閑話 3 マノンとラグス マノン目線

 ラグスと自分が初めてあった日。

 それは、王立騎士団の入団試験に合格し、新団員が初めて招集された日。

 王族の暮らす城のすぐ傍に併設されている王立騎士団の訓練場に、新入団員全員が集められ、皆が各々に談笑するなかで、他人と馴染まずにいたラグスに、自分から話しかけた。


 見る限りでも歳が近そうだったし、ちゃらちゃらするのが苦手だったし。

 スイ、と引き寄せられるように彼に話しかけた。

 それに生まれた家が、この国の中で、まあまあに知られている家柄で、家柄ばかりを気にする人間関係に疲れていたせいか、そんなことには全く興味を示さなかったラグスに、自分自身が興味を持った。


 彼ならば家柄を通さずに見てくれるのでは無いか。

 幼い頃から幾度となく抱き、裏切られてきた淡い期待をひっそりと抱え、「隣、いいかな」と声をかけた時のラグスの反応を、今でも忘れずにいる。


「……他にも場所空いてるけど」


 殆ど表情を動かすことなく言ったラグスの言葉通り、訓練場にはたくさんの新団員たちがいるものの、壁際に立つ者は彼以外にはいない。

 訝しげな表情をしながら自分を見るラグスに、「君がいいなら、僕はココがいいんだけど」とにこりと笑って告げれば、「……いいもなにも」とやはり表情をあまり変えずにラグスは呟く。


「ところで、何故ここなの?もっと真ん中もあるのに」


 どうしてだろう。

 まあ、人が少なくてオレにはちょうどいいけれど、彼も人混みが苦手なのだろうか。

 ラグスの短い答えにそう考え、隣に立つ彼に問いかければ、ラグスは「来た」とだけ言い、スッ、と背筋を伸ばす。


「え、何が」

「聞こえるだろ。音が」


 ザク、ザク、と小さく、けれど確かに地面を踏みしめる足音が左後ろから響く。


 ちら、と、ラグス越しに左側を覗きこめば、訓練場にいくつかある城内とここを繋ぐ通路の一つが目に映る。


「まさか」

「……当たってたな」


 小さくそれだけをラグスが呟いた直後、ザクッという足音とともに、通路から訓練場へと二人の人間が姿を現す。


 ふわり、と動き、自分の視界へと飛び込んだのは、紺色から水色へ、肩から裾に向けて色の変化を持ち、この国の紋章を施した大きな布。


「……ふむ」

「……ああ、それに君は確か」


 通路から出てすぐの場所に立っていた自分たち二人に気がついた二つの人影は、一人はラグスを見て一瞬だけ面白そうな顔をしたあと小さく呟き、もう一人は自分を見て少し驚いた表情を浮かべる。


 けれど、それはどちらも一分としない出来事で、二つの人影は直ぐ様、自分たちの前を通り過ぎ、大勢の団員たちの前へと歩いて行く。


「ねえ、今の」


 そう問いかけた自分を見ることなく、ラグスはジ、と紺色から水色のグラデーションの布から目を逸らすことなく口を開く。


「俺の、目標」


 きらり、と太陽を受け、光ったように見えた瞳は、自分がずっと一人で部屋からよく見ていたあの海のように青い。


「オレ、マノンって言うんだ。君は?」

「……俺は」




「……本当、あのときはビックリしたんだよなぁ……」

「……急に何だよ」

「え、ああ、ごめん」


 片頬に小さな突起を作りながら、何言ってるんだという表情を向けてくるラグスに、随分と自分もラグスが何考えてるのか分かるようになったなあ、とクツクツと笑いながら考える。


「なぁ、マノン」

「なに?」

「あいつらなら、大丈夫だと思うけど」

「……本当、鈍いくせに鋭いんだもんなぁ」

「褒められてるのか、 貶されてるのかどっちだ」

「オレなりに精一杯褒めてんの」

「あーそうですか」


 そう言って一瞬伏せた目は、直後にじ、と真っ直ぐに自分を見てくる。

 彼の青の瞳は、出会った頃と変わっていない。

 あの日、この青を見て、自分の相棒はコイツなのだ、と何の確証もない自信を抱いた。

 それはきっと。


「オレの直感、正しかったなぁ」

「……だから何が?」


 半ば呆れるような表情を向けてくるラグスに、クツクツと一人笑いながら口を開く。


「ラグスはラグスだな、と」

「……は?」


 お前なに言ってんだ、と言葉にせずとも青い瞳が雄弁に物語っている。


「クートたちだもんなぁ」

「……むしろクートなら知ってると思うけどな」

「国の情報通とも言われる薬師だしねぇ。今さら? とかあの冷たい目で言われそう」

「それで済めばラッキーだろ」

「確かに」


 クックッ、と笑うラグスに、静かに怒った時のクートの様子を思い浮かべ、思わず深いため息をついた。























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