第2話 昔のこと
「何だったんだろう」
ば。
バカ? それは何だかいつも言われている気がするから、今更か。
ラグスが持ち帰ってくれた薬草籠から、買ってきた種類ごとにザルへと分けていく。
今日はまあまあの量を仕入れてきていて、籠は重かったはずなのに、ラグスは軽々と持ち上げていたなぁ、とついさっきまで居た幼馴染みの様子に、ふと、昔のことを思い出す。
あれは、まだ皆小さかったころ。
薬草に興味のあった私とクートは薬草学を学べる王立の薬学府への入学が決まり、ユティアは音楽府へ、ラグスは騎士団の入団試験に合格した時のこと。
あの頃は皆、背もたいして変わらなくて、力比べをしてもあまり差はなくて。
ユティアが可愛かったのはもう小さな頃からだったし、クートが物知りだったのもやっぱり小さい頃から。
ラグスが騎士団に入るって言った時は、少し驚いたけど、当時の騎士団長に憧れていたラグスは、何の迷いもなく入団を決め、入団試験もあっさりと合格していった。
それから、少ししてマノンを紹介されて、今ではマノンを含めて皆で仲が良いのだけど。
でも、その頃から。
「なんか、ラグスがよく怒るようになった気がするんだよなぁ……」
籠の中から取り出したリゼボの実を水で洗い、一粒、口へと放る。
プチプチ、と弾けた果肉の、濃い甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。
「何で、だっけ」
小さいころは、あんなに怒りっぽくなかったと思う。
もともと、そんなにニコニコするようなタイプでもないし、そんなにお喋りなわけでもない。
「あの頃から、なんかあんまり目を合わせてくれないんだよね」
小さい頃は、目を見て話していてくれて、話してる途中でも、時々、ラグスの青い瞳が海の色みたいだなって思っていたりもしたのだけれど。
ここ最近は、目を合わせてくれても一瞬で、すぐに逸らされてしまうし。
「けど、時々、すっごい優しい顔して笑ってるしなぁ……」
その顔は昔も今も変わらなくて、その表情に私が気づいてじっと見ると、またすぐに顔をそむけられてしまうから、最近はあまり見れていないけど。
久しぶりに見た顔は、ほんの少し疲れた顔をしていた、気がする。
渡した飴は、甘すぎるものが苦手なラグスでも、少しの休憩中にでも舐めれるように、と甘さも調整したものだ。
ここ最近、騎士団の活動が忙しいみたいだと、街の人たちから聞いた。
一緒に居たマノンもやはりちょっと疲れた顔をしていたから、少しでも力になれたらいい。
そんなことを考えて、窓の外を見やれば、窓辺に置かれたいくつかの透明な水色の石が、キラリと陽の光を反射して光る。
リゼボの実を水につけ、窓辺に並んだ石のひとつを手に取る。
「これ、確か、初めてラグス達が遠征に行った時のお土産、だったっけ」
ズシ、とほんの少し重いその石は、不思議な模様が刻まれていて、目に近づけて、外の世界を見れば、世界が水色に染まる。
「手ぇ出せ」
「……手?」
「早く」
「……こう?」
「やる」
「……え?ありが、とう?」
遠征から帰ってきた、と思ったら、おかえりを言う前に、グン、と突き出された手のひらと、あまりにもぶっきらぼうなラグスの言葉に驚き、言われた通りに手を出せば、ズシ、と手のひらに少し重みが降ってくる。
何?と置かれたものを見やれば、そこには、まるで綺麗な雪解けの水を閉じ込めたような不思議な模様が入った透明な石があり、私は思わず「綺麗……」と小さく呟き、石に視線が釘付けになった。
「……好きそうだったからな」
「うん?」
「話はそれだけだ。じゃあな!」
「あ、ラグスっ」
「確か、あの時も、ラグスってば急に走っていったなぁ」
あの時も、ラグスの行動がよくわからなくて首を傾げたけれど、今日のラグスもまた、よく分からない。
