第4話 ルザの実の飴

「これからお城に戻るの?」

「ああ。もともと今日は顔見せだけで、俺たちの今日の仕事は城下の巡回と門番だしな」

「夜間の警備までは、少しの自由時間にしたんだ。自分たちとずっと一緒じゃ皆も、息が詰まるだろうからね」


 私の問いかけにそう言って、伸びをするのは、ユティアが見かけたと言っていた正装をしたラグスとマノンで、たくさんいるはずのラグスと同じ隊の人たちは今は先にお城に戻っているらしい。


「ねえ、大丈夫だった?」

「あ?何が」

「何が、じゃないわよ。お嬢様よ、お嬢様」

「あ?」

「あ?って、ラグス、あんたねぇ」

「だから何が」


 ユティアの問いかけに、何を言ってるんだ、という表情を思い切り浮かべながら答えるラグスに、ユティアが大きなため息をつく。


「まぁ、一先ずは次のお茶会に誘われたよ。ね、ラグス」

「……そうだったか?」

「え、お茶会? マノン、ちょっと何それ。お茶会って、あの? 貴族たちのお茶会?」

「そう、そのお茶会」


 疲れたような表情を浮かべながら「お茶会に誘われた」と言うマノンに、ラグスは覚えていないないようで、首を傾げていて、ユティアは「お茶会」という単語に少し目を輝かせていて、マノンはユティアの指す言葉に頷いて答える。


 どの国も、お茶の時間となると美味しいお菓子と美味しい飲み物と、楽しい話がつきもので、それはこの国の城下町に住む私たちのような庶民も例外ではない。

 普段のお昼すぎの休憩は、お茶や紅茶に、採れたばかりの果物や、クッキーやケーキなどを合わせて一息つく。

 基本的には食事は食堂で食べ、朝と昼過ぎの休憩にはカフェを利用することが多い。

 そのため、ユティアの働くカフェも、その時間帯にお客さんが増える。

 それだけでもこの国の人たちが息抜きの時間を大事にしているのがよくわかる。


「貴族たちのお茶会ってすごいって言うよね。自分の家の庭で、専属のシェフとかパティシエが腕を振るうって聞くよね」

「私もそれ聞いたことあるよ。すっごい美味しいケーキが食べられるんだって」


 ユティアの話に頷きながら答えれば、「ね!」とユティアが楽しそうに頷く。


「美味しいケーキを食べるだけで済むなら、いつでも招待されたいけどね」


 そんな私たちの様子を見て、マノンは困ったような、疲れたような表情を浮かべながらボソリとつぶやく。


「ただねぇ。お嬢様がアレだと、正直、警護がしづらいというか……」

「あ、やっぱり噂通りだった?」

「あ、やっぱユティアは知ってた?」

「もちろん。で、惚れられちゃったの?」

「自分じゃないよ、他の隊のやつ」

「え、誰だれ?」


 興味津々に言うユティアに、マノンは「これ以上は秘密」と人差し指を口にあてながら言う。


「ま、自分たちじゃないことは確かだよ」

「えー、そこまで言っておいてー? 気になる」


 むう、と口を尖らせるユティアに、マノンはふふと意味深な笑顔だけを浮かべている。

 マノンとユティアのやり取りが何の事を言っていいるのかよくわからずに首を傾げていると、「なあ」と隣から声をかけられる。


「なに? ラグス」

「……今朝の」


 くる、と隣に立つラグスに向き直りながら「うん?」と答えれば、ラグスが「飴」と短く答える。


「あ、そうだ。どうだった? あれなら食べられそう?」


 果物の甘さなら平気だけれど、ケーキとか飲み物とか、甘すぎるものは食べれなくはないけれど苦手。

 そんな幼馴染みに合わせて作ってはみたものの、まだ甘かっただろうか。

 そんな私の問いかけに、ラグスから「おう」と短い言葉が返ってくる。


「あれ、まだあるか」

「えっと……家に戻ればあるよ。今は甘いやつばっかり」


 カサ、とカバンの中に入れておいた飴の袋を一つ取り出せば、どれもこれも甘い味のものばかりだ。

 ラグスには甘いだろう、と取り出してはみたものの、カバンにしまおうとした時、「それ」とラグスが手のひらの一つを指差す。


「これ?」


 それ、とラグスが指差したのは、うっすらと黄色味を持つ小さな飴の欠片だ。

 ルザの実とほんの少しの蜂蜜を混ぜて作った飴だけれど、結晶化する途中で割れてしまって、売り物にはならず、自分が食べる分として持ち歩いていたものだ。味は、売り物と同じだけれど、ラグスにしてみたら結構甘いものだと思う。


