してる」

「なるほど」


 派遣先の情報を、サイラス筆頭や三番隊からも貰ってはいるものの、地域の気候、土壌、歴史など、知らないよりも、知っておくに越したことはない。


「そういうことなら……少し待っていてもらえますか?」

「うん?」


 トン、といくつかの抱えていた資料を机に置き、スプシアが司書室を出ていく。

 待っていて、ということはまたここに戻ってくるのだろうと判断をして、資料探しを再開させた。



「すみません、お待たせしました」

「うん?」


 そう言って、しばらくしてから現れたスプシアの手には、いくつかの紙束が乗せられている。


「何かの資料?」


 首を傾げたオレに、スプシアは「はい」と頷きながら答える。


「以前、ええと、べレックス卿の護衛でわたしたち五番隊も、団長の隊に同行してツァザ地区に行ったことは覚えていますか?」

「うん、覚えてるよ」


 思い返してみれば、このバタバタも、あれがキッカケだったようにも思える。


「これは、その際にわたしなりに少し調べて纏めた資料なんですが……何かの役に立つかも、と思いまして」


 机に置かれた紙束には、綺麗な字で綴られた文書と、書き写したであろう図や地図が見てとれる。


「わ、凄いね……これ、借りてもいいかい?」

「あまり詳しくは調べられていないのですが、お役に立てれば嬉しい限りです」

「助かるよ。結構、大量に借りたはいいけど、何から手を付けていいのやら、ってちょっと困ってたんだ」


 あはは、と笑いながら言えば、スプシアが小さく吹き出す。


「二人とも、そういうのは苦手ですもんね」

「そうなのー」


 机に高く積んだ本の表紙をペシペシと叩きながら言えば、スプシアはまた笑う。


「オストもある程度のことは調べていたかと思います。オストにも声、かけてみますね」


 ふふ、と笑いながら言ったスプシアに、「本当? 助かる」と伝えれば、彼女はまた静かに笑った。



「それにしても……けっこうな量の書き込みがあるな」


 スプシアと別れ、借りた本とともに執務室に戻れば、どうやらラグスは少し席を外しているらしい。

 やりかけの書類がそのままになっているから、多分、すぐ戻ってくるだろう、と、スプシアから借りてきた資料を開けば、思っていた以上にしっりとした資料になっている。


「これで少し、って……本気で調べたらもう本にでもなりそうだな」


 凄い、細かっ、という言葉ばかりを呟きながら、ページをめくっていくと、ふいに右下の隅に、小さな絵があるのに気がつく。


「イタズラ書きかな?」


 熊か、犬か。

 迫力も威厳もなく、ゆるいイタズラ書きに、ふ、と頬が緩むのが分かる。


「スプシアもこういうの書くんだな」


 何でも完璧こなす五番隊副隊長。

 そんな印象を持っていたけれど、実は少し違うのかもしれない。


「ってか、一対一でちゃんと話したのって、今日が初めてじゃない?」


 いつも誰かの傍で、にこにこと笑っているところはよく見かける。


 先日の、彼女に喝を入れられたあの時も、オレとラグスは、見たことのないスプシアに、暫く驚きを隠せなかったのを、はっきりと覚えている。


 もしかしたら、案外、話してみたら想像と違う人物なのかもしれない。


 右下のイタズラ書きを見ながら、そんなことを思った、とある日の午後。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る