この恋は飴より甘し。 〜 飴よりも甘いツンデレ騎士に愛されてます。〜

渚乃雫

第1部 恋ってなあに

第1話 恋ってなあに

 それは、まるで、

 ここにある飴たちのように、

 じわり、じわりと形を作っていくらしい。


 あの子もそう。

 この子もそう。


 皆、恋をするとキラキラと輝いて、

 陽の光を浴びた空色の小さなあの花みたいに、綺麗になっていく。


 けれど、私は、まだそれを知らない。





「ムウレと、ワウゼの実と……あと、セキセと、リゼボの葉を」

「また今回も不思議な組み合わせだね?」

「今回は赤い色がメインなの」

「へえ?出来たらまた持ってきてくれるだろう?」

「もちろん!」

「じゃあ、おまけするよ。全部で50リオね」

「クート、安すぎじゃない……?」

「幼馴染み価格なんだから気にしない。それにアリスの飴は人気あるのに、僕のとこだけで販売してるんだから安いもんさ」

「ユティアのところでもあるといえばあるけどね」

「商品として取り扱ってるのはうちだけだからね。それで十分さ」


 そう言ってワサワサ、と良質の薬草を籠いっぱいに入れてくる幼馴染みのクートに礼を告げ、彼の薬草店をあとにする。


「って、また別のおまけまで入れてくれてる……大丈夫なのかな、クートのお店」


 少し進んでから、ちらり、と振り返るものの、幼馴染みは店先から笑顔を浮かべて私に手を振っている。


 そんな彼に手を振り返し、私は次の目的地へと足を進めた。



「ユティア、おはよう」

「アリス!」


 カフェの前に立つ幼馴染みのユティアに声をかければ、ユティアは私を見て、大きく手を振る。

 男の人はもちろんのこと、同性ですら見惚れてしまうほど、幼馴染みのユティアは綺麗だ。

 ユティアが笑うとまるでこの国の高原に、春先に咲くほのかな甘い香りを纏うカロンの花が咲いたみたいに思える。

 ユティアが笑うと、大人たちは、華が咲いたようだ、とよく表現するが、本当にそうだと思う。


「どうしたの?」


 挨拶もそこそこに、ユティアの顔をマジマジと見つめていたら、彼女は不思議そうな表情を浮かべて私を見返す。


「ううん。今日も可愛いなあって思って」


 ふふ、と笑いながら言った私を見て、ユティアはぷるぷると肩を揺らしたあと、ガバッ!と思い切り抱きついてくる。


「ユ、ユティア苦しっ」

「ああん、もう!可愛いのはアリスのほうでしょ!もう!もう!」


 そう言って力いっぱい抱きついてくるユティアに、「あ、そうだ、ユティア」と腕の中からかろうじて彼女に声をかける。


「ん? なぁに?」


 きょとん、とした表情を浮かべながら言うユティアを横に、今さっき立ち寄ったクートのお店で買ってきた薬草籠の中に手をいれ、お目当てのものを探す。


「えっと、確か……あ、あった」


 そこにあるのは、私が頼んだ実とは違うワウゼの一輪の花。


「さっき、クートのお店に寄ってきたの。これ、クートからだよ」


 はい、とユティアへと手渡せば、ユティアの頬がじんわりと赤く染まっていく。

 恋をすると、人は綺麗になる、っていうけど、本当だな、とユティアを見ていると思う。

 飴や雪の結晶みたいにキラキラしている。


 いつもの通り、頼まれていた品物をユティアのお店に納品し、クートからひっそりと頼まれたユティアへのプレゼントも渡し終わった。


 よいしょ、と薬草の入った籠を持ち、自宅兼作業場へと向かう。


 空は青。

 雲は白。

 この街を通る風は、いつも花の匂いがしている。


 通り慣れた石畳みの道を歩き、ふと、幼馴染みのユティアと、クートの様子を思い出す。


「いつか、私も恋するのかなぁ……」


 今の私には、そんな姿、想像もつかないけど。


 私もその時には、キラキラとするのだろうか。


「分かんないや」


 誰が聞くでもない小さな呟きを零し、家まであと少し、といった時、「おい!」と聞き慣れた声が空から聞こえた。


「今帰りか?」


 ……空?

