第15話 少女と彼らの温度差 ラグス目線
「わたくし、実は昨日、街の薬師に助けていただきましたの」
「……」
「そうらしいですねぇ」
無言のままのラグスを見かね、いわゆる営業スマイルというものを浮かべたマノンが口を開く。
「もうお聞きですの! さすが騎士団の皆さんですわ!それでわたくし、その後、メレル様にお会いしたんですの! もう、ビビビビッと! まさにこのかたが運命のお相手なのだと、直感しましたの!」
「へえ? ではこの後の護衛はメレル隊に任せ」
「お待ちください!」
「……はい?」
メレルに惚れたのであればメレルのいる一番隊を主軸にすればいいのでは。
そう言いかけたマノンの言葉が、目の前の少女の叫び声で止まる。
「わたくし、今日、わたくしを悪の手から護ってくださったラグス様のお背中を見て、ビビビッときましたわ!!」
「……ビビ?」
「……護ったのは俺じゃないが」
何を言ってるんだ、と少女の言葉に呆れたながら小さく呟けば、ほんの一瞬だけ訝しげな表情をしたマノンが、作り笑いを浮かべながら俺の脇腹を肘でつく。
お前、それ地味に痛いから止めろよ。
そんな俺たちの静かなやり取りも気が付かないまま、少女の熱だけがあがっていく。
「そう! わたくしはあの時にやっと解ったのです! わたくしのナイトは、ラグス様なのだと! わたくしには分かりましたの! ラグス様!」
そう言って瞳を輝かせながら、ものすごい勢いで近づいてくる少女から、思わず一歩下がる。
「あら、ラグス様ったら。照れ屋さんなのですね」
どこをどう違いしたらそうなる。
思わずそんなツッコミを入れたくなるような発言をする少女に、口元がヒクリと動く。
「あのー、シンシア様? 一つ聞いても?」
「マノン様! 何でしょう!」
マノンの問いかけに、きらり、というよりはギラリとした瞳をマノンに向けながら、少女はまた嬉しそうに口を開く。
もはや誰でもいいのでは。
人の恋路になんて微塵も興味はないが、そんな風に思えてしまう言動に静かに失笑すれば、どうやらマノンも同じ心境らしい。
それでも、俺よりも上手く立ち回れる相棒は、「えっと」と若干ひきつったままの笑顔を浮かべながら口を開いた。
「その街の薬師って、銀髪の女の子ですよね?」
「ええ、そうですわ! ああ、それからわたくし始めて知ったのですけれど、庶民の中では、普段着に女性でも男性のようにズボンを好んで履くかたもいらっしゃるのね! わたくし、ビックリしましたの!」
作業をしやすいから、とか、材料採取しに行く時に邪魔にならないから、とか。
アリスがズボンを好んで履いている理由は、大体そんな感じだ。
「……俺だってアイツのスカート姿を見るの数えるくらいだしな」
「あー、確かに。ワンピース着てても下にズボン履いてるもんね、アリスちゃん。それはそれで可愛いんだけど」
「あいつなら何着てても可愛いが」
「それは今は置いといて」
こそこそ、とアリスについて話し始めた俺たちに、「どうかしましたの?」と少女が興味津々という表情で問いかけてくる。
けれど、マノンに「なんでもありませんよ」と誰もが好みそうな笑顔を向けられ、少女はコホン、と小さく咳払いをしてから、もう一度大きく口を開いた。
「それと、随分と小さな部屋、ではないですわね、あのかたは家と仰ってましたわ。庶民のかたはあんなに小さな家で暮らしてらっしゃるのね。わたくし知らなかったですわ」
「どこかの誰かを思い出すような言い方をするんだよなぁ……この子」
庶民、庶民と連呼する少女に、マノンは少し眉間に皺を寄せながら、小さくつぶやく。
……確かに、マノンにとっては嫌な話し方だろう、と隣に立つ相棒に声をかけようと口を開いた時。
「それに、メレル様やタウェン様と随分と親しげにされていましたの。全く、侯爵家の娘のわたくしを差し置いて失礼なかたですわ! それにそれに、酷いかたでしたの! 置いてあった石がたまたま綺麗に見えたのですけど、それをわたくしが言い値で買うと言ったにも関わらず、譲れないと言って、わたくしの腕を掴んだんですのよ?! なんて無礼なんでしょう!たかが石の一つや二つに!そもそもー」
片手を腰に当て、片頬を膨らませながら言い続ける少女の言葉に、腹の底のほうが怒りが沸々と湧いてくる。
「……誰が無礼だって……?」
「ラグス様?」
自分でも分かる、低く冷たい声色に、未だに続いていた少女の声が、ピタリと止まる。
「ラグス、抑えて」
「何で」
「駄目なものは駄目。ラグスだって分かってるだろ」
グッ、と俺の腕を掴んだマノンの声と視線に、黙ったまま少女から顔を背ける。
「ラグス様? どうなさったのです?」
不思議そうな声色で問いかけてくる少女に、舌打ちをしそうなのを堪えれば、「お嬢様」と静かに少女を呼ぶ声が室内に響く。
「なぁに?」
「失礼ながら、騎士団の方々もお忙しいですから、そろそろ」
「なぜ? わたくしの護衛なのでしょう? それなら近くにいてもいいじゃない? そうでしょう? ラグス様!」
そう言って両手を広げながら駆け寄ってくる少女の腕が俺自身に届く直前に、数歩、後ろへと下がる。
「え……?」
「……まだ警備がありますので、失礼します」
「では、また」
そう言って、一礼をし歩き出した俺たちは、少女がどんな顔をしていたかなんて、知る由もなかった。
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