第2話

 ある時彼は大病を患い、日に日に衰弱していきました。自分の死期が近づいていることを知ると彼は彼女に言いました。


「子供ができないのはきっと僕の方に原因があると思う。君はそんなに美しい髪を持っているのだからね。


 きつね守の子孫を残すことができない僕はここにいるべきではない。


 この命が尽きる前に里に下りて必ずや僕の代わりとなる立派な男を連れて帰るから、それまで待っていてほしい」


 彼女は言いました。

「他の誰かなんて連れてこなくていい。私はあなたにここにいてほしい」


 その時彼女はお父さんの時とは違って泣きませんでした。もう彼女は小さな女の子ではなかったからです。


 彼女は引き締まった表情で言いました。

「私は私が守りたいものを守ります。私に考えがあります。


 私が戻るまで、そのままきつね壺のそばで寝て待っていてください。心配はいりません」


 それだけ言うと彼女はきつね壺の元から走り出しました。彼女は漆黒の闇の中に消えていきました。彼女は生まれて初めて里に下りたのでした。


 男の子は追いかけようとしましたが、彼女が壺から離れてしまったので、自分までもきつね壺から離れることができません。


 男の子の枕元にはいつの間にか沢山の食料が置かれていました。きっと彼女は以前から考えていたのでしょう。


 とても心配でしたが、待つしかありませんでした。

 そうして何日たったでしょう。彼女が戻って来ました。


 彼女は1組の若い夫婦を連れて帰りました。


 手にはきつね壺に似た壺を持っていました。

 

 彼女の長く美しい黒髪はばっさり切られて肩までの長さになっていました。その壺を買う為に髪を売ってしまったようです。


 彼女は微笑んで言いました。

「これからこちらの方々にきつね守の仕事をお願いすることにしました。だからあなたは病を治すことに専念してください。


 私がそばにいてあげますから心配しないでください。私もきつね守ではなくなりますが、あなたときつね壺のそばで穏やかに暮らしたいのです」


 彼女は新しいきつね守の夫婦にきつねの話をして語り継いでもらえるようにお願いしました。彼女の両親が彼女に教えてくれたようにきつね守の仕事も伝えました。


 しばらく穏やか日々が過ぎ、彼女の看病のおかげで彼は2年ほど生きることができました。その2年は2人にとって、それはそれはとても幸せな日々でした。


 彼が亡くなった日、彼女は森に行って激しく泣きました。


 森から帰って来た時、彼女は元の穏やかな彼女に戻っていました。彼女は新しいきつね守の夫婦に微笑みながらこう言いました。


「森の中で自分の運命を知りました。私の命はもう長くありません。


 なぜ悪いきつねは良いきつねのそばで死にたかったのか、今ならその気持ちがよくわかります。


 私は今、とても幸せです。


 最後に1つだけお願いがあります。私が死んだら、この小さな壺に彼の骨と一緒に入れて、きつね壺のそばに埋めてほしいのです」


 その言葉のとおり、彼女はまもなく亡くなりました。

 新しいきつね守の夫婦は彼女の遺言を守り、小さな壺に2人の骨を入れてきつね壺のそばに埋めました。


 小さなきつね壺に納められた2人の話は、もうひとつのきつね壺の話として、末永く後世に語り継がれていきました。

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もうひとつのきつね壺の話 水野たまり @mizunotamari

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