第37話 過去ー薬学府編(終)

「それにあと少しで、宮廷薬師たちにも、騎士団たちにも花の成分についてのおおよその情報が渡せる。一石二鳥なんてものじゃないよね」


 あれから、時が過ぎて、クートはモノクルをつけ、髪も伸び、私も彼も成人を迎えた。

 ほんの少し、懐かしくて、ほんの少し、苦い思い出の、ひとつ。


「そうだね。それに、あと少しで分かりそうだしね!」

「そ。ふふふ。あいつ、悔しがるだろうな」

「……そうしたらまたお店で暴れそうじゃない?」

「別に構わないさ。アイツが悔しがるってことは、元気な証拠だろ」

「っふふっ」


 とある人物楽しそう笑いながら言った幼馴染の言葉に、思わず瞬きを繰り返したあと、彼につられるように私も笑い声を零す。


「何だなんだ君たち! やけに楽しそうにしているじゃないか!!」

「……うっわ」

「うっわとは何だ! うっわとは!」

「ちょうど君の噂話をしてたところだったんだけど。何、君、僕につきまとってるの?」


 ダスダスダスッ、と変わらない足音を鳴らしながらクートのお店に入ってきた彼に、クートは眉をひそめながら言い、そんなクートを見て、彼は「はあ?!」と大きく元気な声をあげる。


「あっり得ないだろ!! わたしは宮廷薬師だぞ?! だいぶ忙しいんだ!!」

「だいぶ、ねぇ。その割にはちょいちょい来てるよね」

「来たくて来てるわけじゃない!! 市場調査というものをだな!!」

「はいはい。で、今日は何の用? アリスの飴の買い占めするならさっさと帰ってよね」

「買うけど買い占めはしねえよ!! 他の人が困るだろ!!」

「あー、もー、本当エリーはうるさい」

「エリーじゃない! 俺はエルンストだ!! 何回言えば覚えるんだお前!」

「さあね、気が向いたら覚えようかな。ね、アリス」

「ふっ、ふふっ、ふっ」


 ああ言えばこう言う。

 そんな言葉を体現するエルンストとクートのやり取りに、思わず笑いが堪えられなくなって笑っていれば、「おいいぃぃ! クートお前ぇ!! アリスもいるんじゃないか!!」とエルンストが叫んだ。



「で、本当に何しに来たの?」


 やっと落ち着いたらしいエルンストに、クートがカウンターに肩肘をつき寄りかかりながら問いかける。


「お前、客にたいしてもそんな態度なのか? 大丈夫かこの店」

「何言ってんの、エリー以外にするわけないじゃないか」

「………貴様……っ」

「まあまあ」


 ふるふると震えながら言うエルンストに、クートは楽しそうに笑みを浮かべ答える。


「っ、ふん、この宮廷薬師エルンスト様は優しいからな! お前のその態度もアリスに免じて許容してやる!」

「私なんだ」

「はいはい。で、本当に何の用? まさか本当に市場調査? 君、いま本当に忙しい時期でしょ。大丈夫なの? 研究室抜けてきて」

「なんだ、そこまで把握してるのか。なら話は早いな。今日の用事はコレだ」


 そう言って、エルンストが手に持っていた筒をカウンターに置く。


「何これ?」

「依頼書だ」

「依頼書?」


 ツン、と筒を指で突いたクートに、エルンストは短く答える。


「お前も知っての通り、今までは、個人調査として、俺からお前に依頼していたが、今回からは宮廷薬師団として、依頼する」

「え、何、公務扱いになるってこと?」

「そうだ。だから騎士団への依頼費用も、公務で賄う」

「わーお。太っ腹ぁ」


 エルンストの言葉を受けて、筒の中から書類を取り出して眺めたクートが、「うん、ちゃんとアリスの名前もあるね」と言いながら、書類を私に向ける。


「二人の成果なんだから、二人の名前になるに決まっているだろう。何を当たり前なことを言っている」


 ふんす、と鼻から盛大に息を吐き出しながら言うエルンストに、クートは瞬きをしたあと笑う。


「エリーらしいね」

「何がだ? それからわたしはエルンストだ」

「はいはい」


 そんな彼らを見て、笑い声を零した私に、彼らは私を見たあと、顔を見合わせて笑う。


 そんな二人の関係性が、少し羨ましくもあり、誇らしく思った。そんな日。












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