「まぁ、いつものことか」
怒ってはいるけれど、いつも何だかんだ文句を言いながらも手伝ってくれるし、此処にもよく来る。
次会った時に、覚えてたら聞いてみよう。
飴の出来栄えも気になるし。
そう考えた私は、「よし、作業しよう!」と滞っていた薬草の仕分けに取り掛かった。
「やっぱり冷たい」
飴作りの材料の一つの水を汲みに、街からほんの少しだけ離れた天然の湧き水が汲める場所まで来たものの、やはり雪解けの水は冷たい。
街中の井戸の水も十分に美味しいのだけれど、この湧き水で作ると飴の結晶の澄み具合が違う。
前に、水を汲んだ帰り道に、巡回中だったラグスにばったり出会った時に、「声かけろっつっただろうが」とラグスは怒りながらも、スタスタと樽を持って歩いていってしまったけれど。
「今日は、ちゃんと荷車を用意したから平気だもんね!」
隣の雑貨店のおじちゃんが、「これは小せぇからもう使わねぇしな。古くなったやつだ。修理したらやるから待ってな」と言っていた小さめの荷車をつい先日貰ったばかりだ。
キコキコ、と時々、車輪から音はするけれど、帰って油を差せば問題ない。
「2つも汲んで帰れるなんて、やっぱり荷車って便利だなぁ。いつもは1つずつしか汲めなかったしなぁ」
よいしょ、と順調に2つ目の樽に湧き水を汲み終え、2つの樽の蓋をしっかりとしめる。
「よし、帰ろう!」
今日はこのあと、作業することがたくさんあるのだ。
少し重たくなった荷車の持ち手に手をかけ、歩き出して数分、正装をし、水色のマントを纏った騎士団員たちが、街の西側へと歩いていく。
「あっちは、侯爵家とか伯爵家が住んでる地区、だよね」
あんなに大勢で行くなんて、呼び出しか何かだろうか。
時折、騎士団員が貴族達に呼び出される、というのはラグスとマノンからも聞いている。
急いでいる気配は無かったから、緊急事態では無いのだろう。
そう判断した私は、「頑張ってー」と小さな声で応援だけをして、水の乗った荷車引きを再開した。
「へぇ……なるほど。だから今日、ラグスもマノンも勤務2日目なのに疲れてるように見えたんだね」
「そうみたい。警備だ、巡回だ、って色々やってるのに、その上で身辺警護の依頼だもん。だから最近疲れてたんじゃない?みんな」
カフェの仕事を終えたユティアが自宅にやってきたのは、私が水を汲み終えてからしばらくした頃で、朝から働いていたユティアに、「はい、ミルクティ」とユティアの好きなミルクティを差し出す。
「お金持ちって大変なんだねえ」
「というよりは、お嬢様のたっての希望みたいだけどね」
ユティアの話によると、この国の有力伯爵家の一つ、ベレックス家の令嬢に、誘拐予告がきたらしく、ラグスとマノンが所属する王立騎士団に、そのお嬢様の身辺警護の依頼があったらしい。
身辺警護は、各隊で交代制でする、というのはラグス達から聞いてはいるものの、騎士団の身辺警護はもともとは王族や、大臣たちの警護が基本だ。
通常であれば、伯爵家令嬢の警護となると、その家ごとに警護を用意をするのだが、どうやら今回は、話が違うらしい。
「まあ、ラグス達、騎士団の人たちなら安心だよね」
コト、と自分の分の飲み物を用意し、椅子へと腰をおろす。
「まあねぇ。でも、ちょっと心配なのよね」
ふう、とミルクティを飲んだユティアが、頬づえをつきながら、私を見る。
「何が??」
何だろう、と首を傾げた私を見て、ユティアも、んー、と言いながら、同じように首を傾げる。
「あ、ねえ、アリス。今日、泊まっていってもいい?」
何かを思いついたような顔をしたユティアに、「別に構わないけど」と首を傾げながら答えれば、ユティアが「ふふっ」と楽しそうに笑った。
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