第28話 誘拐事変3
「シンシアさん、と、タウェンさん?」
「あと、ラグス! きみ!!」
「は? 俺?」
私の名前を呼んだ二人のうち、タウェンさんがラグスの名前を呼び、二人ともがこちらへと駆け寄ってくる。
「シンシアさん、お父さんは」
「お父様はご無事だったわ! 騎士団のかたが悪者をやっつけてくださったの! それよりもアリス! あなた、さっきラグス様と」
「奇遇ですね、べレックス嬢、ボクもラグスに聞きたいがあるんです」
「……なんで俺まで」
「なんでじゃないだろう! どうしてただの幼馴染のはずの君がアリスちゃんを抱きしめてキスでもしそうな雰囲気だったんだい!!」
「キッ?!」
ラグスに詰め寄りながら言ったタウェンさんの言葉に、頬が一気に熱くなる。
そんな私を見たラグスが、くく、と笑ったあと、意地悪をする時の顔しながら私を見る。
「俺はいつでもしてもいいけどな」
「こんな人が多いところで?!」
「ん? なに、人が居なければいいのか?」
「や、ちょ、そういう意味じゃなくて!」
「じゃあどういう意味だよ」
そう言いながら、ラグスが顔をぐい、と近づけてくる。
何でやけに楽しそうな顔をしているのか。
というか、その前に、何で。
「っていうかラグス、近い!!」
「いいだろ、別に。俺、お前の恋人なんだし」
「恋人おお?!」
「恋人ですって?!」
「ひゃっ?!」
「おっ、と」
思った以上に近くで聞こえた声に、驚き思わずよろけたものの、ラグスの手のおかげで転倒を免れる。
「ちょっと、お二人ともきちんと説明してくださる?!!」
ずん! と顔を寄せてきたシンシアさんの気迫に圧され、「え、あ、はい?!」と頷けば、「ラグス様もです!」とシンシアさんがラグスにも迫った。
「で、お二人はお付き合いを始めた、と」
「え、何。ボクはある意味、二人の恋を後押ししていた感じですか?」
「あー、そういう意味ではそうかもな」
説明をしろ、と迫ってきた二人に、あわあわとしていた私を引き寄せながら、ラグスはすらすらと話し始める。
そんなラグスの説明を聞き、シンシアさんは初めこそ驚いていたものの、途中から「わたくし、最初から当て馬だったんじゃない!」と言っていたり、タウェンさんはタウェンさんで、「ふうん」と時々つぶやいていたり。
最後まで説明を終えたラグスに言った二人の言葉に、ラグスは笑いながら答え、私はというと。
「ちょっと、アリスも何か言いなさいよ」
「何かって言われても……」
「お互いに知らなかったとはいえ、結果的にはアリスはわたくしの、わたくしはアリスの恋を応援したんですのよ!」
「でも……」
頬を膨らませながら言ったシンシアさんに、どう返したらいいか分からなくて、言葉が出てこない。
じ、と私を見る彼女の視線に、向き合うようにシンシアさんを見やれば、彼女は私の言葉を待ってくれているように見えた。
「……でも、シンシアさんもラグスが……その……ごめ」
「ごめんなさい、なんて言葉は聞きたくはないですわ!」
「ええええ……」
どうにかこうにか絞り出した言葉は、言葉にしかえた瞬間に、一刀両断される。
「でも……私の行動でシンシアさんを傷つけてたんじゃ……」
「傷ついたかどうかは、わたくしが決めますわ!」
そう言って、シンシアさんが両手を私の目の前に動かす。
「アリス」
「何ですか」
「お仕置きですわ」
「え」
シンシアさんの両手が動いた、と思った次の瞬間、ぺち、と頬に軽い衝撃がくるものの、全く痛みはない。
「恋と同じくらい大事なものをわたくしは知りましたわ。それだけで今回の出来事は実りのあるものですわ!」
「ええと……」
ずい、と顔を寄せてきたシンシアさんの瞳の色が、太陽にあたってキラ、と光る。
「シンシアさんの瞳って、ミルザの花みたいなんだね」
「アリス、聞いてまして?」
「わ、ぶっ?!」
覗き込まれた瞳の色が綺麗で、思わず感想を言った途端、シンシアさんの両手が私の頬をぎゅむ、と潰してくる。
「わたくし、割と良いことを言ったと思うのですけど?! そうでしょう? ラグス様!」
「ああ、まあ……でも、それがアリスだから」
とつぜん話を振られたにも関わらず、タウェンさんと話していたラグスはこちらを向き、楽しそうに笑う。
そんなラグスを見て、シンシアさんは「見せつけないでください」と私の頬から手を話し、呆れた様子でラグスに言葉を返す。
「見せつけるなって言われてもな。悪いけど、こっちもやっとのことで実ったとこなんでね」
シンシアさんの言葉に答えたラグスの腕が、私の腰へと回される。
「ちょ、ラグスっ?!」
「失恋をしたばかりのいたいけな少女に前でいちゃつくだなんて、ラグス様! デリカシーというものが足りませんわ!」
「あいにく、こいつ以外に向けるものは無い」
「……ラグス、恥ずかしいから止めてってば!!」
「何で」
「何でじゃない!」
抗議の声をあげたにも関わらず、ラグスはさらに腰を引き寄せてくる。
「顔を真っ赤にしながら言われても、何の説得力も無いけど」
「もう、ホントっ!! マノンっ!! 助けてっ」
「はいはい、ちょっとごめんよー」
「っ痛ぇ?!」
どうにもならなくなって、思わずマノンの名前を叫べば、案外ちかくに来ていたらしいマノンが、ラグスの顔を遠慮なく手のひらで叩く。
ベチッ、という少し鈍い音と、ラグスの声があがると同時に、腰に回されていた手が外れて、マノンがひょい、と間に入ってきてくれた。
「マノン様!」
「いやぁ、シンシア嬢、ごめんね。こいつ、アリスちゃんのことになると、とことんポンコツだからさ」
顔を抑えているラグスをちら、と見やるものの、マノンは大丈夫、とだけ言って笑っている。
「そのようですわね……」
「とりあえず、アリスちゃん、ラグスはこのままオレが連れて行くね」
ラグスの首元に腕を回しながら言うマノンに「え、あ、うん」と驚きつつも答えれば、「大丈夫だいじょうぶ」とマノンは苦笑いを浮かべる。
「ひとまず、シンシア嬢は、お父様同様、ご帰宅願えますか? もちろん我々が護衛します」
「え、ええ。お願いできるかしら」
「もちろん」
笑顔を浮かべ答えたマノンに、シンシアさんがしっかりと頷く。
「ジノ、頼んだよ」
「はいっ」
そう言って、マノンは近くに控えていたジノさんにシンシアさんをお願いし、シンシアさんは「お願いしますわ」とジノさんに声をかける。
それが合図になったかのように、まだ何かを言いたそうなタウェンさんをメレルさんが一番隊の待機場所へ、ジノさんがシンシアさんを連れて三番隊へと戻っていく。
そんな、パラパラと人が散っていく様子に、一人、静かに小さく息を吐く。
なんだか色々と起きた。
頭が痛くなりそう。
そんなことを思っていれば、「大丈夫?」と聞こえてきた声に視線を動かせば、いつの間にか一人になっていたマノンが私の顔を覗き込みながら問いかける。
「うん、大丈夫」
いつの間に。
そう思ったのも束の間。
「うん、大丈夫じゃないね」
苦笑いを浮かべたマノンが私の頭を撫でながら、言った。
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