「……甘いよ? コレ」

「知ってる。でも、それがいい」


 そう言って、一つの小さな欠片を取り、ラグスは口に放り込む。


「あとでちゃんと買いにいく。今のやつのも含めて」

「え、いやどっちもお金はいらないよ。あれは試作品だったし、これは欠片なんだし」


 ぶんぶん、と片方の手を振りながら言えば、ラグスの眉間に皺がよる。


「お前な。またそう言うことを」

「だって本当のことだし。それに今日からお城の警備にあたるんでしょう? 城下の警備は新しい人たちがするから、大変なんだって言ってなかったっけ?」

「あ」


 確か新しい人が入隊してきて、城下の警備は新人さんと教育係さんとその他の人たちが行い、ラグスやマノンたちは城下の警備の報告を受けつつ城内の警備にあたるからいつもよりも気を使うのだと、つい最近聞いた気がするのだが。

 私の問いかけに、「あー……」と呟きながら、ラグスはガシガシと頭を軽く。


「ラグス、髪ボサボサになっちゃう」


 せっかく珍しく正装をしているのに勿体無い、と頭を掻くラグスの手に触れながら言えば、目が合ったラグスが、目を見開いたまま、ぴた、と止まる。


 ああ、やっぱり晴れた日の、海の色みたいに綺麗な青い瞳をしてる。


 ラグスの青い瞳を見ながら、そんなことを考えていれば、ラグスが「ばっ?!」と言うと同時に思い切り顔を違う方向へとそむける。


「ば……?」


 今朝も言われた。「ば」

 一体何なのだろう。


「ねぇ、ラグス。……ラグス?」


 気になる。そう思い、横を向いたラグスの顔を覗き込みにいけば、ちらりと見えたラグスの耳が赤い。


「ラグス?」


 流行り熱だろうかと心配になった瞬間、ベシッと鼻先に小さな衝撃が走る。


「わ、ぶ!」

「ふっ、変な声」


 覗き込んでいた私の顔を軽く叩いておきながら、目が合ったラグスは目尻をほんの少し下げながら笑う。


「……むう……」


 軽く叩かれた鼻先を抑えながら小さくうめき声をあげれば、ラグスはククッ、と楽しそうな声をこぼす。


「ちょっとー、二番隊隊長が何をか弱い女の子に暴力ふるってんのー」

「おい、人聞きの悪いこというな!俺がいつ暴力ふるったていうんだよ」

「たった今じゃね?」

「まさに今だったわね」

「おいお前ら!」


 ラグスの横から、にゅっ!と顔を出しながら言うマノンに、ラグスはさっきよりもまた少し耳を赤くしながらマノンに言い返し、マノンとユティアが息ぴったりな返事を返す。

 そんな二人に翻弄されるラグスと、ラグスに両頬を伸ばされながらも楽しそうに笑うマノンの様子に「ふふっ」と笑い堪えきれずに思わず声が漏れれば、三人が顔を見合わせたあと笑った。



「これから明日の朝までの夜番かあ……」

「ね。それなのに貴族さまさまに呼び出されたりして……騎士団も大変よね」


 この後の仕事のためにお城に戻ったラグスとマノンを見送り市場で買い物をすます。


「倒れたりしなければいいんだけど……」


 二人とも、いつもよりも少し疲れた表情をしていた。

 まだ暫くお仕事が続くし……とチラ、とお城の方へと視線を動かす。


「そういう時のために僕たち薬師がいるんじゃないかな」

「クート!」

「やあ、ユティア。アリスも朝ぶり」

「うん」


 片手をあげ、ユティアの後ろに立ち笑顔を浮かべるもう一人の幼馴染みに、ユティアは驚きつつも嬉しそうな表情で彼の名前を呼ぶ。


「ユティアがこんな時間にここにいるなんて珍しいね。これから帰りかい?」


 仕事が終わったばかりなのだろう。

 クートからはほんのりと色々な薬草の匂いがする。


「今日はアリスの家に泊まることにしたの」


 ぎゅむ、と私の腕をとって笑うユティアに、「それはそれは」とクートも笑って答える。


「クート、ご飯食べていく?」

「いや、今日は止めておくよ。……ただ」


 クートも私と同じく、両親と離れて暮らしていて、いつも晩御飯は食堂か自炊かのどちらかでよく皆でご飯を食べたりもするのだけれど、今日はどうやら違うらしい。

「ただ」と言ったあと、クートがちらりとユティアへと視線を動かす。


「騎士団の代わりに夜道の護衛はさせてもらうよ」


 そう言って、私たちが持っていた材料の入った籠をさらりと持ってクートは笑った。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る