 どこから、と上を見上げれば、少し高い塀の上から、もう一人の幼馴染みがこっちを見ている。


「あ、ラグスだ」

「おう。で、帰りか?」

「え、うん」

「分かった。ちょっと待ってろ」

「……はい?」


 そう言って、顔を引っ込めたラグスに、首を傾げつつも、待ってろ、と言われたし待っているべきか、と悩み始めた時、「ちょ、ラグス?!」と彼の名前を呼ぶ声とともに、塀の上から何かが降ってくる。


「よっ、と!」


 ガシャッ、と鎧の擦れる音と、蒼色の布が、宙を舞う。

 すぐ傍に降り立ったのは、私の幼馴染みのラグスで、彼はこの街の騎士団に所属している。


「家だろ?」

「え、あ、うん」


 よし、と私の返事と同時に、手に持っていた籠を自身の手に移したラグスが、大きく頷いたあと、上を見上げる。


「すぐ戻る!」


 そう言ったラグスの言葉に、「ったく」とラグスの相棒でもあり同期のマノンが、呆れた様子で塀の上で大きなため息をついた。


「行くぞ」


 ちら、と私を見たあと、そのまま歩きだしたラグスに「え、あ、待ってよ、マノンが」と、ラグスと塀の上のマノンを交互に見やれば、塀の上のマノンがヒラヒラ、と笑いながら私に手を振っている。


「……っもう!」


 あの様子だとマノンはいつものことだ、と諦めてあそこで待つつもりらしい。


「ごめんね!マノン!」


 そう言って、マノンに手を合わせて謝ったあと、すぐに、いつもよりもゆっくりと歩くラグスの背を追った。



「……あっぶね」


 タタタッと歩くラグスの背を追いかけて、横に並びかけた時、カツン、と足先が石畳みの段差に引っかかる。


 転ぶ!と思った瞬間、思わず目を瞑ったものの、いつまで経っても衝撃はこず、代わりに聞こえてきたのは、幼馴染みの小さな呟きと、頬にあたる冷たい感覚。


「……?」


 あれ、と思い目を開ければ、ひらり、と幾度となく目にしている蒼色の布が、風に揺れる。


「ったく、いつも言ってんだろうが。このへんは躓きやすい。気をつけろって」


 グ、と腕に力をいれ、私を真っ直ぐに立たせたラグスが呆れたような怒ったような表情を浮かべながら言う。


「……あ、りがとう」


 びっくりしたのと、転ばなかった安心感に、ぱち、と瞬きをした私に、ラグスは一瞬、驚いた顔をしたあと、「行くぞ」と顔を背けて、また一人、先に歩きだす。


「あ、ちょっ、もう!待って!」


 なんで驚いた顔をしていたのか、ほんの少し気にはなったものの、そのあと、ラグスがなんだか少しムス、とした顔をしていたように見えて、私はラグスに問いかけることは出来なかった。



「ありがとう」

「巡回のついでだ」

「でもマノン」

「ついでだ!」

「え、あ、うん」


 自宅兼作業場につき、玄関の扉をあければ、薬草籠を持ったラグスも慣れた様子でテーブルの上へと籠をおろす。


「じゃあ俺は巡回に戻るから。ちゃんと鍵かけとけよ」

「はーい」


 そう言って、玄関のノブに手をかけたラグスに、「あ、そうだ!ちょっと待って!」と声をかければ、ラグスが「なに?」とくるり、と振り返る。


「これ、昨日出来たばっかりのやつなんだけど、疲れに効くから、あとでマノンと食べて?」


 はい、と空いていた片方の手を取り、出来上がったばかりの飴が入った袋をぽん、と置けば、ラグスの動きが止まる。


「……? ラグス?」


 飴、嫌いじゃないはず、とラグスの顔を見やれば、「ばっ……!」と小さな声とともに、ラグスが思い切り顔を背ける。


「ば?」


 ば、って何だろう。

 首を傾げた私をよそに、ラグスがガタンッ、と勢いよく玄関のドアを開ける。


「ま、マノンのとこ戻る!」

「え、あ、うん?」


 それだけ言い、全速力で走り出したラグスに、呆気にとられながら「ありがとー!」と返せば、ラグスは一瞬立ち止まったあと、また全速力で走り出した。






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